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典明


 今日も今日とて、いつの間にか部屋に置いてあった黒い手紙を持って、私はとある人の部屋へと向かった。自分に喝を入れたところで目の前のドアをノックし、一呼吸おいたところで「ユメコですが、ちょっと用事が…」と声をかける。若干声が裏返った辺りはなかったことにしよう。
 「どうぞ」と声が返ってきたのでドアノブに手をかけようとしたが、それより早くドアが向こう側から開かれる。きょとんとする私の前には、花京院くんが立っていた。

「やあ、どうしたんだい?」
「え、あ、うん、ちょっと用事が…」
「生憎だけど、承太郎ならいないよ」
「ううん、あの、用事があるのは花京院くんなの」
「…僕に?」

 不思議そうに首を傾げた花京院くんだったが、「とりあえず中に」と部屋の中へ通してくれる。ごく自然に、お茶まで出してもらってしまった。さっきもドアを開けてくれたし、なんというか、紳士だなあ。そんな事を思っていると、花京院くんは私が膝の上に乗せている手紙に気が付き、何となく状況を理解したらしい。
 私はカップを置き、代わりに手紙をテーブルの上に出した。花京院くんが手紙を開けて中の便箋に目を通し始めたのを見て、こっそりとため息をつく。

 今回の命令はこうだ。【六原ユメコは今日の23時59分までに花京院典明と猫言葉で会話すること】。――そりゃあとんでもない命令ではないけれど、地味に恥ずかしいタイプの命令ではあるだろう。
 まあ裏を返せば出来ない命令ではないのだから、花京院くんに協力してもらってサクッと終わらせてしまいたい訳で。そんな中、花京院くんが小さく笑った。

「…なるほどね。これは承太郎じゃあなくて良かったかもしれないね」
「……た、確かに…」
「これくらいなら協力するよ。まあ、ちょっと恥ずかしいけど」

 花京院くんはそう言って照れたようにはにかみ、軽く頬をかいた。猫言葉とはおそらく語尾に「にゃあ」とかなんとかつけておけば良いのだろうと仮定して、いよいよ命令に取り掛かる事にした。
 ――しかし、無言である。そりゃあ自ら進んで猫言葉で会話しようとは思わないから、無言になるのも当たり前なのだろうが、これではいつまでもクリア出来ない。どうしたものかとおろおろしていた時だった。

「…あー、ユメコ?君から始めてくれると嬉しいんだけど…」
「…だ、だよね…うん…分かった…。ええと…きょ、今日は…いい天気…だにゃあ…」
「………っ、」

 待って。やばいこれ予想以上に恥ずかしい。最終的に口の中でごにょごにょと言ったにも関わらず、この恥ずかしさとはまずい…!!思わず俯くと、花京院くんが「これは、まずい…」と小さく呟いたのが聞こえた。なんだろう、やはり予想以上に恥ずかしそうだと気が付いたのだろうか。

「…か、花京院くん…?」
「ご、ごめん、ちょっと色々と…。…ていうか、今日は雨じゃあ…」
「うッ…!だ、だって、全然話題が見付からなくて…!!」

 必死で弁解すれば、花京院くんが思わず苦笑する。――でも、確かに雨の日に「いい天気だね」は酷すぎたか。私は小さく唸り、違う話題を探す事にした。

「きょ、今日のお昼ご飯、楽しみ…だにゃあ…」
「………、あ、ごめん、聞こえなかった」
「!?きょ、今日のお昼ご飯楽しみだにゃあ…!」
「そうだね、今日はどんな料理が食べられるかな」
「!!?」

 待って待って待って!!何かおかしい!!とてもわざとらしい感じでもう一度言わされたよね!?そしてものすごくいい笑顔で普通に返されたよね今!!猫言葉どこ行ったの!?思わず花京院くんの名前を呼べば、彼は「ん?」と首を傾げた。
 そんな…馬鹿な…。恐る恐る猫言葉の事を問えば、「ごめん、すっかり忘れてたよ」とこれまた爽やかな笑顔で返された。何となく嫌な予感を覚えつつも、私は再び口を開いた。

「く…空条くんは、いつ頃帰ってくるのかにゃ…」
「どうかな。そろそろだとは思うけどね」
「か、か、花京院くん…ッ!!」
「はは、いや、ごめんごめん」

 花京院くんはへらりと笑った。さっきから何だか彼が意地悪に感じるのは気のせいではないだろう。少し前まではあんなに紳士のようだったのに…!一人だけ猫言葉を使っているという羞恥心に思わず泣きそうになっていると、花京院くんは「そうだなあ…」と何やら呟いた。

「ねえユメコ、おねだりしてくれないかな」
「は…?」
「やっぱり恥ずかしくて、何だかやる気が起きないんだ。…でも、ユメコが可愛くおねだりしてくれたら、やる気になるかもしれないな」
「な…お、おねだりって…そんなのどうやってッ…」

 たじろぐ私とは裏腹に、花京院くんはにこにことしている。どうやら本気らしい。しかし可愛くおねだりなんてした事がない私にはかなりの難問である。

「え、と、…か…花京院くん、お願い、します…?」
「…典明でいいかな。あと敬語はだめ」
「う、…典明くん、お願い…」
「あれ? 猫言葉はどこに行ったのかな?」
「…うう…ッ、の、典明くん、お願いにゃあ…ッ!」
「……ッ、うん、よく出来ました…」

 もう駄目だ死にたい。顔を覆って俯くと、花京院くんが私の頭を撫でた。何が良く出来たのか良く分からないけれど、とにかく無事に乗り越えたようだ。うっすらと滲む視界で花京院くんを見上げると、彼は「うッ」と小さく唸った。

「ごめん、可愛いからつい…」
「…花京院くんのばか」
「う…。そ、そんな目で見ないでくれ」
「……じゃあ、会話して、にゃあ」
「…あー、うん…。…これで良いかにゃ」

 じとりと睨めば、花京院くんは苦笑しながら猫言葉を使う。その直後、テーブルの上の手紙はポンッと音を立てて消えた。ああ…たった一言交わすだけでクリアだったのに、どうしてこんなに疲れたのだろう。
 ぐすりと鼻を鳴らしたところで、ふと誰かの視線を感じてそちらに視線を向ける。そこには空条くんが壁に背を預けて立っていて、私は思わず飛び上がった。

「承太郎、帰ってたなら声をかけてくれよ…」
「お楽しみを邪魔しちゃあいけないと思ってな」
「く、く、く、空条くん、い、いつからそこに…ッ!!?」
「『可愛くおねだり』辺りからか」
「!!?う、うわあああッ!!!」
「ちょ、ユメコ!!?」

 一番恥ずかしいところじゃないですかあああやだあああ!!!!――堪らなくなって全速力で逃げ出した私が、自室に当分の間引きこもっていたのは言うまでもない。


▼ 【花京院典明と猫言葉で会話する】 クリア!

「承太郎!君のせいでユメコが引きこもっちゃったじゃないか!」「…俺はどう考えてもお前のせいだと思うがな」

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