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DIOと再会する

■ ■ ■

「…で?本当に何も覚えがないのか、DIO」
「無いな」
「顔を見た瞬間に吐くほどだ、余程のトラウマを植え付けている筈だぞ。本当に覚えがないのか」
「無いな」

 吉良さんの言葉に、ぴしゃりと素っ気ない言葉が返って来る。私は思い切り嘔吐した後、反射的に自分のスタンド能力で作り上げた箱の中に飛び込んで閉じこもっていた。私のスタンドは『ブラック・ボックス』――何の事はない、ただ自由自在に黒い箱を作成できるだけの能力だ。箱を開閉出来るのは私だけなので、こうして中に閉じこもってしまえば、とりあえずは身の安全が保証される。
 外と中を遮断している黒い外壁を透明にしてみれば、箱の外では吉良さんと、私が嘔吐するきっかけを作った男性がじいっと此方を見ていた。マジックミラーのように此方側からだけ外を窺い知れるようになっているとはいえ、ひしひしと視線を感じ、まだ脂汗が止まらない。

 DIO――彼の姿を見て、私の中に眠っていた記憶が蘇って来た。私は以前エジプトに旅行した際に彼と出会い、肉の芽というグロテスクな物を頭に植え付けられたのだ。そのせいで私はとある旅の一行へ激しい殺意を抱かされ、彼らを追い、抹殺すべくエジプト近郊を走るバスへ乗った。
 その車内で私と一行は戦闘になった訳だが、五人(と一匹)VS一人で、しかもスタンド能力の圧倒的な力量差に、私は呆気無く敗北した。そこまでならまだ良かったのだが、車内で暴れまわったせいでバスは事故を起こし、逃げ遅れた私はそこで息絶えたのである。そうして、気が付いた時にはこのアパートの一室にいた――。そうだ、やっと全て思い出した。

 先程は考えるより先に嘔吐したので不思議だったのだが、全て思い出した今なら納得出来る。全ての元凶であるDIOを前にして、本能的に拒絶した結果だったのだろう。私にとって最大のトラウマと化しているDIOを見ているだけでガンガンと頭が痛むし、何かきっかけがあれば簡単に吐いてしまいそうだ。
 うう、と小さく呻いて自分の体を掻き抱いていると、コンコンと箱をノックされ、思わず飛び上がってしまう。視線を遣ると、ノックしたのは吉良さんだと分かった。「聞こえるかい?」と声を掛けられ、私は少し逡巡した後、箱の中から外へ声が聞こえるようにして、小さく返事をした。

「何も危害は加えないと約束するから、まずはこの箱から出て来てくれないか」
「………わ、…わかり、ました…」

 正直に言うとこの空間から出たくは無いのだが、いつまでもリビングの床に私の嘔吐物が放置されているのも居た堪れない。それに、部屋には吉良さんが居るのだから、まだマシだ。自分に言い聞かせ、深呼吸を数回してから、ゆっくりと天井の蓋を開ける。震える指で箱の縁を掴み、恐る恐る顔を覗かせた――と、同時。にゅっと伸びて来た青白い腕が私の首根っこをむんずと掴み、強引に箱から引っ張り出した。
 そのまま物凄い力で体を持ち上げられ、首がきゅっと締まる。苦しさにもがいていた私だったが、目の前にDIOの顔がある事に気が付いて、ぴしりと固まった。血を思わせるような真っ赤な瞳にじろじろと無遠慮に観察され、息が出来なくなる。少しマシになった筈の汗が再び噴き出して来て、私の様子に何かを察したのか、DIOが私を床に放った。そうして床に着地した瞬間、私はもう一度、めっちゃ吐いた。

「おッ…おええええ…」
「おい……」

 吉良さんが引いているのが分かる。しかし、私だって好きで吐いている訳ではない。ぐい、と口元を拭い、『ブラック・ボックス』で生成した箱を嘔吐物に被せ、そのまま箱ごと消滅させる。綺麗に片付いたのを見て、もう一つ作り出した箱の中に入ろうと手を伸ばしたのだが、その手をがしっと掴まれる。青白い、手。胃の中のものがまた逆流して来たのを何とか堪え、私は口を開いた。

「はッ、は、はな、離して、くださいッ…」
「そう言うな。ゲロを吐くくらい怖がらなくても良いじゃあないか」

 どの口が言うんだ、と怒りをぶつけたいところだが、おそらくその前に三度目の嘔吐をしかねないので、とりあえず黙っておく。埒が明かないと判断したのか、吉良さんがため息混じりにDIOの名を呼び、私の手を離すよう促してくれた。
 ぱ、と手が離れた瞬間、私は吉良さんの背後に隠れる。DIOが「随分と失礼な奴だな」と低い声で唸ったので、私はびくりと肩を揺らした。やっぱり箱だ、箱に入ろう。箱の中に逃げ込もうとしたのが分かったのか、吉良さんは私の手首を掴み、不自然な間の後で「大丈夫だから」と私を宥めた。

 何故これほどまでにDIOに対して恐怖を抱いているのか尋ねられ、私は暫く視線を彷徨わせてから、ぽつりぽつりと事情を説明した。漸く状況を理解した吉良さんは溜息をつきながら「おいDIO、君が全面的に悪いじゃあないか」と言ってくれたが、DIOは未だに思い出せないようで、片眉を吊り上げて黙っていた。
 そりゃあ悪のカリスマで帝王なDIOにとってはこんなちっぽけな小娘は覚えていないかもしれない。が、しかし、私にとってDIOは人生最大のトラウマなのだ。苦手なもの、嫌いなもの、トラウマ、全てぶっちぎりでDIOが一位である。その当人が目の前に居るのだから、失神していないだけ褒めて欲しい。吐きはしたけれど。

「…さて。君は納得いかないかもしれないが、とりあえず話は一段落ついた。後は、これから君がどうするかだが…」
「………は、はい」
「君は此処に来たばかりで右も左も分からないだろう。決まりは無いが、此処に来た者は皆、そのままこの部屋で暮らしている。…君も此処で暮らすかい?」

 聞けば、この世界はまるっきり異世界という訳ではないようで、通貨や言語は同じらしい。不思議な事に、多少の食い違いが無い事も無いが、基本的に元居た所と同様の戸籍が存在しているという。だからこそ、吉良さんもサラリーマンとして働けている訳だ。
 吉良さんがわざわざ私に意思を聞いてくれたのは、そういう事も踏まえてなのだろう。そりゃあ苦労はするだろうが、一応、このアパートで住まずとも生きて行く事は出来る。このままアパートで暮らすか、苦労を覚悟の上で自立するか――そういう選択を、吉良さんは私にさせてくれているのだろう。

 正直抵抗はあるが、事情を知っている人と暮らせれば、多少は気持ちも楽だろうとは思う。まだ色々と分からない事だらけなのだから、余計にそう思うのだ。だけど――。
 ちら、と視線を上げ、DIOを盗み見る。DIOは既に私に対しての興味を失ったようで、私の出した『ブラック・ボックス』を観察しているところだった。私の言わんとする事が分かったのか、吉良さんはやれやれと息を吐く。

「…まあ、此処に住んでいるのは何も私とDIOだけではないからね。それに、スタンドはまだ健在だが、その悪用はしない事になっている。殺しなんて以ての外だ。此処の住人は一般人とは程遠いが、それなりに上手くやっているから、そこは安心して良い」
「………」
「勿論、無理強いはしないよ。何せこれは君の第二の人生になる訳だからね」

 第二の、人生。ずっしりと重たい響きに、思わず口を噤んだ。胃は痛むし不安しか無いけれど、やっぱり、素直に甘えさせて貰うのが一番なのかもしれない。すう、と息を吸い込み、吉良さんに頭を下げる。

「…正直まだ何も分からないし、ご迷惑をお掛けするかもしれません。だけど、私に出来る事は精一杯やります。――私を、此処に置いて下さい」

 一拍置いて、頭上から「…勿論だ。よろしく」と声が降って来る。ぱっと顔を上げると、吉良さんは少しだけ表情を柔らかくし、私の肩を叩いてくれた。前途多難でどうなるか分からないけれど、精一杯頑張ろう。私は強くそう思った。
 ――しかし、ずかずか歩み寄って来たDIOに前髪をかき上げられ、「肉の芽を埋めたのは此処だったかなァ?ン?」と地雷を踏み抜かれて、三度目の嘔吐をしたと同時に判断を誤ったかと後悔したのは、それから数秒後の事だった。