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吉良と雷の話

■ ■ ■

 どんよりと気分まで重たくなるような鈍色の空に、窓を叩き付けるような激しい雨。雨が降らない内に買い物に行っておいて良かったな、と密かに息をつく。ゴロゴロと地を這うような音を遠くに聞きながら、暇を持て余して読書をしていた時だった。
 薄暗い窓の外が、一瞬だけ電気を点けたように光る。まさか、と思って顔を上げたのとほぼ同時。空気を震わせるような轟音が辺りに轟いて、私は思わずぴゃっと飛び上がった。その弾みで、読んでいた文庫本が床に落ちる。

 幾つになっても雷は苦手だ。建物の中で安全だと分かっていても、あの轟音を聞くと思わず足が竦んでしまう。小さい頃、留守番していた時に近くに雷が落ち、停電した中で一人怯えた経験があるのだけれど、その記憶も手伝っているのだと思う。
 文庫本を拾い上げ、胸の前でぎゅうと抱き締める。もう子供と呼べる年齢では無いのに、手が震えている事に気が付いて、何だか情けなくなった。私の様子に気が付いたのか、丁度近くに居た吉良さんが私の名前を呼ぶ。

「…ヒヨリ?大丈夫か?」
「……え、…あ、大丈夫ですよ」
「顔色が良くないじゃあないか。具合が悪いのか?」
「い、いえ、そんな!」

 顔を覗き込まれて、慌てて首を横に振る。具合が悪い訳じゃあないし、それに、この年にもなって雷が怖いだなんて恥ずかしくて言えない。私の返答に納得がいかないらしい吉良さんが、何か言おうと口を開いた瞬間だった。
 再び窓の外が明るくなり、私はハッとする。それから一拍置いて、あの轟音が響き渡る。それから間髪入れずに、バチンッという音と共に、部屋の中が真っ暗になった。

「ヒッ…!?」
「停電か…随分と近くに落ちたみたいだな。ブレーカーを見て来るよ」

 電気が消え、テレビも消え、聞こえて来るのは雨と、空がゴロゴロと不機嫌そうに鳴る音だ。吉良さんがため息を吐き、立ち上がった音が聞こえ、私は咄嗟に手を伸ばす。暗闇の中ではあったけれど、私の指先はしっかりと吉良さんの服を捉える事が出来た。

「っ、な、何だ?…ヒヨリか?」
「き、吉良さん、やだ、…い、行かないで下さいッ…!」

 驚いたように声を上げた吉良さんに、私は喉の奥から声を絞り出すようにして訴える。雷と停電のコンボに、脳裏に過るのは幼い頃の嫌な思い出だ。服を掴んでいる私の手がかたかたと小刻みに震えている事に気が付いたのか、吉良さんは何となく状況を察したらしい。
 私の手に、吉良さんの手が触れた。びく、と肩を震わせた私に構わず、吉良さんの手が手首、腕、肩と伝って、確かめる様にするすると伸びて来る。そのまま肩を抱き寄せられて、私の身体はぽすんと吉良さんの腕の中に収まった。

「…成る程な。雷が怖いのなら、そう言えば良かったじゃあないか…」
「……だ、って、…子供みたいで、恥ずかしくて…」

 ぼそぼそと呟くように返しながら、吉良さんの胸に頭を預ける。吉良さんは小さく笑って、私の頭を抱え込むようにして抱き締めてくれた。「まだ怖いのか?」と尋ねられて、私は「…少しだけ…」と返す。

「電気が点けば少しは怖くなくなると思うんだが…私がブレーカーを見に行っては困るんだろう?」
「……………こ、困ります…」
「なら、暗いままで良いのか?」
「…く、暗いのはそりゃあ怖いですけど…でも、あの、…吉良さんがこうしてくれているなら、大丈夫です…」
「……仕方がない子だな、全く」

 呆れたような声の割には、私の背中をぽんぽんと宥めるように撫でている手付きは優しいものだ。暗闇も、まだゴロゴロと鳴っている音も怖いけれど、吉良さんが居るお陰か、いつもよりは怖くないと思える。単純なものだなあ、なんて自分で思いながらも、私は吉良さんに甘えるように目を閉じたのだった。