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- ナノ -
弟は東方仗助

 M県を出て首都圏の大学に進学した私は、長期休みを利用して、地元である杜王町へと帰省して来ていた。今年は何だか色々と忙しくてあまり帰って来られなかったけれど、大学を卒業してからは地元の企業に就職が決まっているので、あと数ヶ月の辛抱だ。
 お土産も入ったキャリーケースを引いて電車に乗り、数十分のんびりと揺られれば、見慣れた杜王駅へと着いた。まだ駅に着いただけだというのに、何だか酷く安心する。改札を通って少し歩き始めたところで、何処からか「姉ちゃん!」と聞き慣れた声が聞こえて来て、足を止めた。

 声のした方を向くと、小走りで駆けて来る学生服の男子が一人。特徴的なその数型を見間違う筈もない。彼の名前は東方仗助、何を隠そう私の弟である。仗助は私がこうやって帰省する時は、決まって迎えに来てくれるのだ。
 仗助の顔を見ると、ああ、帰って来たんだな、と実感が沸いて来る。「仗助!」と名前を呼べば、ぱっと表情が明るくなったので、私も思わずへにゃりと笑ってしまった。何というか、可愛くて仕方がない。

「もー、遅いじゃあねーかよぉ〜ッ!」
「ごめんね、ちょっと電車一本逃しちゃって……ずっと外で待ってたの?寒くなかった?」

 鼻の頭が赤くなっているのを見てしまい、何だか申し訳なくなってしまう。きゅっと仗助の手を握れば、やはり手先がすっかり冷えていた。ぎょっとしたような表情を浮かべた仗助は、何やらもごもご口を動かしてから、ぱっと手を解いて「そ、そんな待ってねーから…!」とそっぽを向いてしまう。
 小さく笑っていると、仗助はむっと口を尖らせた後、私の手からキャリーケースを奪うと、さっさと歩き出してしまった。笑ったから拗ねちゃったかな。密かに思っていると、仗助がちらと此方に振り向く。私を待ってくれているのだと気が付いて、私は慌てて仗助の背中を追った。

「……何かまた身長伸びた?」
「二、三センチくらいだけどな」
「成長期って恐ろしいなあ…ついこの間まで私より小さかったのに……」
「いつの話してんだよ…」

 仗助が呆れたように笑うので、今度は私が口を尖らせる番だった。つい数年前までは私の方が大きかったのに、気が付けば同じくらいになって、それから追い抜かれたのはすぐの事だったように思える。今では見上げるようにしなければならないくらいに背が高くなってしまっていて、寂しいような嬉しいような、不思議な気持ちだ。お母さんに言えば、きっと笑われるのだろうけれど。
 高校で出来た友達の話だとか、存在が発覚した年上の甥の話だとか、近所に住む有名漫画家の話だとか、仗助の近況を色々と聞きながら道を歩く。どの話をする時も楽しそうに笑っていて、何だか此方までつられて笑顔になって来る。

 高校生ともなれば多感な時期だろうに、特に反抗的になる事もなく過ごせている事に密かにほっとした。まあ見た目はちょっと怖いものの、根はとても良い子なので、そんなに心配はしていなかったけれど。それから、話題が私の近況に移り変わった頃、仗助が思い出したように声を上げた。

「それよりよぉ〜、姉ちゃん、卒業したら杜王町に戻って来るんだよな?」
「そのつもりだよ。そのためにこっちで就職決めたんだから」
「……ふーん」

 自分から聞いておいて実にあっさりとした返事である。「なあに、私がいなくて寂しかったの〜?」なんて冗談交じりに話してみれば、仗助は口を尖らせたまま、ついとそっぽを向いた。てっきり「そんなんじゃあねーっての!」とか何とか返って来るとばかり思っていた私は、思わず目を丸くしてしまう。
 ああどうしよう、私の弟が可愛い。表情が緩んでしまうのを感じ、ふふ、と笑い声を漏らしながら俯く。私の様子に気が付いた仗助は、私の顔を覗き込むように少し身を屈めた。

「……な、何だよ、ニヤニヤして…」
「……ん〜?いや、別に〜」

 へらへらとしながら答えれば、仗助は身を引き、更には引き攣った表情で「気持ちわりーなぁ〜ッ」と言った。気持ち悪いとは失礼な事だ。それでも口元は緩みきったまま直る事はなくて、「いいから帰ろ!」と声を上げ、仗助の腕を掴んだ。
 私の腕と同じくらいの細さだった腕は、今ではがっしりと筋肉が付いて、男の子らしく逞しい腕になっている。何処もかしこも成長しちゃって。少しだけ感じた寂しさを誤魔化すように、ぎゅう、とその腕にしがみつけば、仗助がぎょっとした。

「お、おい、姉ちゃん…」
「……仗助、迎えに来てくれてありがとね」
「…な、何だよいきなり…いつもの事だろ…」
「うん。いつも迎えに来てくれて、ありがとう。…仗助はほんっとに自慢の弟だよ」

 にっこり笑って言えば、仗助は驚いたように目を丸くする。それからほんのりと顔を赤らめて、ぷいとそっぽを向いた。「…昼間っから酒でも飲んでんのかよぉ〜」なんて何処か呆れたように言いながらも、仗助は私の腕を振り払う事なく、家まで歩調を合わせて歩いてくれたのだった。