×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

過保護と頑固

▼ ▲ ▼


「――ッ、もう!承太郎くんの馬鹿!分からずや!もう知らない!!」

 激情に任せてそう言葉を投げ付けた私は、深いため息をついている承太郎くんを置いて、ホテルを飛び出した。行き先なんて決まっていないけれど、とにかく、承太郎くんから離れて一人になりたい。ずんずんと道を大股で歩く私は、さぞ恐ろしく見えたに違いなかった。

 ――きっかけは、SPW財団から杜王町にスタンド使いが居るらしいとの連絡を受けた事だった。連絡を受けた時、丁度承太郎くんは留守だったので、私は一人で調査をしに行ったのだ。せっかく杜王町に呼んで貰ったのだし、承太郎くんの役に立ちたくて、わざと一人で向かった。
 その後、スタンド使いと接触し、軽く戦闘になった。まあ若干焦ったものの、割と早い段階で説得出来た為、双方特に大きな怪我をする事もなく、丸く収める事が出来た。

 しかし、ホテルに戻ると、私を出迎えたのは明らかに機嫌の悪そうな承太郎くんだった。承太郎くんは少し遅れて連絡を受けたようなのだけれど、私が彼に相談せず、一人でスタンド使いの元へ向かったのが気に食わなかったらしい。そこからはお説教タイムが始まった。
 何故連絡しなかった、だの、一人で向かって危険だと思わなかったのか、だの、まるで親に怒られる子供のような気分だ。悪い事は何もしていない筈。それなのに、褒められるどころかお説教だなんて、と、私のテンションはだだ下がりだった。

 承太郎くんが私を心配してくれているのは分かるし、まあ多少過保護なところがあるのは昔からあった。しかし、反論した時に「駄々をこねるんじゃあない、メイ」なんてまるで幼い子供に言い聞かせるように言われて、ついカッとなってしまったのだ。心配してくれるのは有難いけれど、私は子供じゃあない。

「……大体、力になってくれって言うから杜王町に来たのに、一人でちょっと調査してただけで怒るなんておかしい…!私だってスタンド使いだし、そんなに過保護にならなくたって良いのに!そう思わない…!?」
「……そ、そうっスね…」

 ダン、とテーブルを叩くと、グラスの中の氷がカランと音を立てる。目の前に座る仗助くんは、「まあまあ、メイさん落ち着いて下さいっス…」と苦笑した。気持ちの収まらないまま、カフェ・ドゥ・マゴで一人お茶をしていたところに通り掛かった仗助くんを捕まえて、好きなものをおごる代わりに話を聞いて貰う事にしたのは、数十分前の事だ。
 少しクールダウンしようとドリンクを飲んで、一息つくと、喧嘩の愚痴を聞かされる仗助くんに何だか申し訳なくなって来た。少し恥ずかしくなって、「ご、ごめんね、つい…」と謝ると、仗助くんは「いえ」ともう一度苦笑する。

「……それにしても、承太郎さんってすげー過保護なんスね。…何となくそんな気はしましたけど」
「やっぱりそうだよね…!?承太郎くん、昔からそうなの。気持ちは嬉しいんだけど、行き過ぎるとちょっとね……」
「まあ、でも、それだけ大事に思われてるって事じゃあないっスか。ね?」
「そ、それはまあ、嬉しいけど……。いや、でも、そうやっていつも流されるから承太郎くんの過保護が直らないんだと思うの!だから今回ばかりは謝らない…!」

 ふん、と鼻を鳴らす私に、仗助くんは「……メイさんって結構ガンコっスよね…」と頬を掻いた。頑固なのは私じゃあなくて、承太郎くんの方だ。
 あまり長い時間仗助くんを引き止めておくのも申し訳ないので、そろそろお開きにした方が良いだろうか。そう思い、伝票に手を伸ばそうとした時だった。仗助くんが私を、いや、私の背後を見て、「あっ」と声を上げる。きょとんとしていると、聞き慣れた声が降って来た。

「メイ」

 名前を呼ばれたけれど、振り返りはしなかった。承太郎くんは私を迎えに来たらしいけれど、私もまだ意地を張っているので、ホテルにはまだ帰るつもりはない。むすっと口を尖らせているのが見えている仗助くんは、「メイさん…」と宥めるように私を呼んだ。知らない聞こえない。

「…まだへそを曲げているのか」
「……気が済んだら勝手に戻ります。もう少し放っておいてくれて良いから」
「……メイ」

 へそを曲げている、だなんて、また子供を相手にしているかのような言い方だ。まあ、へそを曲げているのは確かに事実ではあるけれど。指摘されたので、若干バツが悪い。
 おろおろとする仗助に、「気にしないで」と無理な注文を付け、ドリンクを啜る。少しの間の後、背後から「……仕方がないな」と呆れたような声が聞こえ、私は再びムッと口を尖らせた。

 その、直後。突然、座っている椅子が後方にガッと引かれた。驚いたのと同時、背後から回って来た腕が私の身体を攫うように持ち上げる。そして、気が付いた時には、承太郎くんの肩に担がれていた。
 思考が追い付かずにきょとんとしている私を他所に、承太郎くんは財布からお札を二枚取り出すと、伝票の下にスッと挟む。「邪魔したな」とだけ言い残し、呆気に取られる仗助くんをその場に置いたまま、承太郎くんはごく普通に歩き出そうとする。いやいや待て待て。

「ちょ、…ひ、人攫い…!下ろし――むぐッ!?」
「やれやれ…人聞きの悪い事を言うんじゃあない。誤解されたらどうする」

 このまま連れて行かれるのが嫌で声を上げたのだけれど、『スタープラチナ』の手に口を塞がれてしまった。一般人には見えないとはいえ、これでは本当に人攫いのようだ。
 私も負けじとシーフを呼び出し、『スタープラチナ』の手にバシバシと猫パンチをお見舞いする。…まあ、効いてはいないようだけれど。承太郎くんは「やれやれだぜ…」と再びお決まりの台詞を呟くと、そのまま歩き出したのだった。



***


 ――結局、ホテルまで連れ帰られてしまった。せめてもの抵抗として、むっすりとしてソファーに座っていると、承太郎くんが黙ったままで隣に座る。思い切り視線を逸らした私に、承太郎くんが静かに息を吐いた。

「メイ」
「……………」
「……メイ。悪かった」

 折れたのは承太郎くんの方だった。素直に謝られて、少しだけ心が揺らぐ。仗助くんには「今回ばかりは謝らない!」なんて言ったけれど、正直、いつまでも意地を張っている自分が何だか馬鹿みたいに思えたし、罪悪感が頭をもたげていた。そもそも、承太郎くんは私を心配して言っていただけで、何も悪い事はしていないのだ。
 いよいよバツが悪くなって来た私を他所に、承太郎くんは「…確かに過保護だったかもしれないが、それだけメイを大事にしたいんだ」と追い打ちをかけるように言った。そろりと承太郎くんの方を向けば、彼はいつになく真剣な表情を浮かべている。エメラルドグリーンの瞳と視線がかち合って、心臓が跳ねた。

「俺は何があってもお前を守るつもりでいる。だが、近くにいなければ守ってやれねえだろう。ただでさえ、お前は一人で無茶をするからな。…昔からそうだったが」

 「だからあまり目を離したくないんだ」と付け加えられ、思い当たる節がある私は静かに俯いた。昔、というのは、まあ言わずもがな十年前の旅の事だろう。思い返せば、過酷な旅だったから仕方がない事だったとはいえ、あの頃は結構な頻度で怪我をしていたような気がする。
 口を開き、何か言わなければと言葉を探している間に、承太郎くんは此方に手を伸ばして来て、そっと私の頭を撫でた。反射的に口を噤んだ私を見て、彼は更に言葉を続ける。

「…十年前の、エジプトでの決戦の後。お前が暫く目を覚まさなかった時、俺は生きた心地がしなかった。それに、酷く後悔したんだ。俺がその場に居れば、メイもこんな大怪我を負う事は無かったのにと思ってな」
「……そ、れは…」
「そういう経験をしているからこそ、もう二度とあんな思いはしたくねえ。…だから、つい過保護になってしまうんだろうな」

 その時の事を思い出してか、承太郎くんが悲しげな色を見せたものだから、胸がつきんと僅かに痛んだ。私も、エジプトの決戦で承太郎くんが血まみれで地面に倒れて動かないのを見た時は、生きた心地がしなかった。だから、彼の言う事も分かるのだ。
 こうなると、承太郎くんに対しての憤りは、もうすっかり何処かへ消えていた。寧ろ、今度は申し訳なさでいっぱいになっている。承太郎くんはわざわざ迎えにまで来てくれたというのに、一人で意地を張って、馬鹿みたいだ。しゅん、と気持ちが凹んでいくのを感じながら、私は承太郎くんの名前を呼ぶ。

「……ごめんね、承太郎くん。私、ちょっと意地張ってた…」
「…いや。そうさせたのは俺だろう」
「ううん。…正直に言うとね、承太郎くんにこっちに呼んで貰って、少し浮かれてたの。ちょっとは頼りにされてるんだって思ったら、その、…何だか嬉しくて」

 苦笑しながら、「スタンド使いの情報を貰った時、チャンスだって思ったの」と付け加える。一人で問題を解決して、私でも承太郎くんの力になれる事を証明したかったのだ。…今、冷静になって思えば、浅はかな考えだったけれど。
 今回は軽い戦闘で終わったけれど、もしも相手が強大な力を持っていたとしたら、私一人では危なかったかもしれない。大怪我を負って、また暫く意識が戻らない、なんて事になっていたら、承太郎くんはエジプトの時のように自分を責めていたかもしれないのだ。承太郎くんがそんな思いをしたくないと言うように、私ももう、彼にそんな思いをして欲しくない。

 「心配させてごめんね」と改めて謝れば、「俺の方こそすまなかった」と承太郎くんまで謝ってくれた。数秒間、無言のままで見つめ合っていると、どちらともなくふっと笑みが漏れる。
 何はともあれ、仲直りは出来た。密かにほっとしていると、「……メイ」と名前を呼ばれ、「うん?」と小首を傾げる。おもむろに立ち上がった承太郎くんを見上げ、きょとんとしていると、彼は静かに言葉を続けた。

「…お前が外に出ている間、SPW財団からまた連絡があってな。スタンド使いが関わっている可能性のある案件があるんだが…」
「そうなの?……あ、じゃあ、仗助くんに協力してくれるよう連絡しておこうか」
「いや。…メイの力を借りたい。一緒に来てくれるか」

 すっと手を差し出されて、思わず目を瞬く。こういう時は一人で調査しに行くか、仗助くんに協力を仰ぎに行くのに。それでも、私を指名してくれた事が嬉しくて堪らなくて、つい口元が緩んでしまった。

「…ふふ。…勿論、喜んで」

 差し出された手に、そっと自分のそれを重ねる。「頼りにしてるぜ」と言われて、「任せて下さい」と返せば、承太郎くんは小さく笑って私の手を引いたのだった。