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"灰の塔"U


「大丈夫かい?あまり見ない方が良いよ」
「あ…、は、はい…」

 いやもうバッチリ見た後です、なんて言えないのが小心者の私である。言われるままに視線を下へ落とすと、花京院くんが「それと」と言葉を繋げる。
 ゆるゆると顔を上げれば、花京院くんが小さく笑っている。それから、「ありがとう」と言葉を続けられ、私は思わずきょとんとしてしまう。

「さっき援護してくれたじゃあないか。お蔭で上手くいった」
「え、あ、…そんな、援護なんて…」
「ありがとう」

 ふわりとした柔らかい笑みに、思わず顔が熱くなった。人に「ありがとう」と言われたのが久し振りすぎて、自分でも引くくらいテンパっている。もはや言葉らしい言葉を紡ぐのを諦めて俯いたところで、何やら飛行機が傾いている事に気がついた。
 空条くん達がスチュワーデスさんを半ば押しのけるようにしてコックピットへ入って行く。私も恐る恐るながら流れでそれに続こうとしたのだけれど、前方にいた褐色の肌の男の人に、やんわりと止められた。
 どうも、機長さん達があのクワガタによって血生臭い事になっているらしい。何となく予想は出来ていたけれど、もう勘弁。…そう思っていたのに。

 ふと笑い声が聞こえ、振り向く。その先には毛布を引きずり、血を撒き散らしながら不気味に笑うあのお爺さんが居た。ベロベロ言いながら近寄ってくる姿は、さながらホラーゲームのゾンビか何かのようである。
 思わず引きつった悲鳴を漏らす私の横では、皆さん見事にドン引きしていた。この飛行機が墜落しなかったとしても、此処から約一万キロあるエジプトへ辿り着くまで四六時中敵に襲われ続けるだろう――と、お爺さんは予言めいた事を口にする。

 ていうかエジプト?エジプトに向かっていたのか。もう私はなるべくお爺さんを視界に入れないようにして、他の事を考えようと必死である。だというのに、妙にテンションが高く饒舌なお爺さんは言葉を続けた。

「DIO様は『スタンド』をきわめるお方!それらに君臨できる力を持ったお方なのドァ!たどりつけるわけがぬぁ〜〜い!!」

 あばばばばば。この人絶対人間じゃあない。もう最終的には言葉らしい言葉を発することもせず、派手に血を撒き散らしながら床に倒れこみ、二度と動く事は無かった。思わずスチュワーデスさんと縮み上がり、小さく悲鳴をあげる。何だってこんなものを見にゃあならんのだ。
 どうやら飛行機はこれから海上に不時着させる事になったらしい。空条くんのお爺さんが操縦するらしいけれど、コックピットの中から「プロペラ機なら経験あるんじゃがの…」なんて不安要素しか生まれない言葉が聞こえて来たので、私はいよいよ具合が悪くなって来た。飛行機とプロペラ機って…流石に違くないですか…。

「しかし、わしゃこれで三度目だぞ。人生で三回も墜落するなんて、そんなヤツあるかなぁ」
「二度とテメーとは一緒にのらねえ」

 空条くんに同感である。いっそ気絶してしまいたいけれど、起きたら天国でした、なんて洒落にならない。不安度MAXな状況の中、飛行機が無事に香港沖に不時着したのはそれから少し後の事だった。
 ちょっともう当分は飛行機に乗りたくないな、なんて、キリキリ痛む胃をさすりながら思ったのは仕方がない事だろう。

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