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DIO


 空中から突然現れた手紙に一瞬反応が遅れたのは、おそらく真っ黒な手紙が辺りの薄暗さに溶け込むように、背景と同化してしまったからだろう。ぱさりとかすかな物音がしてそれが床に落ちたと分かり、私は漸くそれを手に取った。
 仕方なく近くの明かりの下まで行って、封筒を破る。取り出した便箋を落としてしまわないように慎重に広げて目を通し、私は思わず膝から崩れ落ちた。【六原ユメコは今日の23時59分までにDIOにキスして貰う事】――もうなんというか、誰かに鈍器で後頭部をガツンと殴られたような衝撃である。

 キスって。キスって駄目でしょ!!?今まで結構アレな命令があったけど、これは最たるものだと思う。こんな命令絶対駄目じゃん!!震える手で便箋を封筒の中にしまい、ぎりぎりと握り締めていた時だった。

「そんなところで何をしている、ユメコ」
「ひいッ!!?」

 背後からかけられた声に、私は反射的にバッと立ち上がる。その勢いのまま振り返れば、そこにはDIO様が佇んでいた。思わず気を失いそうになったがぐっと堪え、私は冷や汗を流しながら引きつった笑みを浮かべる。な、なんというバッドタイミング…。ごく自然に手紙を握った手を自分の背後に隠し、「でぃ、DIO様…」と漸く言葉を発した。
 DIO様は何かを察したらしく、訝しげな表情を浮かべて此方に歩み寄って来る。うおおおおヤバイッ!!目の前に立ったDIO様に顎を掴まれ、強制的に視線を上げさせられてしまう。かち合う視線に堪らず目を泳がせると、彼は眉間に皺を寄せた。

「何か隠しているな。言え」
「な、何も隠してなんかいません」
「下手な嘘を…。では、その手に持っている物は何だろうな?」
「!!?」

 的確な言葉に思わず身を強張らせると、DIO様がニヤリと口元を歪めた。なにかマズい!!そう思った直後、突然目の前に居た筈のDIO様が視界から忽然と姿を消した。ぱちぱちと瞬きしてみても変わりはなく、一体何事かと思っていた私だったが、それから直ぐ状況を理解した。

「…ほう、これが例の『手紙』か」
「ハッ!!?す、スタンドッ…!!」

 いつの間にか背後に居たDIO様の方を振り返り、私は漸く彼がスタンドを使って時を止めたのだと悟った。なんというスタンドの無駄使い!!しかし私が握り締めていた手紙は既にDIO様の手中にある。というかもはや読んでいる。
 私は逃げる事にした。脳内には逃げるというコマンドしかない。体を反転させ、勢い良く駆け出した――筈が、次の瞬間私はDIO様に横抱きされていた。また…スタンドを…!!うわあああ!!!

「お、下ろしてください!!」
「下ろしたところで逃がさん。何度でも捕まえてやるぞ」
「ひいッ…!?」

 そんな鬼ごっこ怖すぎる。というかDIO様に『世界』がついている時点で私の負けは確定しているのではなかろうか…。身を強張らせていると、とうとうDIO様の部屋に着いてしまった。こうなるともう震えが止まりません。部屋の中で一際目を引く大きな天蓋つきのベッドにゆっくりと下ろされ、私は不安げにDIO様の顔を見上げた。
 DIO様が覆いかぶさるように私の顔の横に手をつけば、ぎしりとベッドが軋む。あまりの近さに失神しそうだ。そんな私の様子に気が付いたらしいDIO様は、薄く笑って私の頬を撫でた。

「こうして見ると、今すぐ食べてしまいたくなるな」
「た、食べ…!?」
「まあそれも良いが…。今はこれに集中しようじゃあないか」

 思わず震えた私に、DIO様はニヤリと意地悪く笑って手紙をベッドの上に放った。うすうす感じてはいたけれど、やはり命令をやる気だったのか…!慌てて逃げ出そうとするが、そう簡単に逃がしてくれるほど彼は甘くはなかった。
 既に体を固定されていて、身動きすら満足に出来ないのである。「何処が良いか言ってみろ」と鎖骨、首筋、頬、鼻、瞼…と順に爪の先で緩くひっかかれ、最後に唇を指でなぞられる。ぞわぞわとした感覚が背筋を震わせ、私は堪らず目を瞑った。DIO様がくつくつと笑う声が聞こえる。

 震える声を絞り出して、私は「て、て、手でお願いします…!!」と必死に告げた。キスの場所は指定されていないのだから、一番ダメージの少なさそうな場所にして貰うべきだろう。頬とか唇なんかもう…恥ずかしいだけじゃなくて色々な人に命を狙われる事になるに決まっている。私まだ死にたくない。
 DIO様は「…まあ良いだろう」と呟き、私の手を持ち上げた。手の甲を上にして、親指の先で私の指先を緩く撫でる。そしてゆっくりと顔を近づけ、手の甲に唇を落とした。柔らかい感触が肌に伝わり、思わず肩が僅かに跳ねる。ちゅ、とわざとらしくリップ音を立てて唇が離れたのとほぼ同時、手紙も音を立てて消えた。漸く終わったと密かに息をついた、その時だ。

「…マヌケめ。これで終わりだと思ったのか?」

 ニヤリ、DIO様の口元が弧を描く。こ、この笑みはマズいやつだ。そう察した直後、再び持ち上げられた手の指先にDIO様が口付けたかと思うと、ぺろりと指の腹を舐められた。反射的に手を引っ込めようとしたが、それよりも強い力で阻まれてしまう。
 指の腹から赤い舌が伝い、ねっとりと指の間を舐め上げられる。指先を緩く吸われたり、鋭い牙で指を甘噛みされたりして、思わず背筋が震えた。なん、なんでこんな状況になっているんだ…!!涙目になっていると、気が付いたらしいDIO様が私の人差し指を咥えたまま此方に視線を遣った。

 漸く口から離したかと思うと、今度は親指に舌を這わせ、付け根に噛み付いた。ちくりと痛みがして、うっすらと血が滲む。DIO様はそれを舌で舐めとり、そして吸い付いた。肩を震わせれば、傷口を舌の先でつつかれる。ピリピリとした痛みに堪らず声が漏れた。

「ひ、うう…ッ!でぃ、DIOさま、もうやめて下さいッ…!!」
「もう音を上げるのか? こんなもの前置きにもならんぞ」
「な、なんの前置きですか…!」
「ほう、聞きたいか?」
「ひいッ、え、遠慮します!!」

 もう泣きそうだ。情けなくぐすぐすと鼻を鳴らしていると、それに気が付いたDIO様は小さく息を吐いて、漸く私の手を離してくれた。きょとんとしていると、「何だ襲われたいのか」と思わぬ発言をされたので、私はぶんぶんと首を横に振った。

「泣いているところを無理矢理にするのも後味が悪いからな」
「(…な、何をするつもりだったのかは聞くまい…)」
「それにしてもユメコ、お前の血は中々悪くないな。今度ゆっくり飲ませて貰う事にしよう」
「エッ」

 するりと頬を撫でられ、見事に死亡フラグが立った。次にこのお屋敷を訪ねた時はどうも貧血で帰る事になりそうである。血を吸われる自分をうっかり想像して思わず青くなりながら、私は丁重にお礼を述べてふらふらとDIO様の部屋から出たのだった。


▼ 【DIOにキスして貰う】 クリア!

「(もうお屋敷怖くて歩けないよ…!!)」

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