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承太郎と再会する

■ ■ ■

 トラウマなんてものは少ないに越した事は無いのだけれど、悲しいかな、私には幾つか思い付くものがある。くどくど語っていても仕方が無いので全てを語りはしないが、最大のトラウマは、まあ言わずもがなDIOさんとの一件だ。次いでもう一つ、私には大きなトラウマがあった。
 私が死ぬ直接の原因となった、前世――という呼び方で良いのだろうか――で起きたエジプトでのバス事故。私はある旅の一行と対峙して戦闘を繰り広げ、敗北した後に、発生した事故で逃げ遅れて死亡した訳だが、その旅の一行というのが少々トラウマなのである。

 まあ、私がDIOさんに肉の芽を埋められて戦闘を挑んだ訳であって、相手方には罪はない。正当防衛、というやつだ。返り討ちにされたって仕方の無い話なのである。頭ではそう理解しているつもりなのだが、体は正直とでも言うべきか、彼らの姿を思い浮かべると恐ろしくて震えてしまう。
 その中でも特に恐ろしいと感じるのは、一行でも中心的な存在だった男子高校生だ。まあ、私を倒したのが彼だからという事もあるだろう。年下と思えないほどの威圧感というか、大人びた風格を持っていたというか、とにかくそこらの人間とは一味も二味も違ったのを覚えている。名前は忘れもしない、――空条、承太郎。

 何故今になってこんなトラウマの話をしているのかと言えば、件の空条承太郎と、うっかり再会を果たしてしまったからである。荒木荘の住人達と並々ならぬ因縁を持つジョースター家の一族は、この辺りにある大きな屋敷に揃って暮らしているのだと吉良さんから聞いてはいたが、まさかこんなに早く会う事になろうとは思っていなかった。しかも、よりにもよって遭遇したのが空条承太郎だなんて。
 天気が良いからと珍しくちょっと散歩に出てみたらこれだ。慣れない事はするもんじゃあなかった。今更になって後悔してみても、目の前で私を見下ろしている空条承太郎は消えない。DIOさんのように忘れてくれていれば良いものを、空条承太郎は、どうも私の事を記憶の端に引っ掛けていたようだった。

「……テメェ、確かエジプトでバスジャックを仕掛けて来やがったスタンド使いだな。何で此処に居る」

 聞き覚えのある低い声に、思わず体が震え上がる。怖くて顔が上げられない。空条承太郎の横に居るリーゼント頭の男子生徒が、私と空条承太郎を忙しなく見比べている。私は依然として声の一つも上げられないまま、ただ縮こまっていた。
 お腹、が、…お腹が、痛い。きりきりする。そろそろ胃が例のおかしな音を立てそうだ。泣きそうになりながら、洋服の鳩尾の辺りを掴み、ぎゅうと握り締める。私の様子に気が付いたのか、リーゼント頭の男子生徒が、「あ、あ〜ッ!」と素っ頓狂な声を上げた。

「ま、まァまァ、そう怖い顔しないで!何があったのか知らねーけど、相当ビビってるっスよ、このお姉さん!」
「仗助、お前は黙ってろ」
「……ウッス…」

 仗助、と呼ばれた男子生徒は、冷や汗を流して口を噤んだ。やっぱり空条承太郎、怖い…。恐る恐る顔を上げてみると、空条承太郎は私をじっと見下ろしている。エメラルドグリーンの瞳に射抜かれて、私はぴゃっと飛び上がった。その拍子に、ぐるり、胃がおかしな音を上げる。

「ウッ……」
「……ン?えっ、ちょ、お姉さん大丈夫っスか?吐きそう?」

 ぱ、と口元に手を当てると、仗助と呼ばれた男子生徒が私に近寄り、顔を覗き込んで来た。相当酷い顔色だったのか、ぎょっとしたような表情を浮かべ、「ぐ、具合悪いんスか!?」と慌てたように声を上げる。ちょっと胃腸が弱いだけなんです、と言い訳をしたいところだが、喉の奥から漏れるのは呻き声だけだ。
 や、やばい、吐きそう…。苦しさに涙がぽろりと零れる。口元を押さえている指の間からふーふーと荒く息を漏らしていると、空条承太郎がため息をつき、コツ、と靴音を鳴らして此方に一歩踏み出して来た。

「……やれやれだぜ。おい、まだ吐くんじゃあねーぞ」
「……ッ、!?」

 顔を上げようとしたのだが、それより先に、黒いものが視界いっぱいに広がる。ぐんと体が何かに引き上げられるような感覚がして、瞬き一つした時には、私の視界は普段よりも高い位置にあった。何故、自分の膝頭が目の前に見えるのだろう。
 暫くきょとんとしていたが、空条承太郎に抱え上げられているのだと理解した瞬間、胃の奥から何かがせり上がってくる感覚がした。慌てて両手で口元を押さえると、それを見たのか、空条承太郎は大股でずんずんと何処かに歩いて行く。男子生徒も「もうちょい頑張って下さいねェ〜!」と言いながら横を歩いている。どういう状況なのだ、これは!

 私が近くの公園にあったベンチに下ろされたのは、それから直ぐの事だった。目の前にペットボトルの水が差し出され、少し戸惑ったけれど、「飲め」と半ば強引に渡されたので、有り難く頂戴する事にする。水を一口飲んで、ふ、と息を吐く。まだ気分は良くないが、それでも少しはマシになった。

「……あ、ありがとう、ございます…すみません……」
「気分が良くねーところに悪いが、まだ答えを聞いてないんでな。答えて貰うぜ。…お前、何でまた此処に居やがる」

 振り出しに戻った。…いや、「テメェ」から「お前」になった分、少しは柔らかくなった、のだろうか。私はペットボトルを握り締めながら、二三度深呼吸をし、漸く口を開いた。

「……そ、その、…あのバス事故の、とき、…私、あれで死んだみたい、で……」
「……なに?」
「ヒッ…!…あ、う、…い、今は、荒木荘でお世話になって、まして……」
「荒木荘ォ〜!?」
「ヒィッ…!ご、ごめんなさ……!」

 空条承太郎が険しい表情になったのを見てビビり、男子生徒の驚いたような声にまたビビり、私は反射的に謝る。もうやだ逃げたい…。ぼろりと涙を流すと、それを見た男子生徒が「な、泣かないで下さいよォ〜!」と慌て出した。空条承太郎は帽子のつばに触れると、「やれやれだぜ…」と息を吐く。それは口癖なのか。

「…あの時とは随分と態度が違うな。オメーもDIOの野郎に肉の芽を埋められてたクチか」
「は、はい……ッ」
「……悪かったな。逃げ遅れてたのに気付かなかったとはいえ、助けてやれなかった」

 思いがけない言葉に、目を丸くする。謝られた、だと。固まってしまった私を見て、空条承太郎がすっと此方に手を伸ばして来る。反射的に目を瞑って体を震わせたが、殴られる事は無く、ぽん、と頭の上に大きな手が乗っただけだった。
 私の頭を撫でる手は存外優しくて、バスの中で私の『ブラック・ボックス』をまるで段ボールを潰すかのようにタコ殴りしていたとは思えないくらい、柔らかい手付きだった。恐る恐る目を開けて見上げれば、先程までの警戒心の詰まった眼差しではなく、幾分和らいだ視線が向けられている。……怖い人じゃあ、ないのかもしれない。

「……あ、……あの…」
「心配するな。もうあの時みたいに殴ったりしない。…まあ、その様子じゃあ怖がるなというのは無理だろうが、敵意はねーって事だけは覚えておけ」
「え〜ッ!?あの時みたいにって…昔殴ったんスかァ!?」
「…やかましいぜ仗助。今とは状況が違うんだよ」

 彼の為にフォローを入れるとするなら、あの時、直接殴られた訳ではなかった。一応女だから、拳で殴るのは憚られたのかもしれない。まあ、『ブラック・ボックス』は容赦なくぺしゃんこになるまで殴られたけれども。
 空条承太郎ははあっと静かに息を吐いて、「お前の名前を聞いてなかったな」と再び此方に視線を戻した。びく、と反応しながらも、私は改めて名乗る。やはりまだびくついてはしまうけれど、吐き気は収まっていた。

「ヒヨリさん、っスね!俺は仗助で良いっスよ!」
「じょ、仗助、くん……あの、よ、宜しくお願いします…」
「固いっスねェ〜。もっと気軽に接して下さいよ」

 仗助くんはそう言って、へらりと笑ってくれた。同じ血族だけあって空条承太郎と何となく顔立ちが似ているので少しだけ怖かったのだが、彼は空条承太郎とは正反対と言っていいタイプなのかもしれない。表情もころころ変わるし、人懐っこそうで、話し易いタイプだ。ちら、と空条承太郎の方を見遣ると、ばちっと目が合った。びくりと肩が跳ねる。

「……承太郎で良い。DIOの野郎に何かされそうになったら俺に言え」
「…あ、ありがとうございます……」

 DIOさんを倒しただけあって、頼もしいというか何というか。やっぱり年下って嘘じゃあないかな…。DIOさんの件と同様、一度トラウマのようになってしまっているのでやはり何かと怯えてはしまうが、それでも、何とか上手くやって行けそうな気はする。
 「あんな無法地帯にヒヨリさん一人なんてヤベェっスよ!何かあったら俺達がスッ飛んで行きますから、連絡先交換しましょ!」という仗助くんの申し出により、仗助くんと承太郎くんと連絡先を交換し、私は荒木荘へと帰った。――ぼんやりと電話帳を見ていた私に気が付き、背後から画面を覗き込んだDIOさんが、「何ィイッ!?」と叫び声を上げ、私が驚いた拍子に嘔吐くのは数分後の話である。