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ジョナサン


 どすんと背中に衝撃が走り、思わず転びそうになったのをどうにか堪えて振り返る。愛らしい丸い瞳で私を見上げるのは、犬のダニーくんだ。「どうしたの?」と尋ねながらしゃがみ込めば、ダニーくんが見覚えのある黒い封筒をくわえているのを見つけた。ほほう、可愛らしい郵便屋さんだ。
 お礼を言ってから手紙を離して貰い、封を切る。中の便箋に書いてあった命令に、私の中の時間がピタリと止まったのが分かった。そんな…そんな馬鹿な…!便箋を握ったまま動かない私に、足元のダニーくんが不安そうに小さく鳴いた。

「ううう…こんなのってないよ…!」
「何がないんだい?」
「ひいッ!!?」

 すぐ後ろから聞こえてきた声に、思わず悲鳴と共に飛び上がってしまった。こんなに驚くと思っていなかったらしく、「ごめんね」とすまなさそうに謝ってきたのはジョナサンさんだ。寧ろこちらが申し訳ない。慌てて取り繕っていると、ジョナサンさんが私の手に握られている便箋に気が付いた。
 今回の命令はジョナサンさんに協力して貰う必要があったので、私は素直に話す事にした。命令は【六原ユメコは今日の23時59分までにジョナサン・ジョースターと幽霊屋敷に入ること】だった。

「幽霊屋敷っていうと…」
「…多分、あそこだと思います…」

 幽霊屋敷とはおそらくこの付近でも有名な、いわくつきのとある屋敷の事だろう。本当か嘘かは知らないがまつわる噂はおどろおどろしいものばかりで、屋敷自体もそれを助長するかのように不気味な雰囲気を醸し出している。まず入りたがる人間は居ない。
 元々私はホラーの類が総じて苦手であり、ジョナサンさんがいるとはいえ、そんな場所に入るだなんて今から気を失いそうだ。しかも運が悪い事にもう日も暮れ始めている。この狙ったかのようなタイミングは恨めしい限りである。

 とはいえ、命令は命令。そして横にいるジョナサンさんは何故か「楽しそうだねえ」なんてのほほんとしているし――なんというか、この人はお化け屋敷の趣旨を理解していないのではなかろうか。ピクニックか何かと勘違いしているような気がする。とにもかくにも、私達は幽霊屋敷に向けて出発したのだった。


***


 幽霊屋敷に辿り着く頃には、もうとっぷりと夜も更けていた。ジーザス!!雰囲気たっぷりの古ぼけた扉をくぐると、ひんやりとした空気に思わす肌が粟立った。辺りは真っ暗で、ジョナサンさんの持つ、蝋燭の頼りない火だけが辺りを辛うじて照らしている。これがまた怖い。死ぬ。ほんとに。

「…ユメコ?さっきから黙ったままだけど大丈夫かい?」
「あ、あまり大丈夫では、ない、です、ね…」

 思い切り声が震えている私に、ジョナサンさんが小さく笑った。「怖いなら手でも繋ごうか」なんて言われたけれど、それはまた別問題というかなんというか、お言葉には甘えたいが恥じらいもあるというか。ああいややっぱり駄目だ、今私手汗が尋常じゃあないから。
 うーうーと唸りながら終わりの見えない廊下を歩いていると、突然背後でガタンッと大きな物音がした。私は堪らず悲鳴をあげ、耳を塞いでその場に立ち竦んでしまう。ああああもう無理ィ!!ジョナサンさんが私に目線を合わせるように屈み、こつんと額を合わせながら頭をゆっくりと撫でてくれた。

「僕がついてるから大丈夫だよ、ユメコ。何があっても僕が守ってあげるからね」
「う…ううーッ……」
「さあ、僕の手を掴んで。手を繋いでいればきっと怖くないよ」

 こくこくと頷くと、ジョナサンさんはふわりと笑って「うん、いい子だ」と再び私の頭を撫でた。思いっきり子供の扱いをされているようだが、それで落ち着く私も私である。差し出されたジョナサンさんの手にゆっくり自分の手を重ねると、その大きな手にまるで包み込むように握られた。
 手汗的な意味でやっぱり申し訳ないけれど、先程とは安心感がまるで違う。ちゃんと横にいるのだと確認できるだけでこんなに心持ちが変わるとは驚きだ。まあジョナサンさん自身に抜群の安心感があるというのも大きいのだろうが。

 手紙が消える様子が全くないので、仕方なくまだ進んでいく事になった。今度は二階へと上がる。上るごとに階段が軋み、その音が静かな屋敷内に響き渡って一層恐怖心を煽る。思わず手に力が篭ると、気付いたジョナサンさんがぎゅっと握り返しながら「大丈夫だよ」と優しく声をかけてくれた。
 これといった目的地もなく、終わりが見えないという恐怖感が湧き上がってくる。もうなんというか吐きそう。色々通り越して吐きそう。そんな極限状態まで追い込まれた頃だった。

 先程上ってきた階段の方から、足音が聞こえて来る。ギシギシと不気味に軋む音は紛れもなくあの階段の音だ。そう理解した瞬間、私の足はまるで張り付いたようにピクリとも動かなくなった。

「何だか分からないけど、とりあえず隠れようユメコ。――ユメコ?」
「う、動けないんです…!あし、足が、竦んで…ッ」

 そうこうしている間にも、足音は段々と大きくなって来ている。近付いて来ているのだ。慌てる私に、ジョナサンさんが「ちょっとごめんね」と言って視界から消える。瞬きを一つした時にはもうジョナサンさんに横抱きにされていて、近くの部屋に逃げ込んだところだった。
 扉を閉め、ジョナサンさんが私を抱いたまま部屋の角にしゃがみ込む。そのせいで距離はあり得ないほど近いが、恥ずかしさを感じる余裕もない。そしてこのタイミングで漸く手紙が消えた音がした。消えたのは嬉しいが、このタイミングで音を出したら聞こえてしまうじゃあないか!!!

 予想通り此方に近付いて来た足音に、思わず息が詰まる。涙まで出てきた。最早ガチ泣きである。口元に手を当てて必死に嗚咽を抑えていると、ジョナサンさんが震えの止まらない私の体をぎゅうっと抱き締めてくれた。背中をトントンと叩かれ、少し落ち着きを取り戻す。

「…良いかい、僕にしがみついているんだよ。怖かったら目を瞑っていて構わないからね」

 返事の代わりに、大きく頷く。やがて大きくなった足音がピタリと止まり、扉に触れたような音がした。やはり此処にいると特定されている。錆び付いた嫌な音を立てながら扉がゆっくりと開かれていき、反射的に目を瞑ったのとほぼ同時にジョナサンさんの体に力が篭る。そしてジョナサンさんが勢い良く駆け出して――突然動きを止めた。…と、止めた?
 「ど、どうして…」と動揺したような声が降って来て、私は恐る恐る目を開く。開かれた扉の先、同じように蝋燭に照らされていたのは――ディオさんだった。

「どうしてだと?それはこっちの台詞だな。こんな夜更けに何をしているんだ」
「それはその…」

 ディオさんは、遅い時間にも関わらず私達がこっそりと出かけて行く様子を見かけて不審に思い、後を着けて来たのだという。それならそうと早く言ってくれれば…いや、まあ言うタイミングなんて無かったけど!!
 しかし無駄に怖がらせられたのは事実である。生きた心地がしないとはああいう事を言うのだろう。ああもう…安心したらまた涙が出て来た…。ジョナサンさんの腕の中でぐすぐすと鼻を鳴らしていると、私が泣いていると気が付いたらしいディオさんが、ぎょっとした様子で慌てて近寄って来た。

「お、おい、何で泣いているんだお前は」
「いや、君のせいじゃあないか…」
「何で僕のせいになるんだ!!」
「よしよし、もう大丈夫だからねユメコ。ディオには僕が後で言っておくから」
「おいッ!!」

 横抱きにされたまま背中をトントンと叩かれて宥められる様子はまるで赤ん坊のようだけど、今それに対してツッコミを入れられるような冷静な人間はこの場にはいなかった。命令は無事にクリア出来たけれど、思い返せば恥ずかしい事ばかりで違う意味で涙が出そうだ。やはり私を子供のように扱うジョナサンさんと、プリプリ怒るディオさんに挟まれながら、私はジョースター家の屋敷まで戻るのだった。


▼ 【ジョナサン・ジョースターと幽霊屋敷に入る】 クリア!

「くそッ…覚えていろユメコ!」「な、何で私なんですかッ!!」「あ、ユメコを苛めたら怒るからねディオ」「!!」

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