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形兆&億泰


大通りを駆けていく元気いっぱいな子供達を横目に、私はとある家へ向かっていた。手にはお気に入りのお店で新発売されたばかりのスイーツ。いつもならテンションも上がるところだが、残念ながら今回はそうもならない。
このスイーツが自分で食べるものでないという事も少なからずあるが、それよりも、今とある家を訪れる理由が、他でもない王様の命令をクリアする為という事だからである。鞄の中に入れている黒い封筒を思い浮かべ、私は大きくため息をついた。

そうこうしている間に目的地へ辿り着き、私は一呼吸置いてから目の前のドアに手を伸ばす。力を籠めて二、三回ノックすれば、中からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきて、やがてドアが開いた。

「ユメコじゃねーか!珍しいなァ〜!」
「こ、こんにちは、億泰くん」
「…何だ、お前か」
「形兆さんもこんにちは」

珍しそうな表情を浮かべる億泰くんの後ろで、形兆さんは興味なさげに家の中へと戻って行った。二人とも揃っていてくれて良かったと密かに息をつきながら、億泰くんの後について家の中へ入れてもらった。
億泰くんに手土産のスイーツを渡せば、満面の笑みを浮かべてとても喜んでくれたので、こちらもつられて笑顔が零れる。なんというか、可愛いなあ。二人してへらへらと笑っていると、背後から「おい」と声をかけられ、思わずびくっと肩を揺らしてしまった。

「わざわざご丁寧に手土産まで持ってくるって事は、何かあるんだろう。億泰ならまだしも、俺は面倒事はご免だぜ」
「ウッ…」
「なんかあんのか?」

形兆さんの鋭すぎる指摘に、つい呻き声が漏れる。億泰くんはきょとんとした様子で私を見つめているが、形兆さんは早くも不機嫌オーラ全開である。なぜ。いよいよ言い出しにくくなってしまって、「いや…そのッ…」とごにょごにょ言葉を濁していると、視界の端で私の鞄が不自然に動いている事に気が付いた。
思わずぎょっとしたのとほぼ同時、鞄の中から黒い手紙が飛び出す。よくよく見れば形兆さんのスタンドである『バッドカンパニー』のグリーンベレーが、あの手紙を背負っていた。そしてそれは当然形兆さんの元まで運ばれて行き――ってあああ!!やめてえええ!!!

「け、形兆さんそれはああ…!!」
「うるせえ。…何だこの手紙は」
「お、おいユメコ、あの手紙ってよォ…」
「ウッ…。お、王様の…命令の手紙…です…」
「王様だァ?」

形兆さんにギロリと睨まれてつい悲鳴があがる。反射的に億泰くんの背中に隠れると、億泰くんは見かねたように、「兄貴、そんなに凄まないでやれよォ」と言ってくれた。――が、形兆さんはフンと鼻を鳴らし、便箋に目を通し始める。
今回の命令は【六原ユメコは今日の23時59分までに虹村億泰に抱きつくこと】。――そしてもう一つ、【六原ユメコは今日の23時59分までに虹村形兆に背負ってもらうこと】。
そう、二つあるのだ。だからこそ、私は先程家に二人とも居た事に安心したのである。…まあ、協力してもらえるかは分からないけど。

王様について知らない形兆さんに簡単に経緯を説明し終えたところで、こっそりと彼を盗み見る。やはり表情は不機嫌そうだ。どうしたものかとおろおろしていると、億泰くんが不意に私の肩を叩いた。

「あー、俺は協力してやるぜェ。兄貴もおんぶくらいならいいよな?なァ?」
「…チッ。オイ、終わったらさっさと帰れよ」
「は…はいッ!ありがとうございます…!」

億泰くんのナイスアシストで何とか協力はして貰えそうだ。思わず涙目で億泰くんを見上げれば、何やら照れたように頭を撫でられた。協力して貰える事になったのはとても良かった――が、しかしそれはあくまで第一の問題をクリアしただけであって、本当の問題はここからと言える。まず億泰くんとの命令をクリアする事になった訳で、まあ当たり前なのだが私は彼に抱きつかなくてはならない。
それが私にとってどれだけの試練であるか…お分かり頂けるだろうかッ…!!ふざけ合っている中での「抱きついちゃえ!」だったらまだしも――いや、私の場合はそれもままならないかもしれないが――こう向き合って改まった状態からとなると、ハードルはぐんっと急上昇する。私は言わずもがな緊張していて涙目だし、目の前の億泰くんも何やらそわそわしているし、形兆さんはそんな私達をジト目で眺めていた。

「お、おい、大丈夫かよユメコ…?なんかプルプルしてっけど…」
「だ、だい、だいじょうぶ…でもごめん、も、もうちょっと待ってッ…!」
「まあ、俺はいつでも良いんだけどよォ〜…」

言い淀みながら、億泰くんが形兆さんにちらりと視線を遣った。彼の言いたい事は私もよォ〜く分かっている。形兆さんから発せられる「さっさとしろ」オーラが恐ろしいのだ。部屋の中の空気がピリピリとしているように感じるのも、おそらく気のせいではないのだろう。お父さんの虹村さんが部屋の隅でおろおろしているもの。ごめんなさい虹村さん…!
そろりと一歩踏み出し、恐る恐る億泰くんの方に手を伸ばす。ええい、ここまで来たら勢いだ!!ぎゅっと目を瞑り、億泰くんの胸に飛び込む。鼻を強打して「んぶっ」なんて声が出たが気にしていられない。大きな背中に手を回して抱きつくが、一向に手紙の消える音がしない。

「ユメコ…」
「ごめ、も、もうちょっとだと、思う、から…ッ」

上擦った声で返して、数秒後。ポンッという軽い破裂音がしたと同時、反射的に私の体からふっと力が抜ける。億泰くんが「おおッ!?」と慌てて抱きとめてくれたので倒れはしなかったが、体が上手く動かない。
どうも腰が抜けたらしく、あまりの自分のヘタレっぷりに泣きそうだ。億泰くんに掴まったまま、へなへなと座り込んでうな垂れていると、不意に私の上に影がかかる。顔を上げてみれば、形兆さんに見下ろされていた。

ひいッ!怖い!!思わず謝罪の言葉が出掛かった時、形兆さんはため息を一つついた。それから此方に背中を向けると、その場にしゃがんだ。ぽかーんとしてしまった私に、「おい」と声が掛けられる。

「さっさとしろ。いつまで俺を待たせる気なんだテメェは」
「へッ、あ、はいッ…!」

億泰くんに支えて貰いながら、ゆっくりと形兆さんの背中に被さる。おずおずと肩の上に手を乗せると、「落とされてェのか」と脅されてしまったので、慌てて腕を首に回す。安定感はあるが、その分距離が近付いてしまった。心臓の音が聞こえてしまっているような気がして、何とも居た堪れない。
形兆さんが私の膝の裏に手を差し込んで持ち上げ、ゆっくりと視線が高くなる。立ち上がったせいで揺れた体に驚いて、思わず首に回した腕に力を籠めてしまったけれど、形兆さんは特に何も言わなかった。

背負われて辺りを見回してみると、私がいつも見ている世界よりも随分と高いような気がする。なんだか新鮮な気分だ。ぼんやりと考えていると、手紙が消えた音が聞こえてハッとした。これで命令は二つともクリア出来た訳である。
ああ、何だか感慨深い…。形兆さんに「ありがとうございました」とお礼を述べようと私が口を開いたのとほぼ同時、億泰くんが声をあげた。

「なあ兄貴、そのままユメコ送ってやってくれよォ」
「あ?」
「エッ?ええええいやいやいや何を言ってッ…!?」
「だって腰抜けたんだろ〜?歩いて帰れねえじゃんかよォ〜」
「や、で、でもそんな、これ以上迷惑かけられないからッ…!時間経てば治ると思うし…!!」
「…ユメコ、時間見たか?」

言われるままに時計を見れば予想していたよりも遥かに時間が経っていて、思わず「ええ!?」と悲鳴をあげてしまい、形兆さんに「うるせえ!!」と怒られてしまった。とにかく、辺りはもう薄暗い時間だ。
人様の家にあまり長くお邪魔しているのもアレだけど、かといってこれ以上お世話になるのも――なんて悶々と考えていた時だった。形兆さんがおもむろにしゃがみ込んで私の鞄を持つ。

そしてごく自然に靴を履かせてくれながら、億泰くんが「じゃあまた明日なー」なんてのんびりと言葉をかけてくれたのをぼんやりと聞きながら、私は形兆さんが玄関から出たところで漸く絶叫した。


▼ 【虹村億泰に抱きつく&虹村形兆に背負われる】 クリア!

「ひゃああああけけけ形兆さ、わ、わた、私歩きますううう!!!」「ッ耳元で騒ぐんじゃあねえ!!良いから黙って背負われてろ!!」「ひいッ!!すいません!!!」


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