×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

クルセイダース


 いつの間にか床に落ちていた黒い手紙に気が付かず踏んづけて滑り、朝から盛大にこけた。強かに打ち付けたお尻をさすりながら、滲んだ視界で便箋に目を通す。そして予想の斜め上を行く命令に、私は思わず便箋を何度も読み返した。
 【六原ユメコは今日の23時59分までに空条承太郎一行に『奪っちゃった』を実行すること】。便箋を手に固まっていた私だったが、ご丁寧にもう一枚の便箋に『奪っちゃった』の説明がされているのを見付けてしまった。

 どうもパペットで相手の唇を奪う事らしい。これは見る分にはとても微笑ましいが、実際にやるとなると相当恥ずかしいと見た。自分が命令を実行する姿を想像して思わず頭を抱えていると、頭上から可愛らしいパンダのパペットが降って来る。
 パペットが無いから出来ないという反論をさせない為、ご丁寧に用意までしてくれたと言う訳か。なんというありがた迷惑な話だろう。――しかし、ここまで来たらやるしかないか。パペットを手にはめ、私は深い溜息をついた。


***


 特に順番は指定されていないが、何だかそれも少し困る。パペットを手にホテルの中をうろうろしていると、ロビーの端にアヴドゥルさんとジョセフさんの姿を見つけた。二人でいる場合は全く予想していなかったので、思わず逃げ出したい衝動に駆られるが、グッと堪える。
 ――そう、逆に考えるんだ…二人いても良いさと…!一度で二人クリア出来るじゃあないかとポジティブに考えるんだ私…!震える足を叱咤して二人に近付くと、私に気が付いたらしいジョセフさんが声をかけてくれた。

「おお、ユメコ。…その手に持っているものはなんじゃ?」
「パンダ…かな?そんな緊張して一体どうしたんだ」

 手にはめたパペットを撫でながら、私は命令の事を二人に話す。きょとんとしていた二人だったが、顔を見合わせると小さく笑い出した。「そんなに緊張する事でもないだろうに」なんて言われてしまった訳だが、私はそんなに顔に出てしまうのだろうか。
 あわあわとしていると、不意にジョセフさんが此方を向いて腰を屈めた。ぽかーんとする私だったが、ジョセフさんよりもうんと身長が低い私がやり易いように配慮してくれたのだと気が付いて、私は慌ててパペットを動かす。

 パペットの口元をジョセフさんの口元に軽く押し付け、命令に書かれていた通りに「う、奪っちゃった…!」と呟く。その瞬間、パペットがポンッと音を立てて消えた。――かと思いきや、頭上から再びパペットが降って来る。
 どうやら一人につき一個用意されているらしい。成る程、図らずも間接キスになるもんね…。赤いであろう顔を隠すように、俯いてもう一度パペットを手にはめた。

「いやァ、可愛いのう!ほら、アヴドゥル」
「え、あ、はあ…」
「…し、失礼します。う…『奪っちゃった』ッ…!!」

 何やらでれでれとしているジョセフさんに背中を叩かれて困惑した様子のアヴドゥルさんだったが、同じように屈んでくれたのでパペットは簡単に届いた。先程と同様に音を立ててパペットが消え、残ったのは気まずい空気である。
 因みにジョセフさんは変わらずへらへらとしているし、アヴドゥルさんはきょとんとしている。こんなのがあと四回もあるなんて…もう…死にたい…。俯いて顔を覆っていると、ジョセフさんがご機嫌な様子で私の肩を叩いた。

「なんなら定期的にやってくれても構わないんじゃがな!」
「も、もう絶対やりませんッ!!」
「ジョースターさん…」
「じょ、冗談じゃよ。アヴドゥル、そんな目で見るんじゃあない!」
「…ユメコ、協力する事しか出来なくてすまないな。頑張るんだぞ」
「は、はいッ…!」

 ジョセフさんに代わってアヴドゥルさんが優しく慰めてくれたので、とりあえず頑張って続ける事にしようと思う。私はまた新しく降ってきたパペットを手にはめ、その場を後にした。もういっそ部屋に突撃した方が早いかもしれない。
 ――という事で、次は誰にしようかと考えながら歩いていると、向こう側から花京院くんがやって来た。ナイスタイミング!呼び止めて事情を説明すると、花京院くんは照れたように頬をかく。

「はは…。ちょっと恥ずかしいけど、勿論協力するよ」
「あ、ありがとう…!」
「良いんだよ。少し屈もうか?」
「お願いします…」

 どうして皆こう背が高いのだろうか。花京院くんが小さく笑って屈んでくれて、私はパペットを花京院くんの口元に押し付ける。「奪っちゃった…!」とお決まりの台詞を口にすると、パペットが消えた。
 スッと立ち上がった花京院くんの頬が少し赤かったものだから、私もつられて赤くなる。やっぱり恥ずかしいねこれ、なんて誤魔化すように笑っていると、花京院くんが「僕が最初って訳じゃあなさそうだね」と不意に溢した。

「う、うん、さっきジョセフさんとアヴドゥルさんに会ったから、花京院くんは三番目なんだけど…」
「…こういう時は僕を一番にして欲しいんだけどなあ」
「へ?」
「…ううん、何でもないよ。ポルナレフも承太郎も部屋にいるだろうから、頑張ってね、ユメコ」

 花京院くんが何か呟いたように聞こえたが、何だったのだろう。しかしあまり聞いて欲しくはなさそうだったので、花京院くんとは別れて一番近いポルナレフさんの部屋へと向かった。


***


「いたたたたッ!!痛い痛い!ご、ごめん、ごめんってばー!!」
「ガルルルッ!!」

 ポルナレフさんの部屋に行ったら丁度イギーがお昼寝中だったので『奪っちゃった』をやったのは良いが、イギーの機嫌を損ねてしまったらしい。なるべく起こさないようにと思ったんだけど、やっぱり駄目だったか…!
 頭をがじがじと齧られて悲鳴を上げていると、ポルナレフさんが「何じゃれてんだお前ら」と呆れた表情でイギーを退けてくれた。ソファーに腰掛けながら簡単に事情を説明して、新しく降って来たパペットを手に嵌める。

 ポルナレフさんは何やらニヤニヤと笑みを浮かべ、私の方へずいっと近寄って来た。ソファーに座っているせいでろくに逃げ場がなく、気が付けばポルナレフさんが私に覆い被さるようになっていて、思わず顔が熱くなる。

「ぽ、ポルナレフさん、ち、近いです…ッ」
「近い方がやり易いと思ってよォ。ほら、早くやってみな」
「…ッ、う、『奪っちゃった』…!」

 お互いの顔を隔てるようにして、ぐいっとポルナレフさんの顔にパペットを押し付ける。ポンッと音を立ててパペットが消え、再びポルナレフさんとの距離が近付いた。ひい、近いってばああ…!ポルナレフさんはニッと笑みを深めると、私の顎に手をかける。
 なに!?何で!!?パニックに陥る私の事など構わず、ポルナレフさんはソファーの背もたれに突っ張っている腕を僅かに折り、ぐっと距離を縮めて来た。もう吐息がかかるほどの距離だ。固まってしまった私を見て小さく笑い、ポルナレフさんは私の唇を親指でなぞりながら静かに口を開いた。

「俺は、パペットよりこっちの方が嬉しいんだけどな」
「――ッ!?う…ッ、」
「…『う』?」
「うわあああん誰か助けてええええ!!」
「はっ!!?おいちょっと待て!このホテル壁が薄いから隣に…ッ」

 ポルナレフさんが慌てて手で私の口を塞いだが、もう遅い。ドアが壊されんばかりに勢い良く開き、入ってきたのは我らが承太郎くんだった。ソファーで私に覆い被さるようにしているポルナレフさんと、口を押さえられて半泣きの私――こんな状況を見れば誰だって誤解する。承太郎くんは静かにスタープラチナを発現させ、「お前は俺の部屋に行ってろ」と低い声で唸った。自分で呼んでおいて何だが、こ、怖い。
 凍りついたポルナレフさんの下から抜け出し、部屋を出て直ぐ、悲鳴が聞こえた。何が起こったかは想像しないでおこう…。やたらすっきりした表情を浮かべて戻って来た承太郎くんを見て、そう思った。

「あ、あの、ありがとう… 助かりました…」
「ああ。…本当に何もされてねーだろうな」
「さ、されてないされてないッ!」

 ちょっとからかわれたぐらいだと話せば、承太郎くんは「そうか」と返してソファーに腰掛けた。此処で本題に入る。最後のパペットを手に嵌めつつ、本日四回目の説明。協力してくれるかと尋ねれば、小さく頷いてくれた。
 ソファーに座る承太郎くんの前に屈みこみ、一度深呼吸をする。これで最後、これで最後…。自分に言い聞かせ、おずおずと腕を伸ばした。

「ええと、う…、『奪っちゃった』…ッ」

 口元にパペットを軽く押し付ければ、ポケットに捻じ込んでいた手紙もパペットと共に消えた。漸く終わった。長い道のりだったと思いながら息を吐き、承太郎くんにお礼を述べようとした時だ。
 顔を上げるといつの間にか至近距離に承太郎くんの顔があり、あまりの近さに驚いて後ずさる。だけど承太郎くんが身を乗り出す方が早くて、距離がぐっと縮まった。唇の端を、柔らかい何かが掠める。

 目を丸くした頃にはもう承太郎くんは体を戻していて、私は呆然とする。待って、いま、今のは…ッ!?見事に固まった私に、承太郎くんはニヤリと口端を吊り上げた。

「『奪う』ってのはこうやってやるんだぜ、ユメコ」

 承太郎くんが挑発するように目を細める。どうにも居た堪れなくなって弾かれたように駆け出した私が、それから数日はまともに承太郎くんと顔を合わせる事が出来なかったのは言うまでもない。


▼ 【空条承太郎一行に『奪っちゃった』をすること】 クリア!

「あ、花京院くん――と、じょッ、承太郎くん…!あー、よ、用事思い出しちゃった!!」「ちょ、ユメコ!?…承太郎、一体何をしたんだい、君」「さあな」

←back