星一族に拾われていたらU■ ■ ■
簡潔に言おう。私、四谷ヒヨリは、このジョースター邸でお世話になる事になった。あれから暫くして、漸く私も落ち着いて来た頃。続々と帰って来た住人達に事情を話すと、家主であるジョナサンさんが「行くところが無いのならここに住めばいいよ」と実にあっさりと私に衣食住を提供してくれたのだ。
空条承太郎とは若干の因縁があるとはいえ、他の住人にとっては見ず知らずの他人である。流石にそこまでお世話になる訳にはいかないと断ったのだけれど、ジョナサンさんは折れてはくれなかった。曰く、「困っている人を放ってはおけないよ」という事らしい。
しかも、驚く事に、他の住人達も快く私の居候を受け入れてくれた。聖人君子の集まりなんじゃあないかと思う。皆とても優しくて良い人で、フレンドリーに接してくれるので、私がこの家に溶け込むのにそう時間は掛からなかった。――まあ、空条承太郎を除いては、だけれど。
空条承太郎――いや、承太郎くん、とは、あれ以来話していない。承太郎くんも承太郎くんで、私に話しかけて来る事はないし、此方に気が付いてもすぐに目を逸らして何処かへ行ってしまう。だからこそ、居候して一週間経った今でも、私は承太郎くんとはどうも上手く接する事が出来ていなかった。
「なになに、ヒヨリちゃんたら、まだ承太郎のこと苦手なのォ〜?」
「ひえッ!?…う、わ、びっくりした、いきなり後ろに立たないで下さいよジョセフさん…!」
「いやァ、反応が面白いからつい」
にししと悪戯っ子のように笑うジョセフさんに、思わず怒る気も無くなってしまう。ずるいなあ、この人は。ジョセフさんは血縁上は承太郎くんの祖父に当たる訳だけれど、顔立ちは何処か似ていても性格は全く異なる。承太郎くんもこんな感じにフランクだったらもっと話せるのかなあ。
じい、とジョセフさんの顔を見ながら考え込んでいると、ジョセフさんは不思議そうに首を傾げる。「なになに、難しい顔しちゃってどしたの」と言いながら頬を摘まれて、私は気が付いたら口を開いていた。
「……私、やっぱり、その、…承太郎くんに嫌われてるんでしょうか…」
「…へ?」
私の言葉に、ジョセフさんがきょとんとする。誤解して欲しくないのは、私は承太郎くんを嫌いな訳ではないという事だ。確かにトラウマのようになってしまってはいるけれど、そもそもあの一件で責任があるのは私なのだし、承太郎くん達に恨みはない。寧ろ、奇襲なんて仕掛けてしまって申し訳ないと思っているくらいだ。
出来る事なら和解して、何のわだかまりもなく普通に接したい。だけど、私はまだ承太郎くんがどうしても怖くて、彼の視界に入っているというだけでも妙に緊張して震えてしまい、その結果、勝手に涙が出て来てしまうのだ。
承太郎くんからすれば、さぞ迷惑な話だろう。勝手に避けられて、怯えられて、泣かれるなんて。これでは嫌われても仕方ないというか、寧ろ嫌われる要素しかないのだ。こんな態度を取っておいて、本当は仲良くしたいんです、だなんて言い訳したって、どうしようもない。
「…あのォ〜、ヒヨリちゃん?」
「………はい」
「もう一度聞かせて欲しいんだけど、…あー、誰が誰に嫌われてるって?」
「…だから、その、…私が、承太郎くんに嫌われてるって……」
「…どうしてそう思うの?」と尋ねられて、思わず俯く。どうしてそう思うも何も、私は承太郎くんに対して、そう思うような事しかしていない。
「…だって、私、嫌われても仕方ない事ばかりしてるんですよ。承太郎くんの事を避けてるし、…皆さんと同じように話したりとか出来ないし……」
「…でも、ほら、それってアレ、トラウマだっけ?それがあるんだろ?んじゃあ、仕方ねー事じゃあねーの?」
「トラウマなんて私が勝手に抱いてるだけであって、承太郎くんは何も悪くないんです。それなのに、私、一人で怖がって、あんな態度しか取れなくて…申し訳ないというか…」
話せば話すほど、馬鹿馬鹿しく思えて来た。今更ながら、罪悪感で胸が潰れそうだ。承太郎くんには申し訳ない事ばかりしている。考えるほどにどんどん気分が落ち込んで来て、ジョセフさんも何となく察したらしい。
じわ、と目の前が歪んで来たところで、ジョセフさんがぎょっとして私の肩を叩く。「い、いやほら、今からでも遅くねーって!」と言いながら、慰めるように努めて明るく私に話しかけてくれるが、こう優しくされると逆に涙が出てしまう。
「仲直りして、フツーに挨拶したり話したりすりゃあ大丈夫だから!承太郎も嫌ってなんてねーって!な!だからそんな泣きそうなカオしないでヒヨリちゃん!」
「…で、でも、…今更そんな、…む、虫が良すぎるというか……う、ううーっ…」
「お、おいおいヒヨリちゃん!泣くなって〜ッ!」
ぼろぼろと涙がこぼれ落ちて、ジョセフさんがあわあわと慌て出す。ジョセフさんにも申し訳なくて、伸ばした袖でぐしぐしと目元を拭っていた時だった。
「……おい。何してんだジジイ」
「ゲッ!!?」
その普段より幾分低い声に、ジョセフさんの背筋が伸びたと同時、私もびくりと体が震えた。ジョセフさん越しに見えた承太郎くんと一瞬目が合って、慌てて視線を落とす。こういうところが駄目だって分かっているのに、反射的にやってしまうのだから仕様がない。
「じょ、承太郎……」
「…なに泣かせてやがる」
「人聞き悪いこと言うんじゃあねーよッ!泣かせてねーっつの!」
「どう見たって泣いてんだろうが」
「いやだからこれはそういうんじゃあなくて…」
私が悪いだけなんです、と言いたいのだけれど、言葉が詰まってしまって弁解が出来ない。承太郎くんの鋭い視線に、うっ、と表情を引きつらせたジョセフさんは、「だ〜ッ!埒が明かねーッ!」と大きな声を上げた。
「もう本人に直接言っちまえヒヨリちゃん!」
「エッ!!?」
「承太郎!お前、別にヒヨリちゃんのこと嫌ってねーよな!?」
「……は?」
「ちょ、じょ、ジョセフさ……」
何という暴挙。訳が分からない、といった表情の承太郎くんに、思わず血の気が引く。ストレートもストレートだ。もう涙も引っ込んでしまい慌てふためいていると、「…どういう事だ」と此方に言葉が飛んで来る。ひい、と小さな悲鳴を漏らした後で、逃げられないと悟った私は仕方なく重たい口を開いた。
ジョセフさんに言った事と殆ど同じような事をしどろもどろになりながら話し終えたところで、恐る恐る承太郎くんの方に視線を遣り、思わず後悔した。物凄〜く、険しい顔をしていらっしゃる…。
「…俺が」
「はッ、はいッ…」
「俺がお前を嫌いだと、一言でも言ったか?」
たっぷり三拍ほど置いて、「い、…言ってない、です……」と答えれば、承太郎くんは不機嫌そうなままで小さく頷く。え、ええと、これは。戸惑っていると、ジョセフさんが私の肩に腕を回して「だってよ!良かったなヒヨリちゃん!」と笑顔で言った。ええ…、いや、良かったもなにも…。
「で、でも、…わたし、承太郎くんに、その…」
「くどいぜ。…大体、おめーは被害者だろう。俺もあの時は怖い思いさせちまったからな。怯えられんのも仕方がねーとは思ってる」
承太郎くんの言葉に、思わず首をブンブンと横に振った。まあ確かに怖かったからこそトラウマになっているのだけれど、そう仕向けられていたとはいえ先に仕掛けたのは私であって、承太郎くんに全く非はない。
「じょ、承太郎くんは悪くないからッ…!」と必死に声を絞り出したところで、一度唇を噛む。正直、胃が痛んで来てここから逃げ出したい気持ちもいっぱいだけれど、せっかくのチャンスだ。ジョセフさんもまだ横に居てくれるているし、ここまで来たら言うしかない。
「じょ、承太郎くん、…そ、そのッ…!」
「……ああ」
「…い、今からでも遅くないなら、…わ、私のこと、嫌いじゃあないならッ、…まだちょっと時間は掛かるかもしれないんですけど、な、仲良くしてくれませんかッ…!!」
握った拳には変な汗が滲んでいるし、まだまだ承太郎くんとろくに目も合わせられない。こればかりはすぐにとは行かないし、時間も掛かるだろうけれど、それでも私は承太郎くんと仲良くしたい。…今更だし、承太郎くんが許してくれるのなら、だけれども。
そわそわしている私の横でジョセフさんも固唾を呑んで見守っている中、承太郎くんが動いた。びく、といつものように反射的に体を震わせた私に構わず、承太郎くんはゆっくり腕を伸ばして来て、私の頭にそっと手を置いた。
「……ゆっくりで良い。もう吐いてくれるんじゃあねーぞ」
「…が、がんばり、ます…」
やっぱり胃はキリキリしているけれど、一歩前進した、…のだろうか。ぽん、と軽く私の頭を撫で、部屋を出て行った承太郎くんの背中を見ながら、私は思ったのだった。