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吉良に甘えられる

■ ■ ■

 とある平日の夕方。玄関のドアが開く音がして、夕飯の支度をしていた手を止め、慌てて向かう。玄関先で靴を脱いでいるのは吉良さんだった。

「吉良さん、お帰りなさ――」

 い、と言い終わるより前に、軽い衝撃が身体に走り、思わず口を噤む。吉良さんが倒れ込むようにして、私に抱き着いて来たのだ。「き、吉良さんッ!?」と慌てて名前を呼んだけれど、吉良さんは「…ただいま」と小さく声を返して来るだけで、私から離れようとはしなかった。
 ぎゅう、とまるで縋るように抱き締められて、つい困惑してしまう。おずおずと腕を伸ばし、吉良さんの背中に手をそっと添えれば、肩口に顔を埋められた。これは一体どうした事か。

「…あ、あの、吉良さん…どうしたんですか…?ぐ、具合でも……」
「………疲れた」
「………えっ?」
「…疲れた……」
「つ、疲れ……?」

 吉良さんが肩に顔を埋めたまま喋るので、こそばゆくて仕方がないのだけれど、今はそれどころでは無さそうだ。疲れた、とは、まあ言葉そのままの意味なのだろうけれど、ここまで表に出すのは珍しい。
 抱き着かれたままで話を聞いてみれば、どうも仕事で色々とあったようで、すっかり疲れてしまったようだ。確かに、そう言われてみると普段よりも帰宅の時間が遅い。「そ、それは…お疲れ様でした…」と苦笑していると、いつまでもキッチンに帰って来ない私を不審に思ったのか、ディアボロさんが廊下に顔を出した。

「おい、ヒヨリ、火が着いたままだぞ」
「あ、ごめんなさい、すぐ戻ります!」
「………それは何だ?」
「………き、吉良さんです…」

 困ったように答えれば、ディアボロさんがぎょっとしたのが分かった。まあそうなるだろうな。吉良さんの背中をとんとんと叩き、とりあえず着替えだけ済ませて来るように促す。疲れているならご飯は要らないだろうか、先にお風呂に入るだろうか、と色々思案しながら、漸く私から離れた吉良さんの背をそっと押した。
 ジャケットを受け取ってハンガーに掛けてから、「先にキッチンに戻ってますね」と声を掛ける。「ああ…」と覇気の無い声を返されて、随分と疲れているのだな、と密かに思いながら、キッチンに戻った。

 それから数分後、着替えを済ませて来た吉良さんがキッチンに入って来る。明かりのあるところで見ると、吉良さんは疲れからか何処かげっそりしているようにも見えた。

「もうすぐご飯出来ますけど、先に食べますか?一応、お風呂も沸いてますけど…」
「ああ…先に夕飯を頂くよ」
「はい。もうちょっと待ってて下さいね」

 最後に味付けを整えていると、とん、と背中に軽い衝撃は走る。さっきも経験した気がするぞ…。首だけでゆっくり振り返ってみれば、案の定、吉良さんが私の背後から抱き着いていた。
 今日はやたらとスキンシップが多い。多少、いや結構動きづらくはあるのだけれど、何となく、離れて下さいとは言えなかった。


***


 夕食をとった後も、吉良さんはこんな調子だった。会話には殆ど参加せず、ずっと私に引っ付いたまま。お風呂にも入った事だし早く寝れば良いのに、と思うのだけれど、何故かそうしないのだ。まだ皆が寝る時間でないから、というのもあるのかもしれないけれども。
 他の皆はというと、気にはなるものの触れてはいけないと感じているのか、誰も吉良さんの様子には触れようとしない。触らぬ吉良さんに祟りなし、かな。その代わり、目で私に「どうにかしろ!」と訴えている。私にどうしろって言うんだ。

「……あ、…あー、吉良さん…?もう寝ますか…?」
「………明日は休みだ。まだ良い」
「で、でも、お疲れなら、その、早く横になった方が疲れも取れるんじゃあないですかね…?」

 何故か、無言。吉良さんは壁に背を預けて座り、膝の間に座らせた私を背後から抱き締めている。相当お疲れのようだし、明日が休みなら尚更ゆっくり寝た方が良いと思うのだけれど、吉良さんはそうしないらしい。
 「まだ良いんだ」と頑なに寝たがらない吉良さんに、密かに苦笑してしまう。吉良さんにその気があるのかは分からないけれど、これは甘えられている、という認識で良いのだろうか。珍しい事もあるものだなあ。

「……吉良さん」

 静かに名前を呼べば、ぴくりと反応が返って来る。お腹の辺りで交差している腕を撫でて、片方の手を取った。大きくて、骨ばってはいるけれど、男の人にしては長い指。自分の手と絡めるように握って、反対の手で労るように手の甲を撫でる。

「いつもお仕事お疲れ様です。…私、今日は吉良さんの気の済むまで傍にいますから、何かあったら遠慮なく使って下さいね」

 吉良さんはいつもしゃんとしていて、一癖も二癖もある荒木荘の住人達を纏めている。私は甘やかされてばかりだから、こうして吉良さんの方が甘えて来るのは新鮮だし、何だか嬉しくもあった。…まあ、距離が近過ぎて少し恥ずかしいけれども。
 そんな事を思っていると、吉良さんに手を握り返された。背後から肩口に額を押し付けるように埋められ、擽ったさに小さく笑みを漏らす。吉良さんは片手で私を抱き締め直すと、静かに口を開いた。

「……暫くこのままで居させてくれないか?」
「はい、勿論です」

 そう答えれば、吉良さんは安心したように息を吐く。――吉良さんがそのまま眠ってしまい、暖かな体温に包まれた私もつられるように眠りに落ちるのは、それから十数分後の事だった。