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ジョルノに遊ばれる

■ ■ ■

「ブォン・ジョルノ、ヒヨリさん」

 買い物を終えての帰宅途中、背後から掛けられた声に、私は反射的に背筋を伸ばした。ギギギ、と音が付きそうなくらいぎこちない動きで振り返った先には、口元に薄っすらと笑みを浮かべている一人の少年の姿がある。
 スラッとした長い手足と引き締まった体躯に、モデルと言われても頷けるような矯正な顔立ち。太陽の下でキラキラ輝く金糸のような髪は眩しく、見慣れない髪型ではあるけれど、不思議と彼に似合っている。

 彼の名は、ジョルノ・ジョバァーナ。ジョルノくんと出会ったのは数日前の事なのだけれど、その時から、私は彼に会うと無条件に緊張してしまう。その理由は、一つ。ファーストネームこそ違うものの、彼がジョースター家と――DIOさんの血を引いているからだ。

「こ…こ、こんにちは、ジョルノくん…」
「お買い物ですか?良ければ、荷物お持ちしますよ」
「い、いや、そんな!だ、大丈夫だよ、家近いからッ…!」
「そうですか?…なら、パードレに電話して荷物持ちでもさせましょうか」
「パッ…!?だ、だ、大丈夫だから!ほ、ほんとにッ!」
「…冗談ですよ。第一、あの人は昼間は外に出られないですしね」

 ふ、と意地悪く笑ったジョルノくんに、冷や汗が止まらない。ジョルノくんは私がDIOさんに何をされたのか、そして、私がDIOさんに対してトラウマを抱えている事を知っているようで、私をからかって来るのだ。
 ジョルノくんの容姿はやはり何処かDIOさんの血を感じさせる部分もあって、彼自体は私と何の関係も無いと頭では分かっているつもりなのだけれど、どうも反射的に身構えてしまう。ジョルノくんもジョルノくんで、それを理解していてからかって来るのだから、たちが悪い。この辺もDIOさんの血を感じるところではある。

 私が一方的に身構えてしまうのがいけないのだろうけれど、こればかりは慣れなくては仕方が無い。申し訳ないと思いつつも、毎度、ジョルノくんに対してはビクついてしまうのだ。

「どうですか、荒木荘での生活は。すっかり溶け込んでいるようですけど」
「う…うん、皆よくしてくれるから、もう大分慣れたよ」
「パードレとはどうです?」
「えっ、…そ、そうだなあ、…最初に比べればかなり進歩したと、思い…ます……はい…」

 目が泳いでいるのは見逃して欲しい。だけど、嘘は言っていないだろう。まだ他の皆と同じようにとは行かないまでも、生活を始めた当初に比べれば、これでも随分と改善されたのだ。…私の中では。
 ジョルノくんはどういう思惑でこんな質問をしたのか分からないけれど、私の答えに、「そうですか」と一言返すだけだった。…何というか、この、何を意図しているのか分からない部分が多少苦手ではある。目を泳がせる私に、ジョルノくんはふっと息を吐いた。

「…その調子で、僕とも距離を縮めて欲しいものですけどね」
「えっ」
「考えてもみて下さいよ。僕は確かにパードレの息子ではありますが、血を引いているって…ただそれだけじゃあないですか。僕自身はヒヨリさんには何もしていないんですよ」
「……そ、そう、だね…」
「…なのに、ヒヨリさんは僕の事を怖がるじゃあないですか。僕だって仗助や承太郎達のように、普通に、自然体の貴女と話をしてみたいだけなのに」

 しょんぼりとしてしまったジョルノくんに、私はあわあわと慌ててしまう。…ただ一つ言わせて貰うとするなら、残念ながら私は承太郎くんに関しては未だに緊張が取れないでいる。話に水を差すようなので、口に出す気は無いけれど。
 ――それに、言われてみれば、確かに、彼の言う通りだ。ジョルノくんには何の関係も無いのに、私は彼に一方的に苦手意識を持って、最初から余所余所しい態度を取ってしまっている。

 自分は何もしていないというのに、出会った時からそんな態度を取られて、ジョルノくんはどう思ったろう。考えれば考えるほど申し訳なくなって、罪悪感が膨らんでいく。

「……まあ、こんな事言ったって仕方が無いですよね。僕も家に帰るとします」
「え、あ……」
「引き止めてしまってすみませんでした。…それじゃあ」
「……あ…、…ま、待って、ジョルノくんッ!」

 何処か寂しそうな表情を浮かべ、私に背を向けてそのまま去ろうとしたジョルノくんに、思わず身体が動く。気が付けば私は、彼の腕を掴んでいた。胃の辺りに僅かに例の違和感を覚えたけれど、それには気付かない振りをして、息を吸い込んだ。

「…ご、ごめんなさい、ジョルノくんの言う通りだよね…。ジョルノくんは何も関係ないのに…そのッ、私、つい緊張しちゃって…」
「………ヒヨリさん…」
「だ、だけど、嫌いだとかそういう事じゃあないの!それは本当でッ…!…か、勝手だとは思うんだけど、あの、…わ、私、ジョルノくんとも仲良くしたいって、そう思うしッ…!」

 今まで一方的に距離を取っておいて、今更虫が良すぎるかもしれない。それでも誤解だけは解いておきたいと思った。ジョルノくんの事は確かに苦手だけれど、決して嫌いではないのだ。そして、仲良くなれれば良いというのも、本当に思っている事。
 …ジョルノくんは、どう感じたのだろうか。此方に背を向けたまま無言の彼に、心臓がドクドクと激しく脈打つ。それから数秒後、ジョルノくんは静かに口を開いた。

「……言いましたね?」
「……………えっ」
「僕と仲良くしたいって、言いましたよね?」
「…ジョ、ジョルノくん……?」

 ゆっくりと振り返ったジョルノくんの口元には、笑みが浮かんでいる。薄っすら細められたジョルノくんの目に、思わず背筋がピンッと伸びた。この笑いは、DIOさんのそれにそっくりだ。

「ヒヨリさんがそう言うなら、僕も遠慮なく『仲良く』させて貰います。…構いませんよね?」

 これはもしかして、…いや、もしかしなくても、謀られたのではないだろうか。だらだらと冷や汗が止まらない私に、ジョルノくんは笑みを絶やさないままで、そっと手を伸ばして私の手の中から買い物袋を奪った。

「荷物、持ちますよ。僕も丁度暇ですから、このまま『仲良く』帰りましょう、ヒヨリさん」
「……え、あ、あの…」
「ふふ、ヒヨリさんとこうして帰れるとは思いませんでしたよ。…パードレがどんな顔をするか、見物ですね」

 買い物袋を提げているのとは逆の手の方で、固まってしまっている私の手を握る。思わずその場でぴゃっと飛び跳ねる私だけれど、ジョルノくんは気に留める様子も無い。
 ――そして、「さあ、行きましょうか」と有無を言わさぬ笑顔で私の顔を覗き込むと、繋いだ手に少し力を込め、そのまま私の手を引いて歩き出したのだった。