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DIOに遊ばれる

■ ■ ■

 荒木荘の住人となってから、早数週間。濃すぎるラスボス勢に囲まれ、色々と苦心しながらも、私はある人物を除いて、それなりに上手く付き合って生活が出来ていた。――そう、ある人物を除いて。言わずもがな、DIOさんだ。彼は私のトラウマそのものなのである。上手く付き合える訳もない。とはいえ、殆ど毎日顔を見合わせて同じ空間で過ごしているお陰か、幾分改善して来てはいた。
 思い出してみれば、荒木荘に加わってからの数日が一番酷い。あの頃はちょっと腕を掴まれただけで嘔吐したし、名前を呼ばれただけで嘔吐したし、三分視界に入れただけで嘔吐したけれど――因みにこの頃は本気で病院に行こうかと悩んだ――、慣れとは恐ろしいもので、DIOさんが意図的に私のトラウマをほじくり返そうとしなければ嘔吐する事は無くなった。凄い進歩だと自分を褒め称えてあげたいくらいだ。

 しかし。しかし、である。改善したとはいえ、トラウマが消え去った訳ではない。未だにDIOさんと長時間向き合っている事は出来ないし、二人きりになろうものなら冷や汗と震えが止まらなくなる。だからこそ、吉良さんにひっ付いていたり、カーズさんの後ろに隠れたりしていたというのに――どうも、DIOさんはそれが気に食わないようなのだ。

「おい、ヒヨリ。此方へ来い」
「い…いやです…」
「私が優しく声を掛けてやっている内に、大人しく従っておいた方が良いと思うがなァ?」
「ヒイッ…!?」

 血を連想させるような真っ赤な瞳が、くっ、と細められる。ぞわりと背筋が粟立って、涙が出そうになった。吉良さんは仕事だし、カーズさんも朝から出掛けていて居ない。今家に居るのは私とDIOさん、それからディアボロさんだ。唯一の頼みはディアボロさんなのだが、彼は巻き込まれて死ぬのが嫌なようで、私が声を掛けようとする前に「腹が減ったな…」とわざとらしい台詞と共にキッチンの方へ行ってしまった。カーズさんが帰って来たら覚えてろよディアボロさん。
 そんな訳で、とりあえず、絶体絶命です。がたがた震える私を見て、DIOさんは自分が肘を置いている棺桶を、その長い爪で、こん、こん、と叩き始める。怖くて仕方無い。私のスタンドである『ブラック・ボックス』で箱を作り出し、吉良さんかカーズさんが帰宅するまで、その中に閉じ籠もっていようかと考え始めた頃だった。

 気が付くと、私の視界は大きく変化していた。今まで背にしていた筈の景色が、今は何故だか真正面に位置している。背中とお尻に感じる硬いけれど少し弾力のある感触や、お腹の辺りに回された腕や、嫌というくらいに感じるこの気配。決して認めたくはない、…認めたくはないが、これは。

「ン〜?なかなかに抱き心地が良いじゃあないか、ヒヨリ」

 耳元に降って来る声に、ぶわっと全身から汗が噴き出し、次いで震えが駆け巡る。抱き心地、だきごこち、だき、ごこち。…そう。私はDIOさんに足の上に乗せられ、背後から抱き締められているのだ。おそらく、というか確実に、DIOさんはいつまでも動かない私に痺れを切らし、『世界』を使ったのだろう。なんというスタンドの無駄使い。
 離して下さい、とか、何でこんな事、とか、言いたい事は色々あれど、うっすら開いた口からはか細い息しか吐き出せない。お腹辺りにしっかりと回っている腕が、私の体を引き寄せる。ぐるる、と胃の辺りで嫌な音が鳴って、さっと顔が青ざめた。

「そう怖がらなくても良いじゃあないか、ヒヨリ。心配しなくとも、今は何もしないさ」
「……ひ、…ッ、」
「何だ、声もまともに出ないのか?…まァ、五月蝿くなくて良いか」

 くく、と喉の奥で笑ったのが、直ぐ耳元で聞こえ、ぶるりと体が震えた。確かに、DIOさんはこの荒木荘の住人である限りは私に攻撃して来る事は無いだろう。分かっていても怖いのだ。それだけ私のDIOさんに対するトラウマは根深いのである。それを知っていて、理解した上で、DIOさんはこうして私にちょっかいを掛けてくるのだから質が悪い。
 とにかく今は人形のようにじいっとしていて、DIOさんが飽きるのを待つしかなさそうである。DIOさんは気まぐれな人だから、私が何の反応も返さなければ、きっと直ぐに飽きる筈だ。自分にそう言い聞かせ、何とか耐えようとしたのだけれど――DIOさんは何を思ったのか、私を膝の上に乗せたまま、本を読み始めてしまった。上質そうな紙に印字されているのはつらつらと繋がっている英語で、読んで気を紛らわせる事すら出来ない。最悪だ。

 もう私の事なんて忘れているんじゃあないだろうかこの人。そう思いながらぶるぶると縮こまっていると、本のページを捲った指を引っ込める時、かり、と爪先で首筋を引っ掻かれた。びくう!と思い切り跳び上がった私に、ふ、と背後から小さな笑い声が聞こえる。

「まるで小動物だな」

 そんな言葉と共に顎の下を爪先で擽られ、ぞわぞわとした痺れが背筋を襲う。私を猫か何かと勘違いしているのか。反射的にDIOさんの手を掴む。ひやりとした生温い体温が指先から伝わり、うあ、と小さな声が漏れた。心臓が煩い。

「お前から触れて来るとは珍しい事もあるものだな。ン〜?」
「ひ、……ッ、ぁ…」

 慌てて手を離したが、逆にその手に掴まれてしまう。力が上手く入らない指を解すように広げられ、指の間にDIOさんの白く長細い、けれど節のある指が割り込んで来た。離そうとするより早く、ぎゅう、と指を絡めるように手を握り込まれる。生温い体温が指に、手の平に、じわじわと侵食するように、伝わって来た。
 きゅ、きゅ、と何度も強弱を付けて握られ、息が詰まる。いつの間にか本は閉じられ、棺桶の隅に置かれていた。私の手で遊んでいる方とは逆の手が、するりと私の頬を滑り、顎を掴む。くい、と僅かに上を向かされて、視界の端に金糸の髪がちらりと映った。

「そう邪険にされると、さすがの私でも傷付くのだぞ?…良い加減に仲良くしようじゃあないか、ヒヨリ」

 耳元で、わざとらしく吐息たっぷりにそう囁かれる。おまけとばかりに耳の縁に、がじ、と牙を立てられ、思わず目を見開く。だ、だめだ、もう限界だ。硬直していた体から力が抜け、そのまま意識が遠退いて行く。
 そんな中、遠くで玄関が開く音がしたような気がした。誰かは分からないけれど、もう少し、あと一分でも早く帰って来て欲しかったな…。そう思いながら、私は意識を手放したのだった。