「こらー! 走ったら危ないでしょ! 手をつなぐお約束、忘れちゃった?」
「ごめんなさい。はい、手!」
「手を離したらダメよ?」
「はーい!」
彼女の傍にいるのは4〜5歳の男の子だろうか。黒目くりくりとした瞳は完全に父親ゆずりで、色素の少し薄い髪に口の形は母親にそっくりだった。
「ねー、パパのおはなしして?」
「そうね、おうちに帰ったらたくさんしてあげる」
「じゃあ早くかえろ?」
ぐいぐいと母親の手を引っ張る男の子は無邪気に笑い、母親も幸せそうに微笑む。
年齢に比べ利発で賢く、少し体は小さいものの運動も上手ですくすくと大きく育つ我が子に、愛する人の片鱗がだんだんと見えてきて親子なんだなと彼女は思う。
半兵衛さん、この子はこんなにも貴方に似てるよ。
この子と二人で貴方の作った未来を生きて行きます。
遠い昔の彼を思い、青空を見上げた。
「もう、半兵衛ってば! まーたお見合い断ったの?」
「言ったじゃないですか、俺、結婚する気なんてありませんー」
「んもう! いい子なんだよ、一回でいいから会ってみない?」
「しつこいですってば〜。会っても俺の気持ちは変わらないし、会うだけ時間の無駄です」
主君の奥方から持ち込まれるお見合いの数々に半兵衛は疲弊していた。何度断ってもやってくるそれについつい言葉がキツくなってしまうのは仕方のないことだろう。
血統を繋げていくためにも必要なこととわかっていたが、想い続けてくれるなまえに自分も報いたかった。ペンダントの中で微笑むなまえを自分も想い続けていたい。
最悪養子という手段だってある。妻を迎えることだけは絶対に嫌だった。
「もう、意固地だね! なんでそんなに結婚がいやなの?」
「逆に結婚のなにがいいんですか?」
「そんなの私と御前様を見てたらわかるじゃない?」
「わからないですね〜。というか、俺忙しいんで、失礼しまーす」
「ちょっと! まだ話は終わってないーーー」
パタリと襖を閉めるとそのままお気に入りのお昼寝の場所へ向かう。仕事の気分じゃない、癒されたい。
寝転んだ半兵衛は胸元に下げてあるペンダントを取り出してパチリと開ける。微笑んでいるなまえがそこにはいた。
会いたい、会いたいな。
募る想いは変わることなく膨らんでいく。二度と会えなくとも二人で過ごしたあの時間は確かに幸せで、何者にも変えがたい。
いつかの遠い空の下。彼女が幸せでありますように。