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子供も楽じゃない

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 気が付いたら、転んだ訳でも無いのに、目線が妙に下がっていた。慌てて辺りを見回すと、逃げるように雑踏の中に紛れた怪しい人影を見付けたのだが、一瞬の事で直ぐに見失ってしまう。酷い違和感に立ち止まったまま戸惑っていると、通りかかった女の人に「こんな所で立ち止まっていたら危ないわよお嬢ちゃん」とひょいと持ち上げられ、道の脇に下ろされた。…おかしい、おかしいぞ。
 此処で漸く視線を下げて、私は絶句した。紅葉のように小さく、ふくふくとした手。恐る恐る顔に触れば、いつもよりも何だか丸みを帯びているような気がする。制服はだぼだぼで、スカートは脱げ切ってしまい、上だけが辛うじて肩に引っ掛かってワンピースのようになっているような状態だ。

 もたつきながら歩いて行くと、道端にガラスの破片を見付けた。それを覗き込んで、私はヒュッと息を呑む。そこに居たのは、4〜5歳ほどの姿になった私だった。

「な、なん、なんでえ……!?」

 記憶は高校生の私のままだけれど、身体だけが子供のそれに戻ってしまっている。なんという事だ。へなへなとその場にへたり込んだところで、つい数分前に見掛けた不審な人物を思い出してハッとする。もしかすると、あの不審な人物にスタンド攻撃でも仕掛けられたのかもしれない。
 鍵を握っているであろうあの不審な人物はすっかり姿を消してしまっているし、承太郎くん達とも逸れてしまっている。どうしよう、と泣きそうになりながら辺りを見回したところで、雑踏の中に一際大きな姿を二つ見付けた。蹴飛ばされないように人の間をすり抜けて行き、その背中に声を掛ける。

「じょ、承太郎くん!ポルナレフさん!」
「ん?……なんだあ?」

 近付けば近付くほど、二人――承太郎くんとポルナレフさんの背が大きい。普段でさえそう思うのに、子供の背丈になっている私にとっては、まるで建物を見上げているような感覚にさえ陥る。ぴょんぴょんと跳ねながら必死に存在をアピールしていると、漸く此方に気が付いたのか、ポルナレフさんが私に目を留めた。

「…なんだこのガキんちょは?承太郎、知り合いか?」
「いや……」
「わ、わたしだよ…!メイだよッ…!」
「はあ?メイ?……メイッ!?」

 ぐいぐいとポルナレフさんのズボンを引っ張って訴えていると、何か心当たりでもあったのか、彼はぎょっとしたように目を見開いた。慌てたようにしゃがみ込んだポルナレフさんと目を合わせ、どうも気が緩んだのか、「わ、わたし、メイだよう…」と繰り返している内にぼろっと涙が零れる。
 中身は元のままのつもりなのだけれど、それでも身体の年齢に引っ張られているのだろうか。ぐずぐずと泣き始めた私に、ポルナレフさんは「お、おい、泣くなよ〜ッ!」と焦ったように私の頭を撫でたのだった。


***


「姿が見えなくなったと思ったら、こんな事になってたのか…」
「…あの野郎、まだ懲りてなかったみてーだな…」

 二人はつい先程まで敵と戦っていたらしいのだけれど、どうもその敵というのが、若返らせる能力を持つスタンド使いだったようだ。二人によって負けた敵は、腹いせなのか、丁度近くに居た私にそのスタンド能力を使ったらしい。
 本来なら中身も外見の若返りに比例するらしいのだけれど、中身がそのままな事を考えると、どうも敵も相当焦った中で攻撃を仕掛けて来たようだ。私が子供の姿になってしまった理由は分かったけれど、そうなると気になるのは、私がいつまでこの状態のままなのかという事だ。というか、まず元に戻れるのだろうか。

 承太郎くんとポルナレフさんは敵を倒したから元に戻れたというけれど、今現在、敵の姿は見当たらない。もしも敵が置き土産のように私にスタンド攻撃を仕掛けたとしたならば、もう戻って来ないのではないだろうか。そうなると、私はもしかすると、このまま元に戻れないのでは――そんな事を考えてしまって、心臓がどくどくと嫌に跳ねた。

「…う、うう…わ、わたし、このままだったらどうしよう…ッ」
「あー、よしよし、泣くなって!大丈夫だから、な?」

 べそべそと再び泣き出した私を見て、ポルナレフさんが私の前にしゃがみ込んで頭を撫でてくれた。いつもならがしがしと撫でてくるところだけれど、今の私が小さな子供の姿だからか、何だか壊れ物を扱うように柔らかい手付きで撫でられている。ぐすん、と鼻を鳴らしたところで、突然身体がぐんと持ち上げられた。
 瞬き一つした時には、私は承太郎くんに片腕で軽々と抱き上げられていた。承太郎くんの顔が至近距離にあって、思わずかあっと顔が熱くなる。慌てて身体を反らした所為でバランスを崩して腕の中から落ちそうになったのだけれど、承太郎くんが直ぐに手を伸ばして私を支えてくれたので、落ちる事はなかった。色々な意味で煩い心臓を落ち着かせていると、承太郎くんが口を開く。

「射程距離を離れれば勝手に戻るだろうよ。そう心配しなくていい」
「……うん…」
「……それにしても、お前…」

 承太郎くんに抱き上げられているお陰で、丁度目線が同じくらいになっているポルナレフさんが、ずいと顔を寄せて来る。じいっと見つめられ、何だか居心地が悪い。「な、なんですか…?」と恐る恐る聞いたのと、ほぼ同時。

「かーわいいなァ〜!!」
「ひえッ!?」
「俺も抱っこさせてくれよ承太郎ッ!」

 ポルナレフさんはへらりと破顔すると、私と自分の額をこつんと合わせ、そのまま私の頭を撫でた。えらい近さである。わたわたしている私に構わず、ポルナレフさんは承太郎くんの腕の中から私をひょいと抱き上げた。
 ぎゅう、と抱き締められた上に、すりすりと頬をすり寄せられ、思わず「ぽ、ポルナレフさあん…!」と弱々しい声が漏れる。嫌じゃあないけれど、中身はそのままなので恥ずかしくて仕方がない。ポルナレフさんは、一応私が潰れないように加減はしてくれているようで、そこもまた何だかこそばゆく思えた。

「う、…う〜ッ、も、もう、恥ずかしいですッ…!わたし、外見はこどもですけど、中身はそのままなんですよッ…!?こ、こどもじゃあないのに〜ッ…!」
「まーまー、今くらい良いだろ?」
「よくないですよお〜ッ!お、下ろしてくださいッ!じぶんで歩けます!」
「…子供じゃあねーって言うがな、メイ。お前、駄々こねてる子供にしか見えねーぜ」
「だッ…!?こ、こねてない!下ろしてって言ってるだけ!」

 承太郎くんの言葉に噛み付いてみるけれど、宥めるように頭を撫でられてしまった。更には、ポルナレフさんにも「はいはい暴れんなって」なんて小さい子供に言い聞かせるように言われてしまい、私はむっと口を尖らせる。これじゃあ本当に子供扱いじゃあないか!
 私はばたばたと暴れ、ポルナレフさんの腕の中からぴょんと抜け出し、地面の上に何とか着地する。肩からずり落ちた制服を小さな手で直していると、ポルナレフさんが「つれねーなあ…」なんて残念そうに言う。

「もう一回!もう一回だけ抱っこさせてくれよ!頼むぜメイ〜ッ!」
「な、なんでそう抱っこしたがるんですか…!」
「…だめだぜ。こっちに来な、メイ」
「じょ、承太郎くんまでッ…!?」

 ポルナレフさんと承太郎くんが私の前にしゃがみ込んだ。二人で並び、おいでとばかりに両手を広げている姿は、何とも不思議な絵面である。随分と小さくなってしまった私に合わせてくれているのだろうけれど、ジョセフさんが見たら大笑いするんじゃあなかろうか。
 こっちに来い、と主張し合う二人に、私はおろおろとするしかない。周囲から視線をひしひしと感じるので、さっさとこの状況を切り抜けたいのだけれど――どちらかを選べばどちらかが機嫌を損ねるのは必至。

 ど、どうすればいいんだ…!?承太郎くんとポルナレフさんに忙しなく視線を行き来させ、小さく唸る。冷や汗を滲ませながら、逡巡していた時だった。ぼふん、という音と共に、目線がぐんと高くなる。
 きょとんとしていたのだけれど、ポルナレフさんの「あ〜〜ッ!?」という声で我に返る。視線を落とすと、小さくふくふくとしていた手は、いつも通り見慣れたサイズの手に戻っていた。

「も、戻ったあ〜ッ…!!」
「……も、戻ったァ……」
「……随分早かったな……」

 嬉々としている私の前で、ポルナレフさんと承太郎くんは残念そうに声を落とす。何でそんなに残念そうなんだ…。二人の様子に思わず苦笑しつつ、内心ではほっと息をついたのだった。