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星一族に拾われていたら

■ ■ ■

(もしもネタ)


 死んだと思った次の瞬間、何処かの家の庭に寝転んでいた――なんて、そんなとんでもない体験あるだろうか。いや、まさに私が現在進行系で体験しているのだけれども。ついさっきまでエジプトに居た筈なのに、私の周囲に広がる風景は明らかにそれとは違う。
 広い庭の横には大きな一軒家が建っているが、見覚えは無い。塀の外にある電柱や他の家の表札には日本語が書いてあるので、此処が日本である事は確かだろう。どうしてエジプトでなく日本に居るのかはさっぱり分からないけれども。

「……ぜ、全然、意味がわからない……」

 庭の端にしゃがみ込み、痛む頭を抱えていた時だ。足音が聞こえたような気がして恐る恐る顔を上げると、少し離れた場所で、一人の男の子が此方を見ていた。珍しいリーゼント頭に真っ先に目が行くし、随分と立派な体格だけれど、学ランを着ている辺り、彼は学生らしい。
 いや、今は学生だろうが何だろうが関係ない。大事なのは、家の住人らしき人物に、私が庭で蹲っているところを見られている、という点である。どう考えても、彼にとって私は不審者だ。

 さあっと一気に血の気が引く。叫び声を上げられたり通報されたりする前に、何か言わなければ。そう思って「あ、あの、」と口を開いたのと同時、男の子が此方に足を一歩踏み出した。思わずびくりと肩が揺れる。

「あ、す、すみませんッ!怪しいものじゃあないんですッ…!す、すぐに出て行きますから!!」
「あッ!ちょっと待って下さいっス!」

 弾かれたように立ち上がり、逃げ出そうとしたのだけれど、男の子に腕を掴まれてしまった。お、終わった…。このまま警察に通報されて引き渡されるのか、と震えていると、男の子は慌てたように口を開く。

「だ、大丈夫、何もしませんから落ち着いて下さいっス!お姉さんに話を聞かせて貰いたいだけっスから、…ね?」

 私を安心させる為か、男の子はにっこりと人懐こい笑みを浮かべてそう言った。強張っていた身体から、少しだけ力が抜ける。逃げる体勢を解いた私を見た彼は、「とりあえず家に入りましょ」と私の腕を引き、家に招き入れてくれたのだった。


***


 結論から言うと、男の子――東方仗助くんは私の事情を理解してすんなりと受け入れたばかりか、困惑する私に説明をしてくれた。曰く、私は一度死んだものの、不思議な力によって、この場所に移動して来たらしい。
 私の他にも同じような経験をしている人は沢山居て、目の前の仗助くんも同じだという。だから私を見ても取り乱したり怪しんだりしなかったのか、と密かに納得する。

「まあ、ウチはちこーっと特殊なんスけどね」
「特殊…?」

 この家には仗助くん以外にも数人住んでいて、ジョースター家という一族の血を引いた人達が住んでいるらしい。更に、この近所には荒木荘というアパートがあって、そこにはジョースター家と因縁の深い人物が固まって住んでいるという。
 …それにしても、ジョースターという名前にはどうも聞き覚えがあるような気がする。思い出そうとしても、記憶の一部に靄がかかっているように曖昧で、上手く辿れない。僅かに首を傾げている私に、仗助くんが口を開いた。

「因みに、この辺りに来る人間には関連性があるんス。…確か、ヒヨリさんはエジプトに居たんスよね?」
「う、うん…」
「エジプトって言えば承太郎さんだよなぁ〜…」

 ――じょうたろう。仗助くんの口から出た名前に、ぴくりと身体が反応する。じょうたろう、という名前も知っているような気がして、眉間に皺を寄せた。仗助くんに「もしかして、DIOっていう男の事知ってます?」と尋ねられ、何故だか身体が震える。
 ジョースター家、じょうたろう、ディオ。どれもしっかりとは思い出せないけれど、私と何か関係があるという事は何となく理解出来た。思い出した方が良いだろうに、思い出そうとすればするほど、胃がキリキリと痛むのが不思議で仕方ない。

 何とも言えない表情のままで、「…知ってるような気は…するんだけど…」と歯切れの悪い答えを返した時だった。玄関の方から音がして、誰かがリビングのドアを開ける。どうやら仗助くんの言っていた他の住人が帰って来たらしい。
 仗助くんと共に、ドアの方に視線を遣る。リビングに入って来た人物を視界に捉えた瞬間、心臓がドクンと嫌に跳ねた。

「…仗助。誰だその女は」

 仗助くん以上に高い身長に、がっしりとした体躯。特徴的な学帽と、襟元に大きな鎖の付いた学ラン。鋭い視線を寄越して来る、深いエメラルドグリーンの瞳。視線がかち合ったところで、私の顔からはどっと汗が噴き出して、そして――。

「……ッぐ、…ウッ…!」
「エッ!?ちょ、ヒヨリさんッ!?」
「………おい」

 胃の奥からせり上がって来るものを必死に押し留めつつ、口元を覆って椅子から滑り落ちるようにして蹲った私に、仗助くんが慌てたように駆け寄って来てくれた。仗助くんは「は、吐きそうっスか!?」と焦りながらも、背中をさすってくれる。
 見覚えのある人物――空条承太郎は、「…顔を見て嘔吐かれたのは初めてだな」と呆れたようにため息を吐いた。彼の顔を見て、フラッシュバックするように一気に記憶が解放されたようだ。そう、全て思い出した。

 私はDIOという男に操られ、空条承太郎と、その仲間達を追ってエジプトに向かったのだ。彼らを、倒す為に。…まあ、私が死んだ事から分かるように、奇襲は失敗したのだけれども。
 元凶はDIOだし、私が死んだ直接的な原因ではないし、彼らからすれば正当防衛な訳で、空条承太郎に罪は無いのだ。分かってはいるのだけれど、それでもすっかりトラウマになっているようで、私の身体は震えが止まらない。胃も痛い。今にも吐きそうだ。

「承太郎さん、ヒヨリさんに何かしたんスか…!?」
「してねーぜ。…いや、待てよ、その女…おい、顔上げな」
「ヒッ……!?あ、う、…こ、来ないで下さ……ウッ」
「じょ、承太郎さんストップ!!い、今は近付かない方が良いっス!!」

 私に見覚えがあるのか、空条承太郎がずんずんと歩み寄って来て確かめようとする。胃がぐるりと嫌な音を立て、喉の奥が鳴った。それを見た仗助くんがまずいと悟ったのか、空条承太郎を制してくれる。
 助かった、と指の間から息を漏らす。このまま近付かれていたら、間違いなく胃の中のものを戻していた。安堵と共に涙がぼろぼろと溢れ出して来て、それを見た仗助くんがぎょっと目を見開く。

「…うッ、な、泣かないで下さいよぉ〜ッ!大丈夫っスから…!」
「……思い出したぜ、仗助。そいつは確か、DIOに仕向けられてエジプトでバスジャックを仕掛けて来たスタンド使いだ」
「ええッ!?…ま、まさか承太郎さん、ヒヨリさんの事…」
「ああ。返り討ちにした。だから怯えてるんだろうな」

 しれっと返した空条承太郎に、仗助くんが「な、なるほど…トラウマになってるんスね…」と納得したように息を吐いた。さすさすと背中をさすられて、何とか吐き気は収まったものの、空条承太郎の視線がまだ此方に向いているのを感じると、どうも胃が痛くて仕方ない。
 まるで絞られているようにキリキリ痛む胃の辺りを押さえ、必死に嗚咽を堪えていると、空条承太郎が一歩踏み出して来たのが視界の端に映る。ビクッ、と大袈裟なくらいに揺れた私の身体を見て、空条承太郎は何かを悟ったのか、「…分かった。これ以上近付かねーから安心しろ」と言って足を止めた。

「……あの時は悪かったな。DIOのヤローに肉の芽を埋められてたんだろう」
「……あ、…ッ」
「もう殴ったりしねーから、そう怯えなくて良い。お前に危害を加えるようなヤツは、ここにはいねーからな」

 空条承太郎の言葉に、おずおずと顔を上げる。エメラルドグリーンの瞳に見下されていて、思わず肩を揺らしてしまったけれど、空条承太郎は何も言わずにそっと視線を逸らしてくれた。近付かないでくれたり、目を逸らしてくれたり、色々と気を遣ってくれているようだ。
 悪い人じゃあない、というのは何となく分かっている。それでもトラウマというものは一度植え付けられるとなかなか消えないもの。ぎゅう、と唇を噛み締めて俯くと、仗助くんが宥めるように、再び背中を撫でてくれた。

「仗助、空いてる部屋を貸してやれ。俺がいないところの方が落ち着くだろうからな」
「は、はいっス…!」

 未だに涙を流し続けている私の身体を支えて、仗助くんはゆっくりと私を立たせてくれた。ちら、と一瞬視線を遣ったけれど、空条承太郎は此方を見てはいない。どこまでも気を遣ってくれている彼に、何だかいよいよ申し訳なくなって来て、私は「あ、…あのッ…!」と震える口を開いた。

「い、…いろいろ、すみません。…それから、…あ、ありがとう、ございます……」

 小さくてか細い声だし、視線も床に落としたままという情けない状態ではあったけれど、せめてお礼だけは述べておきたかった。もっと色々と言わなければいけない事はあるのだけれど、今はこれで精一杯だ。それから一拍置いて、「…ああ」と短く声が返って来て、私は静かに息を吐いたのだった。