昔は不治の病とされてきた結核ではあるが、今の時代では治療法が確立されており昔ほどの脅威はなくなった。とはいえ調べてみると年間でかかる人間はいるし、亡くなっている人もいる。過去の病ではない。
体の弱い方である半兵衛ではあるが、現代日本に来てからは栄養のあるものをたくさん食べてよく昼寝もし、仕事に忙殺されることはなく、比較的穏やかに過ごしている。戦国の世に帰れないことが心の引っ掛かりではあるものの、健康的な生活をしているし体が鈍らないように実は運動も怠っていなかった。そういった生活習慣のおかげなのか体力も十分、ただ免疫が低いものの順調に治療は勧められていた。免疫に関しては予防接種など受けているわけではないので仕方ないともいえる。
長期の入院にあたるため、なまえは仕事を早めに終わらせて毎日半兵衛の病室へ面会に訪れていた。ポケットwi-fiを用意し、ノートPCも用意して、タブレット端末に本をダウンロード購入できる環境もありなかなかに充実している。それでも人恋しいのか、なまえの顔をみると半兵衛は嬉しそうに笑うのだ。

「お疲れ様〜!」

「ありがとう。検査結果どうだった?」

「うん、あと一回の検査で菌がいなければ退院だって。早く退院したい〜」

すでに入院期間は半年ほど経っていた。その期間あまり運動ができていないのもあり、筋肉量が落ちてきているが顔色はいい。それよりもなによりも半兵衛は入院生活に飽きていた。病院食も真っ白なこの病室も、消毒液の匂いにもうんざりしていた。
毎日欠かさずになまえが顔を見せてくれるのが癒しで、離れている間なにかあるのではと心配していたものの特に問題は起きることなく、定期的に楠木が様子を見に行ってくれているらしい。半兵衛がいない今、前のこともあって楠木も心配しているようだ。そうして様子を見に行ってくれているというだけで半兵衛は多少安心できた。
しかしあと一回、検査で問題がなければ退院できる。早くなまえの手料理が食べたいとぼやく半兵衛になまえはくすりと笑みをこぼした。

そうして最後の検査も問題なく待ちに待った退院の日。投薬はまだまだ続くものの、体調的には全く問題はない。
久しぶりの我が家だ。いつの間にか半兵衛にとっても帰る場所となっていた。

「おかえりなさい、半兵衛さん」

「ただいま、なまえ」

微笑み、迎え入れてくれるなまえ。その照れを含んだはにかみ顔がとても愛しくて、どうしようもなく大切なものになっていた。半兵衛もなまえに微笑みを返して、久しぶりに二人で食卓を囲んだ。その穏やかな時間が終わりに近づいていることを、半兵衛は漠然と理解していた。

なまえは久しぶりに人の気配のある家にホッとしていた。半兵衛がいなかった時は当たり前だったことではあるが、入院してからというもののどこか寂しく、心細かった。退院を心待ちにしていたのは言葉にはしなかったものの、なまえも同じだった。
半兵衛が入院してから改めて彼のことをもう一度調べた。死因調べるためだった。労咳、肺の病気、肺炎、結核、肺結核。様々な考察が出てくるもののどれも肺に関係するものが多かった。やっぱりか、それが率直な感想で。だからといってなまえが行動を変えることはない。ただ知りたかっただけなのだ。
人一人の未来を変えることが軽いことではないと分かっているつもりだったけれど、思ったよりも気持ちは凪いでいた。
隣の部屋から半兵衛の気配がする。その事実にひどく安心していた。生きていてくれてよかったと。まだ投薬が必要ではあるが、今までの経過が順調そのものなので恐らくこのまま終息していくだろう。
人一人の運命を、過去を変えてしまったことはなまえだけが知っている。それがどれだけの影響をもたらすかなんてわからないけれど、後悔なんて何一つなかった。

久しぶりに自分にあてがわれている部屋の布団に寝転んでいる。その布団はふかふかとしていて息を吸い込めば太陽の匂いがした。部屋の中も清潔に保たれており、なまえが半兵衛の入院中も定期的に掃除をしてくれていたことがわかる。
眠るべく暗闇の中で瞳を閉じたもののなかなか眠気がやってこない。漠然と感じた終わりが怖かった。
あれほど帰りたかった戦国の世に帰れるというのに、なまえという未練が出来た今は手放しで終わりを喜ぶことができなかった。でも戦国の世を捨て去りなまえを選ぶことができないということは何故かわかっていた。必ず自分はあそこに戻ることになると。
なまえへの気持ちは日毎大きくなっていき、今ではもう溢れそうになっている。なまえもなまえで自身のことを憎からず想ってくれていることはわかっていた。自分にだけ向けてくれるあの柔らかな笑み、最初会った時と全く違う豊かな表情。ひとつひとつ、新たな部分を見つけるたびに好きになっていった。
どうして生きる時代が違うんだろう。彼女の生きる理由になりたいのに。運命を呪うことしかできない自分の無力さが嫌だった。


退院してからは入院前と同じ生活を続けていた。投薬治療も予想通りに順調そのもので、もう少ししたら投薬も終わるそうだ。度々飲み忘れそうになる半兵衛になまえは手を焼きながらも、やっと見えた終わりに安堵のため息を吐いた。
そんなおり、半兵衛からひとつ提案される。

「温泉いこう!」

「温泉?」

「だって旅行とかしたことないじゃん? 俺、温泉大好きなんだ! ね、いいでしょ?」

「んー、そうだねぇ。うん行こうか!」

「わーい! じゃあ宿選びとか俺に任せて? 楽しみだな〜! 山と海、希望はある?」

「どっちでもいいかなぁ。任せるよ」

思えば旅行なんて何年行っていないだろう。記憶を掘り起こすと最後に行ったのは生前両親と行ったきりだったと思い出す。
なまえから了承を得られた半兵衛は嬉しそうに笑い、早速温泉地を調べているようだ。スマートフォンの画面に指を滑らせている。すっかり使いこなし、なまえよりも半兵衛の方が電子機器に関しては詳しいかもしれない。ちなみにPCのタイピングも早い。
気付けば半兵衛と暮らし始めて季節が一巡していた。入院生活もあり、半分ほどはここで暮らしていなかったもののなまえにとって半兵衛がいることが当たり前となっていた。
旅行でこんなに喜ぶのなら、今度は世界的なテーマパークへ行くのもいいかもしれない。二人で美味しいもの食べに北海道とか、海外へ行くのも楽しそう。
なまえは自分でも気付かないうちに笑っていた。半兵衛と一緒ならどこへ行っても楽しいから、いろんなところに行けるといいな。
なまえは期待に胸を弾ませ、来たる旅行の日を待ち望んだ。


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