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おかえりとただいま

■ ■ ■

 ジョースター家でのお泊まりから一夜明け、翌日。四人でゲームをしたり――何だかやけにイカサマが多かったけれど――、他愛ない話をしたり、とても楽しい夜を過ごしていたのだけれど、結局、私はいつの間にか力尽きたらしく、徐倫ちゃんの部屋で寝てしまっていた。私は確かに床に座って話していた筈なのだけれど、誰が運んでくれたのか、気が付いたら徐倫ちゃんのベッドで彼女の隣に眠っていたのだ。
 起きたら目の前に徐倫ちゃんの綺麗な顔があって、心臓が止まるかと思った。美人はいつ見ても美人なのだ。羨ましい限りである。程なくして起きた徐倫ちゃんと身支度を整えた後は、当然のように朝食までご馳走になってしまった。

 好きなだけ居ても良いと色んな人に言われたけれど、流石に急にお邪魔しておいて何日も泊めて貰うのは偲びない。問題から逃げてばかりもいられないし、私は荒木荘へと帰る事にした。

「急にお邪魔したのにこんなに手厚くもてなして頂いて、本当にありがとうございました……!」
「またいつでもおいで。ヒヨリちゃんなら歓迎するよ」
「はい、ありがとうございます。今度、改めてお礼に伺いわせて下さい」

 にこやかな笑みと共にジョナサンさんに言葉を掛けられて、私も口元を緩めながら言葉を返す。隣でやり取りを見ていたジョルノくんには、「パードレに愛想を尽かしたら、いつでも家に来て構いませんからね」とこれまたにこやかに言われてしまった。
 ジョナサンさん達に改めてお礼を述べてから、私は家を出た。恥ずかしながら帰り道を覚えていないので、荒木荘までは承太郎くんが送ってくれる事になっている。承太郎くんと並んで暫く歩いていると、少しずつ見覚えのある景色が見えて来て、それに比例するように何となく足取りが重たくなるのが分かった。

「………まだ悩んでるのか」
「……えっ?」
「さっきから歩く速度が遅くなってるぜ」

 ふと声を掛けられて顔を上げれば、「分かり易いヤツだな」と言葉を続けられる。私の足取りが段々と重たくなっているのは、承太郎くんも分かっていたらしい。情けないやら恥ずかしいやらで思わず足を止めると、承太郎くんも足を止め、私へ視線を向けた。

「……皆は大丈夫だって励ましてくれたけど、……でも、いざ帰るとなると、やっぱり不安になっちゃって……」

 吉良さんは心配して怒ってくれたのに、私は逆切れして勝手に飛び出した挙句、他所の家で一晩明かして、自分からは連絡の一つもしていない。怒っているだろうか、それとも、呆れているだろうか。

「………何と言うか、その、どんな顔して帰れば良いか分からないというか……」

 そもそも、私は帰っても良いのだろうか。今までのように、荒木荘に迎え入れて貰えるのかどうかも分からない。とにかくきちんと謝らなければと思ってはいるけれど、面と向かうのがどうしても怖くて、悪い想像ばかり膨らんで行ってしまう。ぐ、と唇を噛んで、指先を擦り合わせていると、承太郎くんが小さく息を吐いた。

「いつも通りに帰りゃあ良い。あそこがお前の家なんだろう」
「……そう、なんだけど……」
「……帰ってみて、もしどうしても気まずいってんなら、その時はまた連絡しろ。俺が迎えに行ってやる」

 承太郎くんの言葉に、顔を上げれば、彼は真っ直ぐに私を見詰めていた。眉を下げたまま、「……うん。ありがとう」とへらりと笑って返せば、宥めるように頭をぽんと撫でられる。それから、承太郎くんはいつもよりも遅い私の歩調に合わせてくれて、家に辿り着いたところで、「そんなに気を張るなよ」と言葉を残し、元来た道を戻って行った。
 ――そして、承太郎くんと分かれ、玄関の前で立ち竦んだまま、数分経った。帰りたくない訳ではないし、寧ろ早く家に入って、吉良さんに謝らなければと思っている。けれど、往生際が悪い私はまだどうしても踏ん切りがつかなくて、ドアノブに手を触れては引っ込め、触れては引っ込めと何度も繰り返していた。

 いい加減、腹を括らなければ。気合を入れるように、ぱちん、と頬を軽く叩き、息を吐く。まずは、とにかく謝ろう。もしも許して貰えなかったら、その時はまた考える。そう自分に言い聞かせ、意を決してドアノブに手を伸ばした――と、ほぼ同時。
 がちゃ、と鍵が開く音がして、あっと思った時には開いたドアに額をぶつけていた。ゴッ、と鈍い音がして、弾き飛ばされるように数歩後退りした私は、痛む額を押さえて堪らずその場に蹲る。

「ぐ、……ぃ゛、〜〜〜ッ………!!??」
「ッ!?ヒヨリか……!?」

 聞き覚えのある声に名前を呼ばれて、びく、と身体が跳ねる。額を押さえたまま、恐る恐る顔を上げた先には、吉良さんが驚いたように私を見下ろしていた。どうやらタイミング悪く吉良さんが中からドアを開けて、私はそれにぶつかってしまったらしい。
 な、なんというタイミングなんだ!覚悟していたとはいえ予想外の状況での対面に、私は思わず息を飲む。吉良さんは目の前にしゃがみ込むと、額を押さえている私の手をそっと取り、確認するように額に視線を遣った。

「き、……きら、さん……あの………」
「……先に冷やした方が良いな。立てるか?まずは中に入ろう」

 吉良さんに手を引かれて、そのまま身体を引っ張り上げられる。吉良さんに促されて家の中に入り、玄関を上がったところで、私は足を止めた。たった一晩帰らなかっただけなのに、不思議な事に、家が酷く懐かしく思えてしまう。
 どうやら、自分で思っているよりも、私はこの家を恋しがっていたらしい。じわ、と涙腺が緩むのを感じながら唇を噛んでいると、私が立ち止まったままで居る事に気がついたらしい吉良さんが此方を振り返り、「……ヒヨリ?」と私を呼んだ。

「………ごめん、なさい……」

 ぽつり、と言葉が漏れる。吉良さんの反応が怖くて、私は逃げるように視線を落とした。吉良さんが小さく息を飲んだのが聞こえて、私はぎゅうっと拳を握り、吉良さんが何かを言う前にと、私は言葉を続ける。

「……昨日、吉良さんは私の事を心配して言ってくれていたのに、私、……生意気な事言って、あんな態度取って……か、勝手に家まで飛び出して……ッ」
「………ヒヨリ」
「ッ、ごめんなさい、……吉良さん、ごめんなさいッ……!……わ、わたしのこと、……き、きらいに、ッ、嫌いに、ならないで、くださいッ……」

 言葉を口にしている間に、堪え切れなかった涙がぼろぼろと溢れ、頬を伝って零れ落ちる。喧嘩をするきっかけを作ったのも、家を飛び出したのも、他でもない私自身だ。虫が良い話かもしれないけれど、どうしても吉良さんには嫌われたくない。
 吉良さんは私を一番に受け入れてくれて、傍で支えてくれた。吉良さんに嫌われてしまったら、見放されてしまったら、私は立ち直れる気がしない。溢れて止まらない涙を必死にぐいぐいと拭っていると、吉良さんが小さく息を吐く。

 やはり呆れられてしまったのか、と、唇を噛んでいると、吉良さんが距離を詰めて来たのが分かる。手が伸びて来て、反射的にびくりと身体を震わせた直後、私は吉良さんに抱き締められていた。

「ご、め、……ごめん、なさ、……ッきら、さ、…ごめん、なさい……ッ」
「……良いんだ、もう謝らないで良い。……馬鹿だな、ヒヨリは。私がヒヨリの事を嫌いになる訳がないだろう?」
「だ、って、……き、吉良さんがせっかく、し、心配、してくれたのに、……わ、わたし……ッ」

 子供のように泣きじゃくる私に、吉良さんがよしよしと背中を撫でて宥めてくれる。自分でも情けないとは思うけれど、緊張の糸が解けたのか、どうにも涙が止まらない。吉良さんは私の身体を腕の中に閉じ込めたままで、再び口を開いた。

「ヒヨリにはヒヨリの考えもあるだろうし、あまり口煩く言うつもりはないんだ。……それでも、どうしても心配になってしまって、結局は口煩くなってしまう。……駄目だな、私は。すまないね、ヒヨリ」
「き、……きら、さん………ッ」
「もう泣かないでくれ、ヒヨリ。……私の方こそ、嫌わないでいてくれるか?」
「………ッ、……き、嫌いになるわけ、ないじゃあないですかッ……!」

 私が返した言葉に、吉良さんはほっとしたように息を吐き、私の身体をぎゅうっと抱き締めてくれた。吉良さんにしては珍しく、少し苦しく感じるほどだけれど、それでも嫌な気などしない。目の前の胸に額を押し付け、ひくひくとしゃくり上げていると、吉良さんがまた宥めるように優しく頭を撫でてくれる。

「良かった。……正直、君がこのままもう帰って来ないんじゃあないかと思って、冷や冷やしていたんだ」
「……わ、私だって、もしかしたらもう家に迎え入れてもらえないかもって、ぉ、思って……」
「……そんな筈ないだろう。ヒヨリの家は此処だよ」
「………う、……うう〜〜〜ッ……」

 吉良さんの言葉に安心したのか、涙がまたどんもん溢れ出して来る。身体中の水分を出し尽くしているのではないかと思うくらいに、涙が零れて止まらない。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。

「……おい。いつまでそこに居るつもりだ?」

 廊下の先から、DIOさんの声が聞こえて来て、思わず肩が揺れる。急かすような言葉に、吉良さんはやれやれとばかりに息を吐いて、「……どうやらもう待てないらしいな。行こうか」と苦笑しながら私の手を取った。
 吉良さんには謝る事が出来て、受け入れて貰えたけれど、DIOさん達はどうだろうか。収まっていた筈の不安がまた凝りもせずにむくむくと湧き上がって来て、足が動かなくなる。

「………でぃ、……DIOさん達は、その……」
「……大丈夫。心配要らないよ」

 私の心情を読み取ったように、吉良さんは優しく言い聞かせるように言葉を続けた。私は視線を落としながら、ぐいと目元を拭い、吉良さんに手を引かれて、恐る恐るリビングに足を踏み入れる。今日は休日の昼間だというのに、珍しく誰も外出せずに部屋に残っていて、一斉に向けられた視線に思わずぽかんとしてしまっていると、DIOさんが近付いて来た。

「……何だ、子供のように泣いているじゃあないか。随分と情けない顔をしているなァ、ヒヨリ」

 片手で顎を軽く掴まれ、顔を上げさせられたと思うと、未だ濡れている目尻を拭うように指先でそっと撫でられる。また泣き出してしまいそうで堪えるように唇を噛んでいると、何となく察しをつけたのか、DIOさんは「……泣き虫め」と呆れたように一つ息を吐きながらも、言葉とは裏腹に頬を優しく撫でてくれた。
 それからすぐ、DIOさんの背後からドッピオくんがひょこりと顔を覗かせる。ディアボロさんもいつの間にか私の傍に立っていて、大きな手でくしゃりと頭を撫でてくれた。おずおずと見上げれば、その視線は普段よりも何処か優しいもので。

「……まあ、思っていたよりも帰りが早かったな」
「お帰りなさい、ヒヨリさん」

 ふんと小さく息を吐いたディアボロさんに、ドッピオくんがにっこりと笑って続ける。私の頭を何度か撫でて満足したのか、ディアボロさんがそそくさと離れて行ったところで、近付いて来たドッピオくんが「……ボス、さっきまでずっとそわそわしてたんですよ」なんてこっそりと耳打ちをしてくれた。
 それからすぐ、今度はカーズさんが大股で近付いて来て、片腕で私の身体をひょいと抱え上げる。目元が赤くなっているのか、空いている方の手で、すり、と優しく撫でられて思わず固まっていると、カーズさんが口を開く。

「……お前が居ないと、家の中がやけに静かで気持ちが悪い。もう出て行くんじゃあないぞ」

 ほんの少しだけ口元を緩めながら言ったカーズさんに、一拍遅れて、目の奥が熱くなる。これ以上泣いたら流石に恥ずかしいと思って必死に我慢していたのだけれど、抵抗も虚しく、遂に涙腺が決壊してしまった。ぼろ、と一粒涙が零れ落ちたかと思うと、そのまま止めどなく溢れて来る。
 吉良さんだけではなくて、皆がまた当然のように私の事を迎え入れてくれた事が、嬉しくて堪らない。つい数分前まではあんなに不安だったのに、今は不安なんてすっかり何処かへ行ってしまったようだ。子供のように泣きながら目元を拭っていると、カーズさんがやれやれとばかりに肩を竦め、私の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。

 また泣き出してしまった私に、吉良さんがそっと近付いて来て、頬を伝う涙を指先で拭ってくれた。視線を上げれば、吉良さんは少し眉を下げながら、静かに口を開く。

「ほら、大丈夫だと言っただろう?……おかえり、ヒヨリ」
「……た、ただいま……ッ」

 泣きじゃくりながらも言葉を返すも、やはりどうしても涙が止まらない私の様子に、吉良さんは「……額だけではなくて、目もきちんと冷やさなければいけないな」と小さく苦笑する。ごめんなさい、と謝るよりも早く、吉良さんは私の背中にそっと手を添えると、私を落ち着かせるようにゆっくりと撫でてくれた。
 ジョースター家でのお泊まりはとても楽しかったけれど、やはり、喧嘩して家出するなんてしないに越した事はない。そうしみじみと思いながら、私は止まる様子のない涙をまた拭うのだった。