×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

承太郎


例によっていつの間にか机の上に姿を現していた黒い封筒を開けて、書かれた内容に思わず固まったのは、数十分ほど前の事だったろうか。どうも、私は自分が思っている以上に挙動不審になっていたらしく、仗助くんにとても心配されてしまった事はとりあえず覚えている。
それほどまでに私を動揺させた命令は、こうだ。【六原ユメコは今日の23時59分までに空条承太郎の膝に向き合って座り、ハグして貰うこと】。命令が無駄に細かいし、もうこれなんて羞恥プレイなの。

そんな事を思っていたせいか、傍から見ると私は便箋を握り締めたままかなり思いつめた表情をしていたようだ。仗助くんが心配そうに私の手元を覗き込み、そして「ああ…」と察したような表情を浮かべた。まあそうなるよね。

「こ、こんなお願いするくらいなら、明日不運な目に遭った方がまだ良いッ…!!」
「お、落ち着けユメコ!とりあえず承太郎さんに相談してみろって、な?」
「そ、相談って…。どんな顔して相談したら良いの…!?」

仗助くんとそんな会話を交わし、彼と分かれた帰り道、私は大きなため息をついた。仗助くんは相談するべきだと言ったけれど、何しろ相手はあの承太郎さんなのだ。別に苦手とかそういう事ではなくて、一種の憧れのような念を抱いている承太郎さんに、こんな恥ずかしいお願いをしなければならないというのが堪えられないのである。
承太郎さんは私がスタンド攻撃に巻き込まれていると知っているので、まあ断られる事は無いだろうけど…でも…なあ…。もしもこの命令をクリアしたとして、私はそれからどんな顔をして承太郎さんに会えばいいのだろうか。

「うう…、何でよりによって承太郎さんなんだろう…」
「俺がどうかしたのか」
「!!?」

背後から聞こえてきた声に、私は一瞬で凍りつく。いつもはそんな事ないけれど、今に限っては一番聞きたくなかった声だ。ギギギ、と効果音がつきそうなくらいぎこちない動きで振り返れば、そこにはやはり承太郎さんが立っていた。思ったよりも距離は近く、どうやら今しがた呟いた言葉を聞かれていたようだ。
「じょ、じょじょじょ承太郎さん!!」と自分でも驚くくらいにどもってしまった私に、承太郎さんが首を傾げる。こんなあからさまに動揺していたらいけない!そう思うけれど、私には承太郎さんを相手に上手く誤魔化せる自信は無い。

「やれやれ…君は本当に顔に出るな。何があった?」
「うッ…い、いや、その、ですね…」
「ユメコくん」
「…わ、分かりました…」

意志の強いあのエメラルドグリーンの瞳にじっと見つめられて、私はゆるゆると俯いた。そうだ、承太郎さん相手に逃げられる訳が無い。渋々ながら鞄から封筒を取り出せば、承太郎さんの表情が一瞬だけ険しいものに変わる。
しかし中の便箋に目を通した時、承太郎さんは珍しく目を丸くしていた。どうにも居た堪れなくなった私は更に俯いて、「という訳なんですけど、その、…帰ります…」とごにょごにょ呟いて素早く方向転換をする。

けれど私よりも承太郎さんの反射神経の方が明らかに優秀で、がしっと手首を掴まれてしまった。ひい、な、何で!?慌てて振り向けば、承太郎さんは小さくお決まりの口癖を呟き、私の腕を引きながら、私の家とは反対方向に歩き始めた。

「じょ、承太郎さんッ!?」
「場所を変えた方が良いんじゃあないのか。…まあ、君が外でも良いというなら、俺は別に構わないが」
「!!?」

あれえッ、やる方向!?私が思わず閉口してしまったのを肯定と受け取ったのか、承太郎さんは普段と何ら変わらない様子で前を歩いて行くのだった。


***


「…そんなに固くなる事もないと思うんだがな…」
「ぜ、絶対むりです、そんなのッ…!!」

承太郎さんの泊まる部屋に通された私は、ソファーに腰掛けた承太郎さんを前にして、死ぬほど緊張していた。膝頭で握っている拳は汗でびっしょりだし、部屋に入ってから一度も承太郎さんの顔を見られていないし、心臓は飛び出そうなほどバクバクと脈打っている。先程出して貰った目の前のティーカップを掴もうものなら、中の紅茶を溢す自信があるくらいだ。
承太郎さんは短く息を吐き、ナチュラルに座り直した。ぴくりと反応した私の名前を呼び、それから静かに「おいで」と言葉を紡ぐ。私は小さく息を呑み、ゆるゆると立ち上がる。そして俯いたまま、恐る恐る承太郎さんの前に立った。

やんわりと腕を掴まれ、ゆっくり引き寄せられる。承太郎さんに導かれ、手を肩に置く。それから促されるまま、承太郎さんの膝の上に跨るように腰を下ろした。密着する体に思わず顔が熱くなり、視線が動かせない。普通に接していてこんなに密着する事なんて無いので、余計に緊張しているのだろう。

「…大丈夫か、ユメコくん」
「あ、あんまり、大丈夫じゃない…です…」
「だろうな 気絶しないでくれると助かる。…とりあえず、腰に手を回させて貰うぞ」
「は、…はい…ッ」

そうだ、これで終わりではない。この体勢のままで更にハグして貰わなければならないのだ。既に気絶しそうなのに堪えられるだろうか――なんて思っていると、予告通りに承太郎さんの手が腰に回って来た。
叫びそうになるのを堪え、私は自分を必死に落ち着かせるように目を瞑る。おおおおお落ち着け私。とりあえず素数でも数えて落ち着くんだ。あれ待って素数って何だっけ。頭の中でごちゃごちゃと考えていると、体がふっと傾いた。

微かなタバコの香りが鼻を掠め、私は思わず目を開く。視界いっぱいに、白。顔に当たるそれが承太郎さんのコートだと理解した瞬間、かあっと体温が急上昇する。腰と背中に回った腕や、目の前の厚い胸板や、額をくすぐる承太郎さんの髪――意識するには十分過ぎる材料である。

「あ、う、」
「…もう少し我慢だ。まだ手紙が消えない」

先程よりぐっと距離が縮まったせいで、承太郎さんの心地よい低音がダイレクトに私の鼓膜を揺らす。かつてない程速くなっている心音は、おそらく承太郎さんにも伝わっている事だろう。堪らなくなって目の前の承太郎さんの服を握り締めれば、宥めるように背中をぽんぽんと撫でられた。
震える息を吐き出せば、今度は頭をゆっくり撫でられる。緊張が解けたと言えば嘘になるが、それでも先程よりはましになった。ぎゅう、と手に力を籠めれば、承太郎さんは応えるように背中を撫でてくれる。何度か繰り返していると、静かな室内に小さな破裂音が響いた。

「――消えた、か」
「えッ…」
「良く頑張ったな、ユメコくん。どうも達成出来たようだ」

承太郎さんの指差す先には、不自然に漂う白い煙。手紙は消えたようだった。ゆっくりと体を離して貰い、ゆるゆると立ち上がる。しかし安堵感からか体に力が入らず、私はへなへなと床にへたり込んだ。小さく苦笑した承太郎さんは、再び私の頭を撫でると、すっかり冷めてしまった紅茶の入ったティーカップを手に立ち上がった。

「まあ、紅茶を飲んで落ち着いてから帰ると良い。…どっちにしろ、そんな状態では帰せないからな」

特に用事も無いからゆっくりして構わない――なんて言って部屋の奥に歩いていった承太郎さんの背中を見ながら、私は大人の余裕というものをひしひしと感じたのだった。


▼【空条承太郎の膝に座ってハグ】 クリア!

「…あの、あ、ありがとうございましたッ…!!」「ああ、あれくらい構わないさ。…しかし、紅茶溢さないようにな」「だッ、だい、じょぶ、大丈夫、です、たぶん」「(……布巾を用意しておいた方が良さそうだな)」


←back