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承太郎


 散歩から部屋に帰ってきてみると、テーブルの上には白い手紙が置いてあった。早く開けろとばかりに主張している手紙に思わず苦い顔をしながら、私はゆっくりと封を開ける。取り出した便箋に書かれていた命令を見て、暫く開いた口が塞がらなかった。
 【六原ユメコは今日の23時59分までに吸血鬼化した空条承太郎に吸血されること】――これは、一体。いや、書いてある事は分かる。分かるのだが、理解したくないというか何というか…。しかし白い手紙だから書いてある事は当事者に作用する訳で、という事は承太郎くんは今頃…?

 手紙を握り締めたまま、私は慌てて承太郎くんの部屋に向かった。部屋のドアをノックして数秒、ゆっくりとドアが開いて中から承太郎くんが顔を覗かせる。しかし尋ねてきたのが私だと分かると、承太郎くんは眉間に皺を寄せてドアを閉めようとした。

「ちょ、ちょっと待って承太郎くん…!話が…!」
「…今は駄目だ。後にしろ」
「だ、だめ、今じゃないとッ!」

 ドアの間に体を捻じ込み、半ば強引に部屋の中に押し入った。そこで漸く承太郎くんの異変に気が付いた。顔色は青白く、心臓の辺りを押さえて、僅かに開いた口から苦しそうに息を吐いている。…具合が悪いのだろうか。「良いから帰れ」と頑なに私を遠ざけようとする承太郎くんに駆け寄り、戸惑いながら声をかけていた――その時だった。突然腕を掴まれ、部屋の奥へ引っ張られる。
 痛いほど篭った力に思わず表情を歪めていると、ぐんっと引っ張られてベッドに投げ出された。ベッドなので痛くは無かったが、あまりの勢いに呆然としてしまう。承太郎くんは苦しそうに眉間に皺を寄せたままベッドに歩み寄り、固まっている私を追い詰めるように体の両脇に手をついた。上からじいっと見つめられ、私は困惑しながら承太郎くんの名前を呼んだ。

「じょ、承太郎、くん…?」
「…だから来るなと言ったんだ」
「…、え、」
「…喉が渇いて堪らねえんだよ」
「ど…どういうッ…」

 うろ、と視線をさ迷わせたところで私は承太郎くんの口から覗く鋭い牙の存在に漸く気が付いた。これはやはり手紙の効力だ。やはり承太郎くんは吸血鬼化してしまっているらしい。いつもよりも暗く感じる瞳が細められ、私はハッとした。
 慌てて逃げ出そうとするより早く、手首を取られる。両手首をシーツに縫い付けるように頭上で一纏めに押さえ付けられ、空いた手が器用に私の服のボタンを開けていく。鎖骨辺りまで大きくはだけたところで、承太郎くんはそこに顔を寄せて肌をぺろりと舐め上げた。

「ッひ!?じょ、承太郎くんッ…!」
「……悪い、ユメコ」
「ま、待って、承太郎くんッ、」
「待てねえ。お前の血が欲しい…」

 必死に声をかけるが承太郎くんはもう余裕がないようで、帽子を外しながら掠れた声で私の名前を呼んだ。顎を掴まれ、僅かに横を向かされる。首筋に承太郎くんの鼻先が触れ、びくりと体が跳ねた。――もう逃げられない。そう思った私は、観念するように目をぎゅうっと閉じた。
 首筋に生暖かい吐息がかかり、背筋が粟立つ。ちゅっとリップ音を響かせて肌を吸われ、堪らず唇を噛んだ。ヤバイ。何がって、全部ヤバイ。遂に首筋に牙が触れ、ちくりとした感触が伝わってきた。鋭い牙が肌を突き、中へ食い込んで来る。

 痛みに反射的に息を詰めていると、顎を掴んでいる承太郎くんの指が私の唇を撫で、少しだけ中に押し入って来る。息をしろ、まるでそう言われているようだ。私は指を迎え入れるように薄く口を開いて、細く息を吐き出し、そのまま何度か呼吸を繰り返す。
 じんじんと痛む傷口に涙が浮かんできた頃、牙が抜かれたような感覚がした。傷口に滲む血を舐め取り、今度は牙を立てずに首筋に噛み付かれる。水を啜るような音が響き、私の背筋に電流が走ったような感覚がした。

「ひ…ッ、う、んん…!!」

 今までに感じた事のない、異様な感覚が私の体を襲う。痛いわけでも苦しいわけでもなくて、甘い痺れが体中を駆け巡っている。何とも形容し難い感覚だ。震える息を吐く度に、ぞく、ぞく、と背筋が痺れて、体に力が入らなくなる。
 直ぐ耳元で聞こえる水音がダイレクトに鼓膜を揺らし、脳までびりびりと痺れているようで、時折掠める吐息が酷くくすぐったい。この感覚はおそらく一生掛かっても好きになれないだろう。…いや、もう二度と体験したくないけれど。

 生理的に零れた涙が頬を伝い、承太郎くんの手を濡らしていく。いつまで続くのか分からないから余計に怖い。腕は頭上で未だ拘束されたままなので、唯一自由が利く足を必死にばたつかせ、承太郎くんの名前を呼んだ。

「じょうたろ、くん、もう、やだ、お願い…ッ!は、…ぁ、承太郎くんッ…!」
「………ッ」

 何度も承太郎くんの名前を呼んでいると、承太郎くんはハッとしたように顔を上げる。口の端には血がついていて、承太郎くんは苦々しい表情でそれを拭った。承太郎くんは私の体の上から退き、涙を溢しながら肩で息をしている私を見て、バツの悪そうな表情を浮かべた。
 しかし、これは勿論承太郎くんが悪いのではない。承太郎くんを吸血鬼にしたのはあの手紙だし、寧ろ彼は被害者なのだ。「ごめん、ね…」と小さく謝ると、承太郎くんは一瞬目を丸くし、私の体を起こしてぎゅうっと抱き締めた。

「…謝るのはこっちの方だぜ。痛かったろう」
「ううん、大丈夫だよ…。――ただ、ちょっと、その…」
「…なんだ」

 軽い貧血を起こしているようで、先程から視界がぐるぐる回っている。すごく、気持ち悪いです…。しかも情けない事に体に力が入らない。それらを伝え、ついでに「少しこのままでいて貰えると嬉しいです…」と弱弱しい声で付け加えると、承太郎くんは無言でゆっくり私の背中をさすってくれた。
 承太郎くんの肩口にぐったりと顔を埋めていると、不意に首筋の傷に指が這った。思わずびくりと体を揺らせば、寧ろ承太郎くんの方が驚いたようだ。まさかまだ飲み足りないとかそんな事ないよね…!?慌てて室内に視線を巡らせると既に手紙は消えていて、私はほっと息をついた。

「ど、どうしたの…?」
「…いや、血がな…甘かった」
「……え、と、血って甘いの…?」
「比べる対象がねえから何とも言えねえな。…とにかくお前の血は甘くて美味かった」

 …ここは喜ぶところなのだろうか。反応に困ったのでとりあえず曖昧に笑って誤魔化しておく事にする。暫く承太郎くんの腕の中で大人しくしていると、疲労もあってか睡魔が襲ってきた。欠伸を噛み殺しているのに気がついたらしい承太郎くんは私の頭を撫で、「寝て構わないぜ」と静かに囁いてくれる。余裕もないので、今回は甘えさせて貰おう。
 こくこくと頷き、私は承太郎くんの学ランに潜り込むようにして体を捩った。良い場所にすっぽりと収まって何だか安心しきってしまった私は、そのままゆっくりと意識を手放したのだった。


▼【吸血鬼化した空条承太郎に吸血される】 クリア!

「…寝たか。……泣き顔にそそられて、危うく止まらなくなるところだったとは言えねーな…」

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