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皆の笑顔


目が覚めると、見知らぬ場所だった。視界に広がる天井は少しばかりくすんでいて、暫くぼんやりと眺めてから、視線だけ動かして辺りの様子を窺おうとする。しかし、私が横になっているベッドを取り囲むようにカーテンが部屋を仕切ってしまっていて、辺りの様子は上手く窺い知る事が出来なかった。とはいえ、つんと鼻につく消毒液のような匂いや、私が纏っている薄水色の病衣から、此処が病院なのだろうという事だけは理解出来る。
――皆はどうしたのだろう。DIOはどうなったのだろう。承太郎くんは、無事なのだろうか。色々な疑問が一気に浮かんで来て、心臓がどくんと嫌に音を立てる。もう居ても立っても居られなくなってしまって、私は体の至るところが痛むのも厭わず、半ば強引にベッドから起き上がった。どれくらい眠っていたのか分からないけれど、私の体はすっかり弱くなってしまっているようで、起き上がっただけで額に汗が滲んだ。ずくずくと痛む体に、思わず呻き声が漏れる。

「……ッ、う、…!」

どうにかベッドから足を出し、爪先を床に着ける。ひんやりとした感触が足先から伝わって来て、少しだけ体が震えた。ベッドの柵に掴まりながら何とか力を籠め、ゆっくりと立ち上がる。ベッドから少し離れたところにある車いすまで辿り着けば、もう少し移動が楽になるだろう。手を伸ばし、一歩踏み出したのと同時、膝ががくんと折れ、そのまま床の上に崩れ落ちた。
反動で悲鳴すら上げられないほどの酷い痛みに襲われ、立ち上がれないまま、前のめりになって息を詰まらせる。い、痛い…死にそう…。ぼろっと目から涙がこぼれ落ちた時だった。シャッ、とカーテンの開く音がして、視界の端で景色が開けたのが分かる。恐る恐る顔を上げた先には、驚いたように目を見開いている承太郎くんが立っていた。

「…おい、大丈夫か」
「……じょ、…う、たろ、くん…」
「……泣くほどいてーのか。待ってろ、今誰か呼んで来てやる」

承太郎くんの姿を視界に入れた瞬間、涙がぼろぼろと溢れ出て来る。承太郎くんは眉間に皺を寄せると、踵を返して何処かへ行こうとした。私は半ば反射的に腕を伸ばして、彼の服を掴んだ。承太郎くんがそれに気が付いて、私の方を振り返る。涙が止まらないのは、怪我に響いて痛いからじゃあない。承太郎くんの姿を見たせいだ。

「……い、行か、ないで…いかないで、承太郎くん…ッ」
「……メイ」

承太郎くんは僅かに目を見開いて、私の目の前にしゃがみ込んだ。「…とりあえず、ベッドに戻すぞ」と声を掛けられて頷くと、承太郎くんは私の体を抱え上げた。大きくて、暖かい。何だかやけに久しぶりに感じた気がして、ベッドの上に乗せられても何だか離れがたく感じてしまって、彼の服を離す事が出来なかった。少しの間でも良いから、このままで居たい。目の前の承太郎くんの胸に縋り付けば、彼は何も言わずにそっと私の体を抱きしめて、宥めるように背中をさすってくれた。
承太郎くんの体温に包まれて、思い出すのはDIOとの戦闘での事。承太郎くんが倒れているのを見たあの時は、本当に心臓が止まるかと思ったし、暫くは生きている心地がしなかった。こうして承太郎くんの体温や心音を感じ、『生きている』のだと体全体で感じていると、余計にあの時の恐怖が蘇って来る。

「……あ、あのとき…承太郎くんが、…ナイフいっぱい刺さってて、血だらけで…ぜ、全然動かなくって…ッ、ほ、ほんとに死んじゃってたらって…このまま、動かなかったらって、思ったら…こ、怖くて、たまらなくって…ッ」
「……そりゃあお互い様だぜ、メイ。お前がDIOにやられた時、俺も心臓が止まるかと思った。…ほら、もう泣くんじゃあねー」

俺はちゃんと生きてるぜ、と付け加えられると同時、ぽんぽんと頭を軽く撫でられて、私はぐすっと鼻を鳴らした。――承太郎くんが言うには、あの後、死闘を制し、DIOを倒したらしい。DIOの死体は朝日に晒して灰にし、ジョセフさんと共に見届けて来たのだという。そして、承太郎くんから聞いて一番嬉しかったのは、あれだけの激戦だったにも関わらず、誰一人命を落とす事は無かったという事。
とはいえ、全員今までに無く負傷をしていた。そういう訳で、SPW財団が手配してくれたこの病院に入院し、今は順調に回復に向かっているところらしい。因みに、意識を取り戻すのが一番遅かったのは私のようだ。私も今回ばかりは今まで生きて来て一番の怪我だとは思うけれど、しかし、私なんかよりよほど怪我をしている筈の承太郎くんが、負傷なんて感じさせないくらいに普通に歩いているのはどういう事なのだろう。前々から思ってはいたけれど、本当に丈夫というか何というか…。

一頻り泣いて漸く落ち着いた私は、涙を拭って承太郎くんからそっと体を離す。自分でやっておきながら、承太郎くんに抱き着いて泣いていたなんて、随分と恥ずかしい事をしていた気がしてならない。顔が熱くて堪らなくて思わず俯いていると、承太郎くんが小さく笑ったのが聞こえて、余計に恥ずかしくなった。何だか居た堪れなくなって、私はぱっと顔を上げ、「そっ、そういえば!」と声を上げる。

「み、皆もう起きてるんだよね。顔を見に行きたいなーなんて…」
「……お前、自分じゃあ動けねーだろう。医者を呼んで来るから、まずは診て貰ってからにしろ」
「だ、大丈夫だよ!お医者さんには後で診て貰うし、それに、車いすさえあれば自分で行けるし…!…た、たぶん」
「……………」

小声で余計な一言が溢れてしまったせいか、承太郎くんがじとりとした目で私を見る。多少手を貸して貰えば、出来ない事は無い筈だ。…これも多分、だけど。視線を泳がせていると、承太郎くんは大きく息を吐いて、口を開いた。

「…メイ。お前はな、丸二日意識が戻らず、怪我による高熱のせいで医者が付きっきりだったんだ。自分がどれだけ怪我してるかくらい、分かるだろう」
「エッ」
「ただでさえ意識が戻って間もないんだ。いいから、大人しくしとけ」

すっかり諭されている。どうやら自分でも驚くくらいに大変な事になっていたようだ。どうりで体が弱っている訳だ、と密かに納得しつつも、私は承太郎くんの袖を引く。普通に考えて、承太郎くんの言葉を素直に聞くのが賢明だとは思うけれど、ここはどうしても譲れなかった。皆の姿が見たい。承太郎くんの言葉を信じていない訳では無いけれど、それでも、自分の目できちんと皆の姿を確認したかったのだ。
承太郎くんを見上げ、「…ちょっとだけでも、…だ、だめ…?」と懇願するように、おずおずと声を掛ける。少しだけで良い。ちらっと姿を見るだけでも良い。まずはお医者さんに診て貰う事も重要だとは思うのだが、今の私には皆の姿を見る事の方が重要だと思った。暫く無言で訴えていると、承太郎くんが諦めたように息を吐く。

「……やれやれだぜ。ちょっとだけだからな」
「う、うんッ…!」

承太郎くんの言葉に、思わずぱっと表情を輝かせてしまう。何だかんだ言って、承太郎くんは私の気持ちを尊重してくれるんだよなあ。私がまだ自分では上手く体を動かせないので、承太郎くんは私の体を抱え上げてくれた。車いすに乗せてくれるものだと思っていたのだが、承太郎くんは予想とは裏腹に、車いすには見向きもせずにそのまま病室を出ようとする。
慌てて「エッ!?あれ!?く、車いすは…!」と声を上げれば、承太郎くんはちらと私に一瞬だけ視線を寄越し、「そんな物見当たらねーな」としれっと答えると、再び歩き出す。す、すぐ真横にあるのに、見当たらない筈ないじゃあないか…!抗議したけれど、「やかましいぜ」とぴしゃりと返されてしまい、結局私は承太郎くんに抱えられたままで病室を後にしたのだった。


***


どうやらSPW財団が病院の一フロアを貸し切っているようで、人通りは少なく、院内は静まり返っている。しかし、その中に、何だかわいわいと声が聞こえる病室が一つあった。承太郎くんに抱えられたまま入ると、今まで談笑していた声が、ぴたりと止まる。
花京院くん、ポルナレフさん、アヴドゥルさん、ジョセフさん、それからイギーも居る。皆私と同じように病衣を纏い、多少包帯やガーゼは見えるものの、承太郎くん同様、負傷しているとは思えないくらいに元気そうだ。は、と息を吐いたのと同時、ベッドに腰掛けていたポルナレフさんが立ち上がり、私に近付くなり、大きな手で私の頭をわしゃわしゃとかき撫ぜた。

「メイ〜ッ!この寝坊助が!心配させやがって〜ッ!」
「うわわわわ、ちょ、ポルナレフさんっ…!」
「こら、ポルナレフ!…メイ…やっと目が覚めたんだね、安心したよ」
「花京院くん…!よかった、花京院くんも元気そうで安心したよ」

すっかりぐしゃぐしゃになってしまった髪を手櫛で整えながら花京院くんに声を返すと、承太郎くんが皆が集まっているベッドに私をゆっくりと下ろしてくれた。やはりまだ体は痛むけれど、何だか今は気にならない。ジョセフさんとアヴドゥルさんも私に声を掛け、頭を撫でてくれた。…よかった、本当によかった。皆でまたこうして笑い合えて、本当に嬉しい。
そんな事を思っている内に、ぼろ、と涙が頬を伝い落ちる。目の前のポルナレフさん達はぎょっとしたけれど、それでも何だか私の反応を予想していたようで、「泣き虫だな」なんて言って小さく笑ってくれた。

「こういう時はな、笑うんじゃよメイ。それでなくとも、もう二日もメイの元気な姿が見られなくて心配していたところじゃ」
「君には笑顔が一番だ。…さ、泣かないでくれメイ」

ジョセフさんとアヴドゥルさんの年長組にそう宥められるように柔らかい言葉を掛けて貰って、私はこくこく頷き、涙を流しながらへらりと笑った。暫く皆に慰められ、二言三言会話を交わした後で、花京院くんが「傷の具合はどうだい?」と尋ねて来る。まだお医者さんに診て貰っていないので確かな事は言えないが、こうして熱も下がって意識も戻った訳だし、おそらく特に問題は無いと思う。後は時間が経って治癒するのを待つばかりだろう。
そんなような事を言えば、花京院くんの横で、ジョセフさんが少し難しそうな表情を浮かべているのに気が付いた。…どうしたのだろう。小首を傾げていると、ジョセフさんが「傷の事なんじゃがな…」と口を開いた。

「…医者が言うには、肩と腹の傷は多少跡が残るかもしれないそうなんじゃよ」
「えっ?…は、はあ、そうなんですか…」
「…メイ、君は年頃の女の子だ。体に傷が残るのは気にならないのか?」
「え、いや、まあ良くはないと思うけど……でも、こうして生きているだけありがたいんだし、そこは良いかなあって…」
「………メイ、お前さァ、変な所で男前だよな…」

心配そうに言うジョセフさんとアヴドゥルさんに言葉を返せば、ポルナレフさんが息を吐いた。確かに私は年頃の女子ではあると思うけれど、体の一部が無くなってしまったならまだしも、傷跡が残るくらいならどうって事無い。寧ろ、あれだけの激戦を繰り広げていた訳だから、怪我云々ではなくて、こうして生きている事だけで御の字である。
一人でそう納得していると、あまりにあっさりしている私に、花京院くんが苦笑しながら「そういうものかなあ…」と呟いた。そういうものです。当人である私よりも、皆の方が気にしているのが何だか面白い。それだけ大事に思ってくれているという事なら、何だかちょっと嬉しいけれど。

「大丈夫ですよ、傷跡くらい。誰に見せる訳でもないし」
「…ご両親は心配しないのか?年頃の娘に傷跡があると知ったら…」
「…うーん、まあ、『嫁の貰い手がなくなる!』とかは冗談で言って来そうですけどね。でも別に予定も無いですし、当分は考えなくても良いかなあって」

へらりと笑えば、今までずっと黙って会話を聞いていた承太郎くんが私の名前を呼ぶ。視線を向けると、承太郎くんのエメラルドグリーンの瞳がじっと此方を見詰めている。ばっちり視線が噛み合って、密かにドキッとしていると、彼が静かに口を開いた。

「……嫁の貰い手ならあるだろう」
「……えっ?い、いや、私別に許嫁とか居ないよ…?」

承太郎くんの言葉に首を傾げながら言えば、一拍置いた後、周囲から大きな、それは大きな溜息が聞こえた。何そのシンクロ。どうも状況が読めていないのは私だけらしい。「えっ?…えっ?」とあわあわする私に、承太郎くんは「やれやれだぜ…」とお決まりの台詞を吐いた。何だか良く分からないけれど、それでも、呆れられているらしいという事だけは分かる。
頭上にハテナを浮かべる私を余所に、ポルナレフさん達は「ごゆっくり…」と言いながら、やれやれと言わんばかりの表情を浮かべて、ぞろぞろと病室を出て行ってしまう。昼寝していたイギーでさえ、何だか私を馬鹿にしたように鼻を鳴らし、さっさと出て行った。自力で動けない私は彼らを追う術が無く、あっという間に承太郎くんと二人きりになってしまう。…こ、これは一体。戸惑っていると、承太郎くんが私の目の前に立ち、私をじっと見下ろしたまま、名前を呼んだ。

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