さてお掃除が終わった後はお買い物である。
気がつけば時刻は13時を過ぎており昼食も買い物ついでに済ませたいところではあるのだが。
なまえは半兵衛をちらりと盗み見る。
掃除が終わった後に自宅についての説明をしただけでも多大なる疲労感。これで外出なんてさせたらーーー先の見えない問答に意識を失いそうだった。
現代社会において当たり前にあるもので漠然と物の仕組みを理解しているとはいえなまえがうまく説明できるはずもなく、現代の知識が不足しておりそれを必要としている半兵衛の質問にうまく説明ができなかったのだ。
ここまでモノを知らないのは演技とは思えず、質問の内容も知らないからこその着眼点とも言えるものが多いように感じた。かといってタイムスリップなんて荒唐無稽すぎて……考えれば考えるほどなまえの思考はどツボにハマっていきそうだった。
こうしている間にも時間は過ぎていく。今日必要なものはいくつもあり、歯ブラシなど消耗品、サイズの合った洋服に靴も必要だろう。メンズサイズはよくわからないし一度は店頭で確認すべきだ思う。布団はあれど新しいシーツくらいは用意すべきだと思うし、一番必要なのは夕飯の材料だ。朝食分でちょうどなくなった。
なまえは意を決して立ち上がる。

「半兵衛さん、お買い物行こう」



お外に出るあたり幼い子供へと言い聞かせるような注意事項を並べ立て、気になることがあれば家に帰ってから答えるから騒がないでほしいことを約束させて家を出られたのは14時。
すっかりお腹はからっぽになっており買い出しの前に腹ごしらえだなと助手席に半兵衛を乗せた車のアクセルを踏んだ。
半兵衛と言えばはじめて乗る車に興奮しており流れていく景色を堪能するように眺めている。好奇心に満ち溢れた黒目がちの瞳を爛々と輝かせている姿はとてもじゃないが年上には見えない。

10分ほど走らせれば目的のショッピングモールへ到着する。田舎の味方、なんでも揃うショッピングモールだ。
なまえの家のあたりは住宅の少ない閑散とした場所ではあるが車で10分もすればこうしたモール、病院や飲食店が固まっている地域があるのでなまえは割と便利だと思っている。
ひとまずは昼食だとなまえは半兵衛を伴ってモール内のファミレスへ向かう。あえてのファミレスでそれを見た半兵衛の反応を見たかったからだ。
それはなまえの首を絞めることとなったのだが。
メニューの名前が読めない、写真を見てもどういうものかわからない。その半兵衛への説明のために向かい合わせでなく横で座る羽目になり、周囲から生暖かいバカップルを見るような視線を頂いてしまった。それに半兵衛は一見見目麗しい美少年。サイズの合ってない少しばかりダサい服装でも顔が全てを解決してくれるほどのルックスの持ち主だ。若い女性からの視線も痛かった。すでになまえのライフポイントは点滅していた。
その半兵衛もなまえが自分の反応を見るためにここへ連れてきたということを察しており、彼女への意趣返しとしてやった確信犯だということは半兵衛しか知らぬことである。

やれ洋服だ、シーツだと結構な荷物を半兵衛へと持たせているわけだが、その体躯に見合わず力はあるらしい。なまえは内心感心しているとその半兵衛はとあるお店の前で足を止めた。

「ここって……」

「本屋だけど」

「ちょっと見てもいい?」

少しくらいなら構わないだろうとなまえは頷く。ありがとう、と半兵衛は嬉しそうに笑って店内へと進んだ。なまえも続いて足を踏み入れ、両手に荷物は見辛いだろうと軽い方の袋を持てばまた半兵衛はお礼を告げる。

「こーんなにたくさん本があるのに……」

先程とは一転、意気消沈気味の半兵衛は四百年後の字が読めないことに落ち込んでいた。断片的に理解できるものもあるが、あくまで断片的。完全に理解して読めるわけじゃない。四百年もの歳月はここまで言葉の形を変えるのかと思うと同時に、機械で打ち込まれた読みやすい字、大量生産された本、なまえに聞いた識字率の高さに驚きと感動すら覚えていた。が、しかし自分が読めないならそこにある本も意味がない。

「半兵衛さん」

ふと側から離れていたなまえが半兵衛に駆け寄ってくる。手には先程商品が見やすいようにと半兵衛から持っていった袋と片手には何やら別の袋が下げられていた。

「これ……えっと馬鹿にしてるとかじゃないからね? 子供用教材なんだけど……」

なまえが持っていた袋の中に入っていたものは小学生向けの漢字ドリルやシャーペンなどの文具、あいうえお表と大学ノート。字が読めないことにあまりにも意気消沈している様を見て探してきたそれらは人によってバカにしてると思われても仕方のないものだった。まだ半兵衛のことを信じきれていないなまえは恐る恐るそれを差し出す。

「ええと、その、普通に本読めるくらいにだったら私も教えられると思うから……」

気恥ずかしさからかなまえの頬は薄桃色が広がっており、半兵衛にそれらを受け取らせると先に本屋から出て行ってしまった。
くすり、小さく半兵衛は笑みを落とした。
可愛いところあるじゃん、なんて半兵衛も照れ隠しだったのかもしれない。受け取ったそれに思った以上の嬉しさと彼女の優しさに胸が締め付けられる。
知らない時代、知らない世界、知らない常識。そんな一人ぼっちの世界で無理やりとはいえ自分の世話をさせることになった彼女はお人好しで。感じないように考えないように思わないようにしていたとはいえ半兵衛も不安だった。その中で自分のためにと彼女が考えて買ってくれたそれらはあまりにも暖かくて半兵衛の心は満たされる。そして無性に仲間に会いたくなった。


買い物から帰宅するとなまえは新品のシーツや今日の寝巻きとなるスウェット、下着などを洗濯機へ突っ込んでからリビングへ向かう。先程から後ろに半兵衛が付いて回り外のあれこれを半兵衛に質問責めされている。その様はまるで飼い主について回る子犬のようにも見えるがそれを指摘する者はいない。

疲弊する質問責めが終わる頃には乾燥機に移し替えた洗濯物が乾いていた。半兵衛の関心はすでに買ってもらった文字の教材に移っており、その間に彼の部屋へと布団を運び込んでシーツをつけて畳んで置いておいた。場合によっては勉強用の机も必要になってくるかもしれない。確か物置にあったような気がすると思い起こす。
部屋で調べ物をしていると半兵衛に声をかけると気の抜けた返事だけ聞こえた。本当に聞いてるのか聞いてないのかイマイチよくわからないが返事をしたんだからいいかと結論づけて、自室にあるノートPCの電源をつける。久々に起動させたそれは起動音を響かせてすぐデスクトップに切り替わる。
マウスを動かして検索エンジンを立ち上げる。そこに打ち込んだ言葉は竹中半兵衛、である。
ウィキをクリックし、内容を確認していく。スクリーンに目を滑らせていくと歴史上の竹中半兵衛について教えてくれた。
かの有名な豊臣秀吉に仕えた軍師。黒田官兵衛と共に両兵衛と称されたこと。そしてーーー病に倒れ、陣中にて若くして死去。享年36歳。あまりにもはやい死になまえはスクロールの動きを止めた。
彼が本当に竹中半兵衛だというならもう何年かしたら病気になるの?と、今は健康そのものでありそうな半兵衛を思い返す。いや、まさかね……と思考を振り払おうにもモヤモヤとしたものが心中に残る。
次になまえが検索エンジンに入れたワードは戸籍の取得の仕方だった。これは割と上の方に前例が出てきた。記憶喪失になった男性が新しく取得することを認めたという前例。
ふむ、となまえは体を伸ばす。椅子がギシリと音を上げた。
万が一彼が竹中半兵衛として、近いうちに体を悪くしたとしたら。健康保険はもちろん多くの権利を使わねば彼を治療するのは難しい。それだけでなく風邪などひいたときにも必要だ。円滑にここの国で生活してもらうには戸籍というものは必要不可欠であるといえる。戸籍を取得し、健康保険に加入し、病に倒れた際は十分な治療を受けられるだろうが、それは果たして正解なのだろうか。歴史を捻じ曲げることになるのでは。
なまえは天井を仰ぎながら瞳を閉じる。
死なれるのは嫌だと、思った。もう人が逝くところは見たくない。それだけでもうなまえがどうするかは決まった。
戸籍の取得、なんて大掛かりなことを言い出せば今までの言動が嘘だとしたら大いに焦ることだろう。でも本当に史実通り倒れたならば、なまえは何もしないという選択はとれないと思うから。
しばらくは忙しくなりそうだと、大きく息を吐き出した。


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