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待ち望んだ再会


『紅海』――『世界で最も澄みきった美しい海』。私達は砂漠を後にし、限りなく青い紅海を小型船で渡り、目的のエジプトへ入ろうとしていた。ここ最近砂ばかり見て来たせいか、海を眺めているのは何だか気分が良い。今のところまだ船酔いもしていないし、このまま良い調子でエジプトに上陸出来れば良いなあ。そんな事を思っていると、前方に小さな島がある事に気が付いた。
船はエジプトに向かっている筈なのだが、今はまっすぐに前方の島へと向かっているように見える。ジョセフさん曰く、エジプトに入る前に、『ある人物』に会う為、あの島へ寄り道をするらしい。一体誰なのか――考えている内に、船は島へと辿り着いた。

島は小さく、草花が生い茂っていて、とても人が住んでいるとは思えない。花京院くんが辺りを見回しながら、「無人島のように思えますが…」と言えば、ジョセフさんは先陣を切って歩きながら、口を開いた。

「たったひとりで住んでいる…インドで『彼』はわたしにそう教えてくれた」
「え?誰ですって!?『彼』ってだれですか?」
「なに?インドでカレー?」

ポルナレフさんの少しズレた返答に思わず苦笑していると、何かに気が付いたらしい承太郎くんが「おいおい」と声を上げた。「そこの草陰から誰かがおれたちを見てるぜ」と付け加えられ、視線を遣る。ガサガサと草花をかき分け、慌てたように去っていく誰か。――その背中には、確かに見覚えがあった。ごく、と息を飲む。あれは、あれはまさか…!?
慌てて追うと、こじんまりとした家があった。家の前で鶏にエサをやっているその人に、ジョセフさんが話しかける。しかし、その人は「帰れッ!話は聞かんぞッ!」とぴしゃりと言い放った。

「わ…わしに話しかけるのはやめろッ!このわしに誰かが会いに来るのは決まって悪い話だッ!悪い事が起こった時だけだッ!聞きたくない!」
「あっ!」
「帰れッ!」

此方を振り返ったその姿に、思わず息を呑む。彼はアヴドゥルさんとそっくりだったのだ。ジョセフさんは彼をアヴドゥルさんの父親なのだと語った。アヴドゥルさんはカルカッタでJ・ガイルとホル・ホースによって殺された事になっている――が、この場ではポルナレフさん以外は、アヴドゥルさんが一命を取り留めている事を知っている。今見たアヴドゥルさんの父親という彼も、おそらくはアヴドゥルさん本人が変装した姿なのだろう。
ちら、とポルナレフさんを見れば、苦しげな表情を浮かべている。ジョセフさんは「アヴドゥルの死は君のせいじゃあない、ポルナレフ」とフォローを入れるが、ポルナレフさんは「いいや おれの責任…おれはそれを背負っているんだ…」と言い残し、何処かへ歩いて行ってしまった。

ポルナレフさんの姿が見えなくなって、ジョセフさんに手招きされて家へと入る。中に居たのは、変装を解いたいつもの姿のアヴドゥルさんだった。二週間ぶり、だろうか。すっかり元気になっている姿を入り口でぼんやりと眺めていたのだが、ジョセフさん達と言葉を交わしているアヴドゥルさんを見ている内に、何だか熱いものがこみ上げて来てしまった。

「ほれ、メイ。いつまでそんな所に立っておるんじゃ、早くこっちに――って、泣いとるのか!?」

ジョセフさんの言葉に、一気に視線が此方へと集まる。ぎょっとした表情の四人を見て頬に触れてみて、指先の濡れている感触に、漸く自分が泣いている事に気が付いた。それから涙がぼろぼろ溢れて来て、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら涙を拭っていると、アヴドゥルさんが慌てたように歩み寄って来てくれる。

「な、何も泣く事はないだろうに…」
「だ、って、だって、…あ、アヴドゥルさんにまた、…また、会えたからッ…ううーッ…よ、よかったああ…」
「わ、分かった分かった。…メイ、心配をかけてすまなかった。私はこの通り無事だから、もう泣かないでくれ」

びえええ、と子供さながらに泣けば、アヴドゥルさんは苦笑しながら私の頭を撫でてくれる。私が最後にアヴドゥルさんを見たのは、病室で横たわっている姿だった。病院で然るべき処置を受けて、心配ないと言われてはいたけれど、額に巻かれた包帯も、固く閉じられた瞼も、ぴくりとも動かない体も――全てが不安でしか無かったのだ。だからこそ、こうして変わりない姿で再び会う事が出来たのが、嬉しくて堪らなかった。
暫くべそべそと泣いていると、ジョセフさんが「ポルナレフのヤツ、遅いのう…」と呟く。確かに、ポルナレフさんの姿が見えなくなってから暫く経っている。黄昏れているとしたら、随分と長いものだ。「まさか、敵に出会っているとか…ないですよね…?」と恐る恐る呟けば、少しの間の後、アヴドゥルさんが息を吐いた。

「……仕方がないヤツだ。私が見て来ましょう」
「うむ。頼んだぞ、アヴドゥル」

アヴドゥルさんが足早に家を出て行く。カルカッタの時然り、何だかすっかりポルナレフさんの面倒見役のようになっている気がするのだが、私の気のせいなのだろうか。


***


結論から言おう。やはりポルナレフさんは敵のスタンド使いに襲われていたらしい。すっかりボロボロになっていたので慌てて駆け寄り、手当てをしようとしたのだが、ポルナレフさんは「キズのことはどうでもいいんだよッ!」と何やら嬉しそうに口火を切った。

「いいか!たまげるなよ承太郎ッ!驚いて腰抜かすんじゃあねーぞ花京院!子供みたいに泣くんじゃあねーぞメイッ!誰に出会ったと思う!?ジョースターさんッ!」

既に子供のように泣いた後なので何とも言えない。密かに思いながら、ポルナレフさんの言葉の続きを待つ。「パンパカパ〜ン!」といつにも増して高いテンションで、ポルナレフさんはアヴドゥルさんを引っ張って来た。
しかし、私達は元よりアヴドゥルさんが一命を取り留めていた事を知っていた上に、既に言葉を交わした後である。「あー…」と苦笑している横で、ジョセフさんは何事無かったように足元の鞄を持ち上げると、「さ!出発するぞ」とさらっと流してしまった。勿論、承太郎くんや花京院くんも特に驚く様子もなく、アヴドゥルさんと普通に会話を交わす。

「インドからの旅はどうだった?」
「敵にはまだわたしが生きていることは気づかれてはいないはず」
「…おい、ちょいと待ておまえら」
「2週間ぶりか。お互いここまで無事でなによりだったぜ」
「承太郎…あい変わらずこんな服きて暑くないのか フフフ」
「こら!待てといっとるんだよッてめーらッ!」

平然と会話を交わしている承太郎くん達に、ポルナレフさんが声を荒げる。まあ、そりゃそうなるよね…。ジョセフさんはしれっとした表情のまま、ポルナレフさんに、「インドでわしがアヴドゥルを埋葬したというのは、ありゃウソだ」と何とも軽く打ち明けた。ポルナレフさんは驚いて、まるで猫のように飛び上がる。

「インドで私の頭と背中のキズを手当てしてくれたのはメイなのだ」
「なっ…なにィ〜!?するってーとメイ、お前もアヴドゥルの事は知ってたってのかッ!?」
「は、はい、まあ…」
「花京院ッ!てめーもかッ!」
「ポルナレフは口が軽いから敵に知られるとまずい。君にはずっと内緒にしていようと提案したのはこのボクだ…」
「よ、よくもぬけぬけとテメーら…仲間はずれにしやがって…」

ぐすん、と鼻を鳴らしたポルナレフさんに、アヴドゥルさんが「すまんポルナレフ」と肩に手を置く。アヴドゥルさんは、変装までしてこの島に来た理由を説明した。アヴドゥルさんは敵の目を盗み、アラブの大富豪を装って、ジョセフさんに頼まれた『ある買い物』をしていたのだという。
『ある買い物』というのは――何と潜水艦だった。この潜水艦で海中を進んで紅海を北上し、追手から姿を消しながら、エジプトへ上陸するのだという。何というか…規模が違う…。

「さあみんな!これに乗って出発するぞーッ!」

ジョセフさんの声に従い、私達は潜水艦へと乗り込む。まさか潜水艦に乗る事になるなんて思いもしなかったなあ。閉所恐怖症という訳でもないけれど、この狭い空間や、海中を進む事を考えると、何だか心が落ち着かない。少しの不安を乗せながら、潜水艦は海中へと沈んでいくのだった。

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