私の恋人のグルーシャくんはとにかく私に甘い。それはもうナッペ山の雪が溶けてしまいそうなほどに。
 毎日の連絡を欠かさないのは当然で、次のお休みにどこそこへ行ってみたいといえばいいよと二つ返事で一緒に行ってくれるし、ほんの些細なことでも覚えていてくれて、そのことをすっかり忘れていた私を驚かせてくれたりなどなど。とにかく甘い。そして私のことを否定しない。そして私を不安にさせない先回りがとても上手だ。
 他の人よりもほんの少し嫉妬深い自覚がある私がグルーシャくんと付き合ってから嫉妬をしたことがないのはとてもすごい事だと思う。私の知らないところでそういったことがあるのかもしれないけれど、見えないようにしてくれているだけとてもありがたいことだと思う。前にそれが負担になっていないかと聞いてみたところ、ぼくのしたいようにしてるだけだけど? と不思議そうな顔をして返された。グルーシャくんにとってこれが恋人に対する当たり前らしい。

 今日はアカデミーの課外授業が始まって多忙になりつつあるグルーシャくんの貴重な丸一日のお休み。
 おでかけしたいところはもちろんあるけれど、今日はグルーシャくんとそのポケモンたちにしっかりとした休息をとってほしいのでお家デートだ。グルーシャくんのお家にお邪魔している。
 外は雪が積もって寒いけれどお家の中は暖かい。普段よりラフな格好をしたグルーシャくんがソファでチルタリスの羽のお手入れをしている。他の子は熱に弱いので暖房の入っていないひんやりとした別のお部屋。遊んでいるのかきゃいきゃいと賑やかな声が聞こえてくる。私の手持ちのコオリッポもその中に混じっているのか時折聞き慣れた鳴き声が届いてきた。

「……チルタリス、お疲れ様。終わったよ」

 グルーシャくんの終わりの合図にチルタリスは動かなさないようにしていた体をググッと伸ばしてから自分の寝床にふわりと着地をする。お手入れの間もうとうととしていたのでそのままお昼寝をするらしい。あっという間に可愛らしい寝息をたてはじめた。

「チルタリスふわふわになったね」

「うん。最近ちょっと時間がなくて最低限しかできなかったから今日はしっかりやれてよかった。……でもせっかく来てくれてるのにごめん」

「ううん、お手入れのしてるときのグルーシャくんみてるの好きだから謝らないで」

 お揃いのマグカップにコーヒーを淹れてグルーシャくんの隣へと座る。つい先ほどまでチルタリスがいたのでほんのり温かい。
 グルーシャくんは私がいるのにポケモンの相手をすることを申し訳なさそうにするけれど、パートナーたちに注ぐ視線が優しいので私はそれをみるのがとても好きだから気にした事はない。流石にポケモン相手に嫉妬することは……あまりにも私を蔑ろにしない限りはない、はずである。

「それに忙しい時くらい甘えてよ? 私グルーシャくんといられたらそれでいいんだよ」

「いつも甘えてるつもりだけど」

「そう? ならもっと甘えて!」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ぼく甘やかす方が好きなんだよね」

 そう言ったグルーシャくんはおいでと私を自分の足の間へと誘う。それが彼の望みならばと誘われるままにそこへ座れば、そのまま背中から抱きしめられ、平均よりほんの少し小さい私はすっぽりと収まることになる。背中から伝わる熱が愛おしい。
 時折髪をすかれながらそのままポケモンたちの声をBGMにゆったりとした時間が過ぎていく。
 そんな穏やかな時間の中でふとした疑問がわいてきた。

「ねぇ、グルーシャくんはいつも私のこと大切にしてくれるし、優先もしてくれるけど、私に嫌なところとか直してほしいところとかはないの?」

 付き合ってそこそこ長い時間を一緒に過ごしているけれど、私はそういった類のことをグルーシャくんから言われたことはない。それは逆も然りでグルーシャくんにそういったことを思ったことはないのだけれど。でも、彼と同じだけの気遣いを返せている自信がないのでふと気になってしまったのだ。
 私は自分がちっぽけな女だということはよく知っている。付き合い始めは特に酷かった。パルデア最強のジムリーダーといわれるあの絶対零度トリックと私なんて釣り合わないと一人で勝手に落ち込んでいたり……。その度嫌な顔ひとつせず掬い上げてくれたのはグルーシャくんだった。
 そんなグルーシャくんと私はずっと一緒にいたい。そんな彼に実はここが嫌だったと別れ際に言われるなんて絶対に避けたいことだ。

「……うーん。特に思いつかないけど。急にどうしたの?」

「知らないうちにグルーシャくんに嫌な思いさせてないかなって思って……」

「なまえはそのままで……あ」

 心当たりが出てきたようでグルーシャくんの動きが止まる。

「な、なに? 私ちゃんと直すから教えてほしい」

 私はグルーシャくんにどんな嫌な思いをさせてしまったのだろう。背中はグルーシャくんとピッタリとくっついていて温かいはずなのに、サッと熱が引いてしまったように背筋が冷たくなっている。何を言われるのか怖いけれど、顔を後ろへ向けてグルーシャくんを見つめた。

「……もっと自分が可愛いこと、ちゃんと自覚してほしい」

「え!?」

 思いもよらない言葉に私の口から素っ頓狂な声が飛び出した。そしてグルーシャくんの言葉を正しく理解した頭は急速に沸騰したかのようにカッと熱くなる。

「ぼくしかみてないことはわかってるけど、なまえはちょっと無防備だから。そういう可愛い顔もぼく以外にみせたらだめだよ」

 顔を真っ赤にして呆然としている私にグルーシャくんがそっと口付ける。

「返事は?」

「……ひゃい」

 こくこくと頷けば、わかればよしと言わんばかりにグルーシャくんは目を細める。額を軽くあわせ、そしてもう一度私に優しく口付けを落とした。

 やっぱりグルーシャくんは私にだけとにかく甘すぎる! ある程度は慣れたつもりだったのに心臓が持ちません! なんてうれしい悲鳴を私は心の中で大きく叫んだのだった。





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