なまえは頭を抑えた。その原因は現在ダイニングテーブルの椅子に居心地悪そうに座っている竹中半兵衛と名乗る男のせいである。
あれから寝室から追い出し着替えをすませると、半兵衛の身を包む時代錯誤な頼りない夜着である浴衣から父の着ていた無地のパーカーとジャージに着がえさせた。サイズ感があっておらずどことなくヒップホップな雰囲気になっているが、なまえの父が太っていたわけではなく半兵衛が小柄なのだ。少年と見紛うほど。
彼は戦国時代からタイムスリップしてきたと突拍子も無いことを言い、ごり押しとも言いくるめたとも言える口八丁でなまえの家に居つくことになった。
ただなまえもそれがただの嘘にもみえなくて警察に突き出すのはもう少し様子を見ることにしたとも言える。ただ父の親友である警官に相談するつもりではあるが。
今現在は朝食を取るべく朝から珍しく台所へと立っていた。半兵衛はキッチンですら物珍しいようで先ほどまで後ろをついて回っていたが、流石に刃物と火を扱うから危ないと無理やりダイニングテーブルに座らせてきた。朝食後に質問責めが待っているかと思うと少しうんざりするとともに、本当に何も分からないのか?とタイムスリップ説に納得してしまいそうな自分もいた。なんにせよそれが本当で嘘か、なまえに確かめるすべはなく見極めるしかないのだ。

「味は保証しないけれど、どうぞ」

「……こうしてご飯が食べられるだけありがたいよ、ありがとう」

炊きたてのご飯と味噌汁、ハムエッグに付け合わせのサラダとお漬物。なんの変哲も無い一般的な朝食であるそれに半兵衛は動きを止めた。

「えっ、これ白米? こんないいもの食べていいの?」

「? 残念ながら特売の安いお米だけど……」

「……あー、食糧事情も全然違うのかぁ。割と一般的な食事?」

「うん」

「いちいち驚いてたら身がもたないや……。よし、いただきます!」

手を合わせて半兵衛は箸をとった。なまえには四百年前はどういった食生活を送っていたかなんてわからないし、それに合わせるつもりはない。けれど多大なギャップがあることは想像には難しくない。
なまえが戦国時代について知っていることは織田信長や徳川家康といった一部の武将と名前とほとんど覚えていない歴史の授業くらい。本能寺の変やらあり、紆余曲折、最終的に徳川が江戸幕府を興す……といった薄っぺらいもの。
竹中半兵衛という名前も知っているだけでどんな武将か、何をなしてどこに所属していたかなんて知らない。あとで調べてみるかとなまえは思案した。

「おいっしーね! これおかわりってある?」

「冷やご飯だったらあるけど、それでいいなら」

「四百年後の食生活、最高〜!」

細身の体にもりもりとご飯を詰め込んでいく様子を横目になまえは昨日のあまりである冷やご飯をレンジへ突っ込んだ。



さて生憎今日、仕事は休みである。

「そういえばここってなまえひとりで住んでるの?」

すっかりこの家に順応したのかソファにダラダラと座る半兵衛はなまえ以外に家の中から気配のしないことを感じてそう聞いた。
食生活からいいとこの家の子なのかと思えば至って一般的だと返された。料理も彼女自身が作っており使用人がいないことからもどこかのお姫様ではないらしい。
それにしてもひとりで暮らすには広い家だと感じた。家族がいるのならばお世話になるのは難しくなるかもしれない。置いてもらえるようになにか考えるつもりではいるが。

「そう。一人暮らし。ーー両親は私が成人した頃に事故で二人とも亡くなった」

なまえは事も無げに淡々と半兵衛へと答えた。なまえにとって消化して受け入れた事柄である。隠しておくようなことでもないしひとりであるといえば後に問われることはわかっている。先回りしただけに過ぎない。

「ふぅん、そっか」

あっさりと半兵衛は言葉を受け取った。変に慰められ声をかけられるよりよっぽどいいとなまえは思う。他に人がいておいてもらえるよう説得する人物がいなくていいという打算かもしれないが。

「この家は両親から相続して住み続けてるの。ひとりで生活するには広いから使ってない部屋は掃除してな、い……あー、半兵衛さんのお部屋作らないといけないね」

今思い出したとなまえはめんどくさそうに声を上げた。

「ちょっと、自分のお部屋なんだから半兵衛さんも手伝って」

「……う、流石に断れない」

「めんどくさいのは私も一緒」

なまえは掃除機を持ち出し、雑巾や水の入ったバケツを持たせた半兵衛を伴ってある一室へ足へ向ける。二階にあるなまえの隣の部屋だ。そこは閑散としていて物はなにもなく、完全な空き部屋だった。少し埃っぽくはあるが、カーテンレールから埃を落として掃除機をかけ、水拭きをすればすぐに使えるようになるだろう。

「お掃除が終わったらお買い物いこう」

家に受け入れると決めたなまえはもうなるようになれと今できることをすると決めた。楽観的といえばそうも見えるが、半兵衛にはそれだけには見えなかった。ただそれが何かは、わからないけれど。
部屋の掃除を進めながらなまえは情報を共有することにした。一緒に住むのであれば知っておいて貰わねば困ると判断したからだ。先程の身の上話もせねばなるまい事項ではあったのでついでもといえた。

「で、両親は私が何もしなくても生活できるくらいのお金と財産を残してくれてる。仕事もしてるけど、まあ所有物件のコンシェルジュ……うーん、管理人?みたいなことしてる。で、今日はお休みだけれど日中は家を空けるから……」

「えっ、ちょっと、お金のこと俺に話すなんて不用心すぎない?」

「半兵衛さんが私を殺して財産を奪おうとしても無理だから大丈夫。その辺り父が懇意にしていた人にお願いしてあるから。法律的…国の決めたルールで無理やり盗ることも出来ないし、残念ながら家に必要以上の現金はないし」

「だとしてもさぁ……。俺がいうのもなんだけど、危機感足りてなくない?」

「それならそれで、そういうことだったんじゃない。ま、生かして私を使った方が半兵衛さんからしたらお得だと思うしね」

一緒に生活するにあたって半兵衛に不自由させるつもりはなまえにはなかった。一人でなかなか使わないお金は通帳へと数字を重ねていくだけで、彼女にとってただ虚しいだけだったから。その積み重ねた分だけ自分はひとりでいたのだと思うと言い知れない感情が胸を締め付ける。そのこともあり残高はよく見てはないものの、半兵衛を養っていくことは難しくはない。
ないよりもあるほうがいい、なまえもそれはわかっているしこうして両親が彼女を思い残していったことについては感謝をしている。……でもそれより、まだ、側にいて欲しかったと今より少し幼い自分が呟いた。
半兵衛は手を止めてなまえを見ていた。半兵衛が手を止めていることになまえは気付かず掃除をしている。
なまえの話を聞いて半兵衛は特別珍しいことだと思わなかった。激動の時代を生きている半兵衛には両親を亡くした子供は珍しくもなく、こうして資産を残していってもらえた彼女は十分幸せだと思う。その辺りは彼女も理解はしているようで、感謝の中にある滲ませた寂しさを半兵衛は感じ取っていた。ただ何を幸せか不幸か、それはその人が決めることであるが故に半兵衛は何も言わなかった。
ただ。ただ、なまえの言葉の節々に生への執着を感じないことだけが気に入らなかった。生きたくても死んでいくものを何人も見送っていた半兵衛からすればあまり良く思われなくても当然といえる。
自分たちがいなくても不自由なく生活出来るように、幸せになれるように。きっと彼女のご両親はそう思って築き上げてきたのであろう。それを彼女は両親の死を受け入れたフリをして目をそらしているように半兵衛には見えていた。
半兵衛をあっさり受け入れた危機感のなさはそこから来ているのかもしれない。最初の警戒心からして進んで死を受け入れることはないだろうが、ふと消えてしまいそうな危うさがのぞいていた。それこそ先ほど半兵衛が感じたものだった。
ーー気に入らないなぁ。
半兵衛は声に出さず軽く目を細めた。


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