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カーズに甘える

■ ■ ■

 カーズさんは動物が好きなようで、吉良さんが家に居ない時を見計らい、近所の猫を捕まえては家に連れて来てじゃれている。最初は警戒していた猫も、カーズさんの手に掛かればものの数分ですっかり慣れきって甘えたになるのだから凄い。猫カフェなんて行こうものならどうなる事か。
 猫は猫でカーズさんの膝の上で伸びていて随分と幸せそうなのだけれど、カーズさんもカーズさんで普段はあまり見せないような柔らかい表情を浮かべていたりする。それが何だか微笑ましいようにも、羨ましいようにも思えてしまって、私はふるふると頭を振って手にしている本に再び視線を落とした。

 ――いいなあ、なんて。そりゃあ、たまには恥も外聞も気にせず、思い切り誰かに甘えたくなる事もあるだろう。何も考えないで母親に抱き着いて、怒られてもぴったりとくっついたままで居た、子供の時のように。子供の頃ならそれで良かったけれど、成長するにつれて、小さい頃のように人に甘えるなんて事は出来なくなる。
 猫なら何も考えず、ただごろごろとじゃれついて甘えていても可愛いで済む話だけれど、大学生にもなってごろごろと甘えるとなれば、流石に可愛いで済む話じゃあないだろう。…やっぱり、羨ましいなあ。こうなるともう読書どころではない。心の中でひっそりと思った時だった。

「…ヒヨリ。こっちに来い」
「………え?」

 突然名前を呼ばれて視線を上げれば、カーズさんが胡座をかいた状態のまま、私に向かって手招きしていたところだった。その膝には先程まで伸びていた筈の猫の姿が無い。目を瞬きながら「あ、あれ、猫ちゃんは…?」と尋ねれば、カーズさんは「あれは気まぐれだからな。帰った」と窓の外を指差した。
 猫が居なくなったのにも気が付かないくらいに考え込んでいたのだろうか、なんて密かに思っていると、カーズさんが急かすように再び私の名前を呼ぶ。良く分からないが、呼ばれているようなので、とりあえず本を閉じてカーズさんの方へ近寄ってみた。

「ええと、何かご用ですか?」
「用があるのはお前じゃあないか」
「…えっ?いや、私は別に…」

 心当たりが無いと伝えようとしたのだけれど、それより早く腕を引かれ、膝立ちしていた私は大きくバランスを崩す。そのまま目の前に居たカーズさんの胸に倒れ込んでしまい、慌てて身体を離そうとしたのだけれど、伸びて来た腕にしっかりと抱き竦められてしまう。
 この荒木荘で生活を共にするようになって、驚きの肌色率には随分と慣れたつもりだったけれど、触れるとなると話は別だ。カーズさんの固くて厚い胸板にぴったりくっ付いた頬から、私よりも幾分低い体温がじんわりと伝わって来て、何とも居た堪れない。

「かッ、カーズさん、ッ」
「なんだ」
「そ、それはこっちの台詞なんですけどッ…!?」

 じたじたと暴れてはみるけれど、悲しいかな、力の差は歴然だ。だからと言って大人しくしている訳にもいかない、と暴れている間にも、カーズさんは両手で私の腰の辺りをむんずと掴むと、そのままぐるんとひっくり返してしまう。
 そうして、気が付いた時には、まるでつい数分前までそうしていた猫のように、カーズさんの膝の上に横抱きにされていた。私を覗き込むように顔を近付けて来たカーズさんと目が合って、じわじわと顔が熱くなる。カーズさんは喉の奥で小さく笑ってから、ゆっくりと口を開いた。

「ヒヨリよ…あの猫が羨ましかったのだろう?ン?」
「そッ…」
「あれだけ羨ましそうな顔をしながら見ていたのだ、違うとは言わせん」

 見ていたのがバレていたのか。というか、羨ましい顔なんてしてたのか私…!?慌ててババッと顔を覆えば、カーズさんは「やはり羨ましかったのか」と再び小さく笑った。
 そこで漸くカマをかけられたのだと理解して、益々顔が熱くなる。恥ずかしくて堪らなくて、カーズさんの膝の上で縮こまっていると、名前を呼ばれた。

「そう意地を張る必要も無かろう」
「だ、だって…わ、私もう成人してるんですよ?大人なのに、こんな…子供みたいっていうか、恥ずかしいっていうか…」
「…何だ、そんな下らん事を気にしていたのか。私からすればお前は赤子も同然だがなァ」
「……いや、まあ、カーズさんからすればそうでしょうけど…」

 そうだけど、そういう事じゃあないのだ――と伝えたいのだけれど、カーズさんには上手く伝わらないようだ。どうしたものかと考えていると、伸びて来た手に頭を撫でられる。ぽかんとしている私に構わず、カーズさんは口を開いた。

「心配しなくとも、ここには誰もいない。私が良いと言っているのだ、存分に甘えるが良い。たまには甘えてもバチは当たらん」
「………カーズさん…」

 ここには誰も居ないっていうか、押し入れにはディアボロさんが、棺桶の中にはDIOさんも居るんだけどなあ。密かにツッコミを入れながらも、私はすっかりカーズさんの言葉に諭されたようだ。
 おずおずと腕を伸ばし、カーズさんの首に巻き付ける。そのまま身体を引き寄せるようにぎゅうと抱き着けば、カーズさんもそれに応えるように私の身体に腕を回してくれた。

 頬を掠めるカーズさんの長い髪がこそばゆいけれど、気にせずにぐりぐりと顔をすり寄せると、髪を梳くように頭を撫でられる。さっきまでは恥ずかしかったのに、今はシャツ越しに感じるカーズさんの体温が心地良い。

「…カーズさん」
「なんだ」
「……ありがとうございます」

 ぼそっと呟くように言えば、一拍置いて、フンと鼻を鳴らしたのが聞こえた。「もう少し甘えていてもいいですか」と尋ねてみると、好きにして良いと実に寛大な答えが返って来る。私は小さく笑って、一層カーズさんに身体を寄せたのだった。