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弟は空条承太郎

 私の弟は、何というか、凄い。容姿は整っているし、背も高く、体付きもがっしりとしていて男らしい。ちょっと歩けば周りの視線をかっさらい、女の子からは黄色い声が飛んで来る。言うまでもなくモテモテで、女の子が寄って来ない日を見た事がない。
 喧嘩は負けた事がないし、未成年なのに煙草は吸うしお酒は呑むし、所謂不良という括りに入るようなタイプだけれど、それでいて勉強は出来るのだから、教師もあまり強く出られない。見た目は怖いし、よくお母さんの事を「アマ」なんて呼ぶけれど、体調が悪いとすぐに見抜くし、さり気なく何か手伝うような優しいところもある。

 つまり、完璧なのだ。対して私はというと、弟とは対照的だ。容姿は平凡だし、特にモテる訳でもないし、運動も勉強も得意というほどではない。寧ろ苦手な方だ。どちらかと言えば、教室の隅でひっそり過ごしているようなタイプである。
 弟――承太郎の姉であると知っても、大抵の人は一度じゃあ信じてくれない。そのレベルで、私と承太郎は対照的な存在なのである。昔は私の後ろを着いて回るような子だったけれど、今では立派な不良で、弟だというのに怖くて仕方がない。ちょっと呼び止められただけでもびくついてしまうのだから、情けないものだ。

 そんな承太郎が、今、私の目の前で仁王立ちをしている。この恐ろしさと言ったらない。何かもうちょっと泣きそうだ。「ちょっと座りな」と言われ、反射的に正座してしまうのも仕方がない事だと思う。もうどちらが年上か分かったもんじゃあない。

「………あ、あの、承太郎、…くん…わ、私、何かしちゃったんでしょうか……」
「ああ」

 恐る恐る尋ねると、短く答えが返って来る。既に死刑宣告をされた気分だ。胃がキリキリ痛み始めたのを感じた頃、承太郎は懐から何かを取り出し、私の前に翳した。白い封筒だ。表には『空条ナマエさんへ』と書かれている。その封筒を見た瞬間、さっと血の気が引いた。

「……あ、あの、もしかして、…中、読んで……?」
「ああ」

 またもや短い答えが返って来る。今度は今から処刑しますと宣告された気分だ。変な汗をかいてきた。あの封筒の中には一枚の手紙が入っているのだけれど、その内容は、所謂ラブレターと言われるものだ。今朝大学に行ったらロッカーに入っていて、明日の放課後、会って返事をして欲しいと書いてあった。
 男の子からラブレターを貰うなんて珍しいとは思ったのだけれど、とても丁寧に文字を綴ってくれていて、嫌な気はしなかった。告白なんてされた事がないので、尚更の事だ。鞄にしまっておいたと思ったのに、どうして承太郎があの手紙を持っているのだろう。…いや、今はどうして持っているかよりも、どうやって切り抜けるかの方が大事だ。

 どうしたものかと冷汗を流していると、「…返事はどうすんだ」と尋ねられ、私は視線を泳がせた。告白して貰ったのは嬉しいのだけれど、彼とは友人のままで居たいし、女性関係であまり良くない噂も聞いた事があるので、断るつもりでいる。とはいえ、承太郎にそれを言うのも何だか憚られるし、勝手に手紙を読まれた事に対して少なからず憤りはあるので、極力答えたくはない。

「………おい、ナマエ」
「…………じょ、承太郎には、関係ない、から…」

 ぼそぼそと呟くように答えると、空気がひやりとしたものに変わったような気がして、自分で言っておきながら後悔の念に駆られた。火に油を注ぐとはこの事かもしれない。怖いので俯いて顔を上げないままでいると、承太郎が一歩此方に踏み出したのが分かった。
 びく、と肩を揺らした私に構わず、承太郎は更に距離を詰めて来る。何でラブレターを貰っただけで承太郎くんに尋問されているのか、全くもって良く分からないけれど、いよいよ涙が出そうだ。

「…もう一度聞くぜ。返事はどうすんだ」
「…………だ、だから…あの……承太郎には、その……」

 言い切るより先に、ギンッと睨み付けられ、思わず口を噤む。原因があの手紙である事は確実なのだろうけれど、承太郎が何故こんなに怒っているのか、さっぱり分からない。
 いつもなら私が折れるところなのだけれど、仮にも私は姉だ。いつまでも私の方が折れていては、示しがつかない。承太郎は私を姉だと思っていないような節が多々見られるので、そろそろ私も姉としての威厳を取り戻す必要があると思うのだ。

 ちら、と承太郎に視線を遣れば、承太郎はじいっと此方を見つめたまま微動だにしていない。何も言わないのが逆に恐ろしく感じる。承太郎から視線を外した私は、「じょ、承太郎には関係ないからッ!」と言い、逃げるように部屋を出たのだった。


***


 次の日。承太郎は朝から機嫌が悪そうだったけれど、触らぬ神に祟りなし、もとい、触らぬ承太郎に祟りなし――という訳で、承太郎とは一言も話す事なく、私は大学へ急いだ。そわそわとしながらも授業を受けて、約束の放課後になった。
 指定された場所に一人で向かい、やはりそわそわとしながら待つ。手紙をくれた男の子が来たのは、それからすぐの事だった。何処となく気まずい空気が流れる中、男の子に「…手紙、読んでくれた?」と尋ねられ、私は「…う、うん…」と頷く。

「俺の事、嫌いじゃあないなら付き合って欲しいんだ。お試しでも良い、絶対に俺に惚れさせてみせるから!」
「えッ、い、いや、でもッ……」
「ね、空条ちゃん、お願い!」

 ば、と両手を掴まれ、逃げようがなくなってしまう。やたらと距離が近い上に、物凄くグイグイと来る彼に、思わず表情が引き攣った。元々頼まれると断れないタイプの私だから、このままでは流されてしまいそうだ。食い下がられるとまずい。
 うう、ど、どうしよう。すっかり困ってしまって、おろおろとしていた時だった。誰かの足音が聞こえて、私はぱっとそちらに視線を遣る。そうして、「ンッ!!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

「おい、その手を離しな」

 此処に居る筈もない人物だけれど、見慣れた自分の弟の姿を見間違える筈もない。「じょ、承太郎!?何で此処にッ…!」と尋ねれば、「迎えに来ただけだぜ」としれっと返される。普段は迎えになんて来ないのに、今日に限って来たという事は、昨日見た手紙が気になって様子を見に来た、というところだろうか。
 突然現れた私の顔見知りらしい高校生に驚いたらしい男の子は、戸惑ったように私と承太郎に視線を行き来させ、それから「な、何だよお前!?」と声を上げる。威勢こそ良いけれど、その声は若干震えていた。まあ、怖いですよね…。

 「何度も言わせるんじゃあねーぜ」と承太郎に睨まれ、「ヒッ!?」と短く悲鳴を上げた男の子は、反射的に私の手を離す。やっぱり怖いよなあ、と思っていると、承太郎が私の腰を掴み、自分の方に引き寄せた。そのまま肩を抱かれ、承太郎の胸にぐいと身体を押し付けられる。

「コイツは俺のものだ。悪いが、諦めて貰うぜ」
「なッ…!?な、何なんだよ、空条ちゃんと一体どういう関係なんだよッ…!」
「…関係か。一つ屋根の下で暮らしてる、と言えば納得するか?」

 家族なのだから、一つ屋根の下で暮らしているのは当たり前の事だ。しかし、何も知らない男の子にとっては違う意味に聞こえたらしい。おそらく、同棲か何かと捉えたのだろう、彼はさあっと顔を青くして、口を開いた。

「すッ、すみませんでしたあッ!!か、彼氏がいるなんて知らなかったんですッ!!」
「エッ!?ちょ、ちょっと待って、承太郎は彼氏じゃあ…!」
「こ、これからも友達で居て下さい!!じゃ、じゃあね空条ちゃん!!」

 誤解してるよ、と言うより先に、男の子は慌しく去って行ってしまった。引き留めようと伸ばした手は、虚しく空を切る。後に残ったのは、私と承太郎の二人だけ。な、なんという事だ…。
 あのまま流されて付き合う事になりそうだったので、正直、助かったといえば助かった。しかし、おそらく今後広まるであろう誤解を解いて回るのは骨が折れそうで、ため息が漏れてしまう。どうしてこんな事に、と額に手を当てていると、上から「…おい」と声が降って来る。

「じょ、承太郎!…くんッ!」
「…何だ。文句あるのか」
「ヒッ…!?…も、文句って、…だ、だって、あんな誤解を招くような言い方するからッ…!」
「嘘はついてねーぜ」
「そ、そうだけどッ…も、もうちょっと言い方ってものが…」
「俺は事実を言っただけだ。どう捉えるかはそいつの自由だから、俺の知った事じゃあねーな」
「う、ううッ……!!」

 駄目だ、反論出来ない。いつだってそうだ、私は承太郎には何一つ勝てた試しが無かった。今回もまた言い包められてしまった、とため息を吐いていると、未だに私の肩を抱いている承太郎の手に力が篭もる。
 ぱっと視線を上げると、承太郎が真っ直ぐ私を見下ろしていた。私のものと同じ色の筈なのに、承太郎のエメラルドグリーンは、何だか吸い込まれそうになるような、不思議な魅力を持っている。どく、と心臓が跳ねた。

「…事実だろう。一つ屋根の下で暮らしてるって事も、ナマエが俺のものだっていう事もな」

 私の顎をくいと指先で持ち上げると、承太郎はそう言葉を紡いだ。俺のもの、とは一体どういう意味か。良く分からないけれど、私にとって良い意味では無さそうだという事は何となく察する。「わ、わ、私は承太郎のものじゃあないです!」と慌てて手を振り払えば、小さく笑った承太郎は、「…いいや、昔から俺のものだぜ」と言ってみせたのだった。