×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

クルセイダース


 ホテルの一室で眠っていると、額に何かが当たった感触に気が付き、意識が浮上して来る。重たい瞼を押し上げてみれば、外はもう明るい。朝か、とぼんやり思いながら眠気眼のままで額に触れると、紙の感触。ああこれは、と、渋々ながら上半身を起こした。
 すっかり見慣れてしまった黒い便箋に目を通す。今回の命令は【六原ユメコは今日の23時59分までに空条承太郎一行に慰めて貰う事】、だそうだ。慰めて貰うのは良いけれど、一体何を慰めて貰うのだろうか。不思議に思って首を傾げたのと同時、ぽた、と便箋に水が垂れる。

 ぽた、ぽた、と雨のように便箋に落ちては染みを作るそれが涙であると気が付いたのは、頬に触れたからだ。どうやらこれは私の涙らしい。慰めて貰う、という命令の意味が分かったような気がして、私は思わずため息を吐く。
 おそらくこれは、承太郎くん達にそれぞれ慰めて貰わないと、涙が止まらないという事なのだろう。何とも厄介なものだ。ハンカチを引っ張り出して来て、悲しくもないのにぼろぼろと溢れて来る涙を拭いながら、私はのそのそと部屋を出た。

 さて、慰めて貰うと言っても、どうしたものか。止めどなく溢れて来る涙をハンカチで押さえながら廊下を歩いていると、丁度、前方の部屋からジョセフさんが出て来た。このタイミングを逃してはならないと思い、「……あの、ジョセフさん……」と声を掛ければ、此方に気が付いたジョセフさんがぎょっと目を見開き、ばたばたと駆け寄って来てくれる。

「ユメコ!?ど、どうしたんじゃ、何処か痛いのか!?誰かに何かされたか!?」
「ち、違うんです、これは、その、いつもの手紙のせいで……」

 おろおろとしながら顔を覗き込まれ、慌てて事情を説明すれば、涙の理由が分かったからか、ジョセフさんが少し安堵したような表情を浮かべた。大きな手が私の頬を包み込むように触れたかと思うと、濡れている目尻を優しく拭われる。

「それはまた厄介な話じゃのう。……どれ、わしが慰めてやろう」

 私につられるように僅かに眉を下げたジョセフさんは、ぽん、と私の頭に手を乗せた。そのままよしよしと宥めるように撫でられて、心地良さに目を細めると、その拍子にぽろぽろと涙が頬を伝って落ちる。
 私の前髪を掻き上げながら顔を覗き込んで来たジョセフさんは、私がまだ涙を流しているのを見て、「……可哀想に。なかなか止まらんのう」と困ったように続けた。悲しくもないし、泣きたくもないのに、涙は一向に止まらない。命令の所為とはいえ何だかジョセフさんに申し訳なくて、ぐす、と鼻を啜っていた時だ。

 何処かからドアの開く音が聞こえ、ジョセフさんと共に振り向けば、アヴドゥルさんが部屋から出て来たところだった。ぼろぼろ泣いている私と、それを宥めているジョセフさんを見て、アヴドゥルさんは目を丸くした後で、じとりとした視線を向けながら近付いて来る。

「………今度は何をしたんです?」
「ち、違うぞアヴドゥル!これには深い訳があってじゃな……!!」
「……ッ、……ぁ、アヴドゥル、さんッ……」
「……ああ、こっちへおいで、ユメコ。そんなに泣いて、一体どうしたんだ」

 どうにも誤解をされているようで、ジョセフさんが焦ったように声を上げた。事情を説明しようとしたのだけれど、ひくひくとしゃくり上げてしまって上手く喋る事が出来ない。アヴドゥルさんが手を差し出してくれたので掴むと、そのまま優しく引き寄せられた。
 背中に回された手にぽんぽんと優しく撫でられていると、何故だか余計に涙が出て来てしまう。ジョセフさんがかくかくしかじかと説明をしてくれる横で、「ぅ、……うう〜ッ……」と小さく唸れば、アヴドゥルさんは慰めるように頭を撫でてくれた。

「……可哀想に。命令の所為と分かっていても、胸が痛くなりますね」
「同感じゃ。わしらで泣き止ませてやれれば良かったんじゃがのう……」

 アヴドゥルさんの言葉に、ジョセフさんが頷きながら私の背中をよしよしとさすってくれる。ぐずぐずと泣きながら顔を上げれば、ジョセフさんがあやすように私の額に唇を寄せてくれた。優しく包み込むような安心感を与えてくれる二人に慰められて、普通なら涙なんてあっさり止まりそうなものなのに、命令が憎いったらない。
 とにかく、身体中の水分を出し尽くしてしまう前に命令をクリアしなければ。未だ心配そうにしている二人に改めてお礼を伝えて、私は再びハンカチで涙を押えつつ、他の皆を探しに歩き出した。

 誰か居ないものかときょろきょろしながら歩いていると、廊下の端に置いてある椅子の上に、イギーが丸くなって眠っているのを見付ける。起こしたら怒られると思うし、そもそもイギーが慰めてくれるかどうかも怪しいところだけれど、試さない訳にもいかない。とりあえず音を立てないようにそろそろと近付いて、私は椅子の前でしゃがみ込んだ。
 気配で気が付いたのか、ぴくりと耳を立てたイギーは、気だるそうに目を開けた。それからすぐ、まさか泣いているとは思わなかったのか、少し驚いたように目を丸くされる。ぐいと涙を拭いながら、「……起こしちゃってごめんね……」と声を掛けると、イギーが身体を起こした。

「………わふっ」
「………わ、……ッ?」

 鼻先を近付けられ、噛み付かれるのかと一瞬固まったのだけれど、イギーはぺろりと私の頬をひと舐めし、また椅子の上で丸くなる。もしかして、慰めてくれたのだろうか。何だか嬉しくなってしまって、「……ぅ、……あ、ありがとう〜ッ……」と感極まったように涙を流せば、イギーはふんと鼻を鳴らした。
 嬉しくて堪らず、撫で回したいところだけれど、流石にそれは怒られるだろう。お礼の意味を込めて一度だけ頭を撫でさせて貰い、ぐす、と鼻を鳴らしていると、背後から声を掛けられた。振り向いた先にはポルナレフさんが居て、私が泣いているのを見るや否や、ぎょっとした表情を浮かべて駆け寄って来てくれる。

「おいおい、一体どうしたってんだよ〜ッ!?」
「あ、……こ、これは、その……」
「あー、いや待て、とにかくこっち来な。ゆっくり話聞いてやるからよ」

 事情を説明するより先に、私はあれよあれよという間にポルナレフさんの部屋へと引っ張り込まれてしまった。おそらく、私が泣いているので人目に付かないようにしてくれたのだろう。ソファーに腰掛けたポルナレフさんは、掴んだままだった私の手を引いた。体勢を崩しそうになってポルナレフさんの肩に手を着くと、そのままひょいと抱き上げられてしまう。
 向かい合うようにしてポルナレフさんの膝の上に跨るように座らされたかと思うと、そのまま正面から抱き締められた。びく、と身体を震わせた私に構わず、ポルナレフさんは私の背中を、とん、とん、と宥めるように軽く叩く。

「ッ、ぽ、……ポルナレフ、さんッ……」
「よーしよし、大丈夫だぜ。俺が着いててやるからな」

 宥めるような優しい声が、じんわりと耳の奥へと染み込んで来るようだ。ぼろぼろ流れる涙を優しく拭われた後で、こめかみに唇を寄せられて、ちゅ、と軽くリップ音を立てられる。ぐず、と鼻を鳴らせば、よしよしとあやすように頭を撫でられた。
 距離の近さが気恥ずかしくはあるものの、何だかとても心地が良い。少しの間そのままポルナレフさんの腕の中でぼんやりとしていたのだけれど、はっと我に返り、私は慌てて経緯を説明する。ポルナレフさんはぱちりと目を瞬くと、「そういうのは早く言えよなァ〜ッ!」とやれやれとばかりに息を吐いた。

「泣き止んだらちゃんと目ェ冷やしとけよ。腫れちまうぞ」
「はい………」

 ポルナレフさんの言葉に頷いて返すと、良い子だとばかりに再び頭を撫でられる。ポルナレフさんが兄だったらこんな感じなのだろうか、なんて密かに思いつつ、私はお礼を告げて部屋を出た。残るは、花京院くんと承太郎くんだ。
 ひとまず二人の元へ行こうと廊下を歩いていると、前方に見知った背中を見付ける。タイミングが良いのか悪いのか、今日は良く遭遇するものだ。背中が遠ざかって行くのを見た私は、慌てて口を開き、「か、……花京院、くんッ……!」とひぐひぐしゃくり上げながら名前を呼ぶ。此方に振り返った花京院くんは、ジョセフさんやポルナレフさんと同様にぎょっと目を見開き、慌てたように駆けて来てくれた。

「ど、どうしたんだい、ユメコ!?」
「ッ、あの、……め、命令、で、……その………ッ」
「命令?……分かった、ゆっくり話してごらん」

 止まらない涙の所為で上手く話せない私に、花京院くんは背中をさすって先を促してくれる。何とか命令の意図を伝えたところで、花京院くんは「なるほどね……」と苦笑した。

「……慰めてあげれば良いんだね。さあ、おいでユメコ」

 花京院くんがにこやかに笑みを浮かべたまま腕を広げたので、私は少し迷ってから、おずおずと彼に近付く。腕の中へと収まって、正面から優しく抱き締められたかと思うと、片手で頭をよしよしと撫でられる。

「こんなに目を赤くして、可哀想に。命令の所為とはいえ、ずっと泣きっぱなしじゃあ疲れただろう」
「ぅ、……ごめんね、こんな、……めいわくかけて……」
「迷惑なんかじゃあないさ。ユメコは何も悪くないんだから、気にしなくて良いんだよ」

 情けなくぐずぐず泣いていると、頭を引き寄せられて、目の前の胸へと押し付けられる。制服に涙が付いてしまうと思い、慌てて離れようとしたのだけれど、「……こら、駄目だよ。ちゃんと僕に慰められて」と更に身体を引き寄せられてしまった。
 おずおずと顔を上げれば、背中を撫でていた手が私の頬に添えられる。赤くなっているらしい目元を労わるように、すり、と指先で優しく撫でられた。何となく居た堪れなくて視線を逸らせば、花京院くんが小さく笑う。

「……名残惜しいけど、最後は承太郎だったね。さっきロビーに居たから、涙を止めて貰っておいで」
「………ッ、うん、……ありがとう、花京院くん………」

 宥めるようによしよしと頭を撫でられた後で、漸く身体を離される。改めて花京院くんにお礼を伝えてから、私は最後の一人である承太郎くんに会うべく、ロビーへと向かった。
 花京院くんから聞いていた通り、承太郎くんの姿はロビーにあった。ソファーに腰掛けているのを見付け、恐る恐る近付いて行くと、気配に気が付いたらしい承太郎くんが顔を上げる。

「………ぁ、……あの、承太郎くん……」
「………おい、何泣いてんだ」

 私の涙に気が付いたらしい承太郎くんはすぐに立ち上がると、かつかつと靴音を響かせながら足早に此方へと近付いて来た。その雰囲気に何処となく怒気を孕んでいるような気がして、私は思わず一歩後退りをしてしまう。
 しかし、逃げる間もなく伸びて来た腕に手首を掴まれて、そのままぐいと引き寄せられてしまった。あわあわとしている間にも片腕が背中に回って身体を抱き込まれ、手首を掴んでいた手が、今度は私の顎を捕らえる。エメラルドグリーンの瞳に見下ろされて、思わず動きが止まった。

「誰にやられた。優しく聞いている内に言いな」
「………ち、……ちがうの、これはッ………」

 いつになく距離が近い上に、何だか妙に圧があって恐ろしい。緊張に比例するように、ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝って、私は慌てて涙を拭う。ごしごしと乱雑に拭っていれば、承太郎くんは更に眉間に皺を寄せ、私の手首を掴んで止めさせた。
 涙を拭ったり顔を隠したりする事も許されず、ゆるゆると俯くも、承太郎くんは答えを急かすように私の顔を覗き込んで来る。ぐぬ、と引き結んでいた唇を何とか開いて、私は恐る恐る声を上げた。

「め、命令、でッ、……な、なぐさめて、ほしくて………」
「………何?」

 訝しげに聞き返して来た承太郎くんに、しどろもどろになりながらも事情を説明する。漸く状況を理解してくれた承太郎くんは、「……やれやれだぜ。また面倒な命令をされたもんだな」と息を吐いた。全くもってその通りだ、と密かに頷いていると、承太郎くんは私の手を引いて、ソファーへと座り直す。
 先程までの何処かぴりついた雰囲気はすっかり何処かへ行っていて、私もこっそりと安堵の息を漏らした。それからすぐ、私は承太郎くんの膝の上に乗せられて、横抱きするように抱えられる。ちら、と視線を上げれば、大きな手が伸びて来て、濡れている頬を指先で優しく拭われた。

 いつもはどんな敵でも倒してしまう強くて頼もしい手が、今はまるで壊れ物でも扱うかのように、優しく私に触れている。それが何だかやけに擽ったくて、思わず目を伏せれば、承太郎くんが私の名前を呼んだ。

「………そろそろ泣き止んでくれ。お前が泣いている姿は心臓に悪いんでな」

 頬の輪郭をなぞるように、すり、と指の背で肌を撫でられて、どきりと心臓が跳ねる。ゆるゆると俯いたのとほぼ同時、ぽん、と頭に大きな手が乗った。そのまま髪を梳かすようにゆったりとした手付きで頭を撫でられる。
 暫くじっとしていると、俯いているのにぽたぽたと水滴が垂れて来ない事に気が付いた。目元に触れてみれば、涙が止まっている。「あ……!」と思わず声を漏らせば、承太郎くんもそれに気が付いたらしい。

「漸く止まったか。……体調はどうだ。おかしなところはねーか」
「ぇ、あ、……ちょ、ちょっと、頭がいたい、かな………」
「泣き過ぎた所為だろうな。……水持って来てやる。ちょっと待ってろ」

 承太郎くんはそう言うと、私の身体をソファーへと移した。それから私の頭を一撫でして、お水を取りに行ってくれた。何と言うか、いつになく甲斐甲斐しくお世話してくれている気がする。
 抱えられていた時に伝わって来ていた承太郎くんの体温が未だ残っているような気がして、心臓が煩い。承太郎くんが帰って来るまでには平静を装わなければ、と自分に言い聞かせながら、私はすっかり重たくなった瞼を閉じ、両手で顔を覆って息を吐いたのだった。


←back