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もどかしい恋

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 エジプトの旅を終え、晴れて承太郎くんと付き合う事になった私だったけれど、悩みがあった。それは、今まで以上に承太郎くんの事を意識してしまう事である。平和な日々が戻って来たからには、普通のカップルのように、手を繋いで帰ってみたり、デートしてみたり、たくさんお話してみたり、色々な事をしてみたい。
 ――だけど、いざ承太郎くんを前にすると、意識してしまって、何も出来なくなってしまう。以前ならもう少し気が楽だったのに、今じゃあ承太郎くんの姿を見つけると、何かと理由を付けて逃げてしまうくらいだ。花京院くんにそれとなく相談してみたら、「メイらしいね」と笑われてしまったけれど。

 とにかく、これは由々しき事態だ。承太郎くんと距離を縮めるどころか、逆に離れてしまっているような気さえする。最悪、承太郎くんにも愛想を尽かされてしまうかもしれない。このままではいけないと分かってはいるのだけれど――。

「メイ」
「!!…じょ、承太郎くん……えっと、お、お疲れ様…」
「……ああ」

 ちょっと名前を呼ばれただけでこのざまだ。承太郎くんと目が合うと、顔がカッと熱くなって、上手く言葉が出て来なくなる。うろ、と不自然に視線をさ迷わせたけれど、承太郎くんは「行くぜ」とだけ言って私の背を押した。
 学校が終わってからは承太郎くんと一緒に帰るようになったけれど、未だに慣れないというか、距離感が掴めないままだ。隣を歩く承太郎くんにちらと視線を遣る。分かってはいたけれど、ただ歩いているだけでも格好いいというか何というか。

 横を歩いているだけでこんなに心臓が煩いのに、手なんか繋げないよなあ…。自分の手をきゅっと握って、密かに息を吐いた。「手を繋ぎたい」なんて簡単な言葉な筈なのに、なかなか言い出せないまま、時間だけが過ぎて行く。

「……メイ」
「ひゃ、はい!?」
「…さっきから何をそわそわしてやがる」
「えッ!?え、あ、……そ、そわそわしてる…?」
「してるぜ」

 ひい、恥ずかしい!カッと熱くなった頬に慌てて手を当てると、承太郎くんが立ち止まる。私もつられて立ち止まったところで、承太郎くんが「で、何なんだ」と再び尋ねて来た。どうやら私が話すまで歩き始める気は無いようで、彼はポケットに手を突っ込んだまま此方を見据えている。
 私が俯いたままでぐっと押し黙っていると、「……メイ」と、まるで急かすように私の名前を呼んだ。ちらと視線を上げてみるが、承太郎くんはじいっと此方を見たままだ。怒ってはいないようだけれど、承太郎くんがあまり気が長い方では無いという事は十分に理解している。私は「…わ、笑わない?」と聞いて、承太郎くんが「笑わねえよ」と返したのを確かめ、半ば諦めるような形で先の言葉を続けた。

「……て、…手を…」
「……手?」
「……その……て、手を……繋いで、みたくって……」

 承太郎くんがきょとんと目を丸くし、それから一拍置いて、帽子のつばを指で引き下げる。彼の肩が僅かに震えているのが見えて、私は「わ、笑わないって言ったのに!」と真っ赤な顔で言葉を投げ付けた。何だか居た堪れなくなった私は、くるっと方向転換して歩き出す。恥ずかしくて死にそうだ。むうっと膨れたまま、まるで子供みたいに大きく腕を振ってずんずんと歩いて行くと、ぱし、と後ろから手を掴まれた。
 「ひえッ!?」と悲鳴を上げて思わず立ち止まった私に構わず、掴まれた手は大きな手に包み込まれる。指の間にするりと長い指が滑るように入り込んで来て、そのままぎゅっと握られた。合わさった手の平からじんわりと伝わって来る体温に、はくはくと口を開閉させていると、承太郎くんが繋いだ手を見せ付けるように私の目の前に持ち上げる。

「…こうしたかったんじゃあねーのか?」
「…あ、…そ、そう、…だけど、…うう…」
「小せえ手だな」
「じょ、承太郎くんの手が大きいだけだよ…」

 物珍しそうににぎにぎと手を握られて、顔がぐんっと熱くなる。ああどうしよう、手汗とか大丈夫かな、なんて心配をしている内に、承太郎くんは私の手を引いて、「行くぜ」と歩き出してしまう。承太郎くんの方が足は長いし、圧倒的に歩幅は大きいのだけれど、私に合わせてくれているようで、楽に歩く事が出来る。決して口にはしないし、悟られないようにさり気なく気を遣ってくれているのが嬉しくて、何だかむず痒い。
 ちら、と繋いでいる手に視線を落として、思わず口元が緩む。心臓は依然として爆発しそうなくらい煩いままだけれど、それ以上に嬉しくて堪らない。いつもなら誰かに見られていないかと心配になるところなのに、今はそんな事は考えもしなかった。一人で密かににやにやとしていると、承太郎くんが「…これは良いな」とぼそりと呟いたのが聞こえる。

「え…な、なにが?」
「こうして手を繋いでいりゃあ、お前がちょこまかとどこかに行く心配がねーだろう」
「ちょ、ちょこまか…!?わ、私、別にちょこまかなんてしてないよ!」
「してるぜ。いつも俺の姿を見ると、何かと理由付けて逃げるじゃあねーか」
「ウッ……」

 やっぱり気付いていたらしい。いや、あれだけあからさまな態度を取っていれば気が付かない筈もないか。何だか酷く申し訳なくなって、ゆるゆると俯く。

「……承太郎くん、あの……ごめんね」
「……何がだ」
「私、その、あんまり感じよくない…よね…。承太郎くんと目も合わせられないし…すぐ黙っちゃうし…逃げちゃうし……」

 自分で言っていて情けなくなって来る。引っ込み思案も良いところだ。旅の中で少しは成長したと思ったのだけれど、こういうところはどうも成長出来ていないらしい。こんな調子じゃあ、本当に承太郎くんに愛想を尽かされてしまっても文句は言えないだろう。しゅんとしながら地面に視線を落としていると、承太郎くんが小さく息を吐いた。

「……まあ、気にならないと言やあ嘘になるがな」
「………ご、ごめんなさい…」
「別に怒っちゃあいねー。…俺の事を嫌いになった訳じゃあねーんだろう?」
「きッ、嫌いになんかならないよ!寧ろその逆でッ…」

 そこまで言ってから、「…逆で?」と何処か意地の悪い表情で聞き返され、ハッとする。慌ててブンブンと首を横に振るが、承太郎くんは許してくれないようだ。「…メイ」と、本日二度目、急かすように名前を呼ばれてしまう。うう、と小さく唸って、私も観念したように口を開いた。

「……す、…す、き、…だから…」
「…ん?」
「すッ、…す、…好き、だからあ……!」

 承太郎くんが意地悪く聞き返して来たので、私も殆どやけくそのように言い切れば、承太郎くんはクッと喉の奥で笑った。それから、まるで良く出来ましたと子供を褒めるように私の頭をくしゃりと撫でるものだから、私はいよいよ死ぬんじゃあないかと思うくらいに体温が上昇する。
 穴があったら入りたいってこういう時に使うのかなあ…。密かに思いながら、顔を片手で覆っていると、承太郎くんは私の手をきゅっと僅かに握った。反射的に顔を上げると、承太郎くんと視線がかち合う。何だか久しぶりに、彼の顔をまともに見た気がした。

「お前がこういう事に慣れてねー事は知ってる。だからあの時、待ってやるって言ったんだぜ、俺は」
「……あ…」

 その承太郎くんの言葉に、エジプトでの事を思い出した。キスをされそうになって、心の準備が出来ていなかった私が、反射的に承太郎くんの顔を押し返してしまったあの時の事である。今思えば何とも酷い事をしたが――いや、今も似たような事をしてしまっているのだけれど――、承太郎くんは私の気持ちを汲んでくれて、「仕方ねーから、もう少し待ってやる」と言ってくれたのだ。
 承太郎くんはその言葉を、数ヶ月経った今もきちんと守ってくれているのだ。「じょ…承太郎くんッ…」と思わず彼の名前を呼ぶと、承太郎くんはついと一度視線を逸してから、再び此方に視線を戻した。

「…メイ。俺は、お前が大事だ。これからも大事にしてやりてーと思ってる」
「……う、うん……」
「……大事だからこそ、メイに合わせてやりたいと思ってんだぜ」

 承太郎くんはそう言うと、私の頭をゆるゆると撫でてくれた。大きくて暖かくて、大好きな承太郎くんの手。綺麗なエメラルドグリーンの瞳がそっと細められて、心臓がドクンと跳ねる。その何処か柔らかく感じる眼差しに、私は、自分が思っているよりも大切に想われているのだと改めて理解して、何だか目頭が熱くなった。目が潤むのが恥ずかしくて、今度は私がついと視線を下に逸らす。

「…まあ、そうは言っても俺も男だ。多少は我慢が利かなくなる時もあるかもしれねーがな」
「…承太郎くん…!?」

 ばばっと顔を上げると、承太郎くんは先程までの柔らかい表情は何処へやら、今度は意地の悪い表情を浮かべていた。…ああ、でも狡い、格好良いなあ。そんな事を思ってしまう私も、やはり単純で馬鹿なのかもしれない。「いい加減に帰るぜ」と再び私の手を引いた承太郎くんにつられて歩き出しながら、私は密かに思ったのだった。
三部終了後少し経った頃の、好きなあまり意識しすぎてしまうお話。もとい、ただのバカップルのお話。