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カーズのしもべになる

■ ■ ■

「大学に入って一人暮らしをしていたので、一通りの家事は出来るつもりです。まあ料理は皆さんのお口に合うものかは分かりませんが――って、あの、ど、どうして泣いてるんですか吉良さん…?」
「いや、気にしないでくれ…漸くまともな住人が来てくれて嬉しいんだ…」

 吉良さんが目頭を押さえて静かに泣いているので、私は再びこのアパートの一室で暮らしていく事に不安を覚えた。此処の住人は男しか居ないと聞いてはいたが、そんなに家事が出来ないのか…?何だか吉良さんが不憫に思えて、「あ、あの…吉良さんの負担が減るよう頑張りますから…」と言えば、彼は私の手をぎゅっと握り、頬ずりした後で、「君は女神か…」と呟いた。大袈裟だし、何で一度頬ずりされたのか不明である。
 ちなみに、私に三度目の嘔吐をさせたDIOは、とりあえず気は済んだようで、窓の縁に腰掛け、外から差し込んで来る月明かりで難しそうなハードカバーの洋書を読んでいた。月をバックにして読書しているだけなのに、まるで一幅の絵画のように見えるのがまた腹立たしい。距離はあるが視界に入れているだけでも拒否反応が出るのか、ぐるぐると胃の辺りが不吉な音を立て始めたので、私はそっとDIOから視線を外した。

 吉良さんにアパートの事や近所の事、部屋の間取りなどをざっくりと教えて貰い、頭の中に叩き込んだ頃。壁に掛かっている時計をちらりと見遣り、吉良さんは口を開いた。

「さて…そろそろあいつらも帰って来る頃だろう。全員かなり個性的だが、まあ(一周回ったから一応)悪い奴らではないよ。安心してくれ」

 今副音声なかった?思わずツッコミを入れたくなったが、本能的にあまり深く掘り下げてはいけない気がしたのでそっとしておいた。知らぬが仏という言葉もあるくらいだし。自分に言い聞かせながら「そうなんですね」と当たり障りない返答をすると、玄関から物音が聞こえて来た。どうも、丁度帰って来たらしい。
 どんな場面であっても第一印象は重要なので、私は背筋を伸ばし、深呼吸をしてから振り返る。「はっ、はじめまして!」と多少声が裏返ったがこの際良いだろう。しかし、電気の付いていない暗がりから現れた姿に、私はぴしりと固まった。

「……ン?誰だ貴様は」

 ウェーブの掛かった長髪に、三本の角。大柄で、何処を見てもがっちりと鍛え上げられた体。頭上から私を見下ろす瞳は長い睫毛に縁取られていて、文句なしに美形だ。――しかし、しかし、だ。何故フンドシ姿なのか。思わず白目を剥きそうになっていると、吉良さんが私の背をぽんと叩き、「住人の一人であるカーズだ」と紹介してくれた。
 この服装にツッコミがないという事は、彼…カーズさんは常時この姿でいるという事なのだろうか。目のやり場に困るったらない。視線をうろうろ彷徨わせながら、私は「あ…あの…」と口を開いた。

「つ、つい先程、住人に加えて頂きました…四谷ヒヨリと申し、ます…あの、よ、よろしくお願いします…」
「…そういう訳だ」
「新たな住人か…フフン、此処に飛ばされて来たという事は貴様も相当の事をしたのだろうなァ。面白い…話を聞かせて貰おうじゃあないか」
「ヒッ!?」

 ずい、と顔を近付けられ、つい悲鳴が漏れる。少し喋っただけで威圧感が凄い。何となくだけど、DIOと同じ香りを感じ、胃がキリリと痛んだ。何と言って切り抜ければ良いのか分からずに、あ、だの、う、だのと言葉にならない声を発して固まっていると、見兼ねたらしい吉良さんが私の腕を引いて距離を取らせてくれた。
 これからは無事に暮らして行く為にも吉良さんに着いて行こうと密かに決めた。じろじろと上から下まで無遠慮に観察され、蛇に睨まれた蛙のように硬直して汗を流していると、吉良さんが口を開く。

「カーズは少し特殊でな。これでも全ての生物の頂点にいる男なんだ」
「なんて…?」
「フフ…私は古代において神とも認知された存在なのだ。そこの吸血鬼でさえ、私には勝てんからなァ」
「…私に『スタンド』がある事を忘れたのか?幾ら種族として優れていようが、時を止められれば敵うまい」

 カーズさんとDIOさんの間にバチバチと火花が散る。全生物の頂点だとか、神と認知された存在だとか、ツッコミたい箇所は多々あるが、それよりも先に聞きたい事があった。「あ、あのッ…」と声を上げれば、カーズさんは視線を此方に向ける。

「きゅ…吸血鬼でさえ勝てないとは、あの、どういう…」
「そのままの意味だが?言ったろう、私は食物連鎖の頂点にいる種族が一人…吸血鬼も例に漏れず、我が食料よ」

 スタンドも月までブッ飛ぶこの衝撃!まさか吸血鬼の…DIOの更に上を行く種族がいたなんてッ!!感動のあまり口を開けたままふるふると震えていると、カーズさんが首を捻る。何となく私の心情を察したのか、吉良さんとDIOが「おい…」と声を上げたのが聞こえた。
 カーズさんが全生物の頂点に立ち、吸血鬼よりも上を行くと言うのなら、彼と仲良くなっておけば、私の安全は保証されたも同然ではなかろうか。それならば私が取るべき行動は一つだ。私は頭の端に辛うじて引っ掛かっていたプライドを蹴り落とすと、土下座の形を取る。

「カーズさん…!ぜひ、是非ッ、私をお側に置いて下さいッ!!」
「……何?」
「貴様ァ…魂胆が見え見えだぞ。そんなにこのDIOが恐ろしいか?」
「ヒッ…!こ、来ないで下さいまた吐きますよッ…!!?」

 DIOが怒気を孕んだ低い声で唸りながら立ち上がったのを見てしまい、胃がぐるりと嫌な音を立てた。吐きますよ、なんて脅し文句生まれて初めて使ったぞ。四つん這いのままでしゃかしゃかと慌ててカーズさんの背後に回れば、カーズさんは何となく私の意図を理解したのか、「…ほう?」と何処か楽しげな声を上げる。
 ずかずかと歩んで来たDIOの腕を掴み、カーズさんは「怖がらせては可哀想じゃあないか。ン?」とわざとらしい猫撫で声を発する。ちら、と様子を窺うように見上げれば、DIOの腕がカーズさんの手にめり込んでいた。比喩などではない。本当にずぶりと、沼か何かに沈んでいるように、腕の輪郭がカーズさんの手に融合するようにして無くなっている。

 ひえッ、と情けない声を漏らせば、いつの間にか私の横に居たらしい吉良さんが「カーズはああやってモノを吸収して食事するんだよ」とご丁寧に説明をしてくれた。吸収ってなにそれ怖い。
 衝撃の光景にはくはくと口を動かしていると、DIOはチッと鋭い舌打ちを溢す。カーズさんはフンと鼻でそれを笑い、DIOの腕を離した。食事はしなかったのだろうか、腕は何とも無いようだ。

「…覚えておくんだな、小娘」
「ヒィ…ッ!?」

 DIOの鋭い視線が私を射抜く。こみ上げてきたものを抑えようと口に手を当てれば、吉良さんがやれやれとばかりに息を吐く。カーズさんだけが「面白そうじゃあないか」と楽しげに口元を緩めていたのだった。