あれからどこに行くにもなまえは半兵衛から離れなかったし、半兵衛も極力なまえの側にいるようになった。今のところなんの接触もないけれど似たような背格好の人物を見る度に震えるなまえに、半兵衛は目を離すことができなかった。
もうあの男にあったショッピングモールには行っていない。少し遠くのスーパーへ足を伸ばすようになったり、生活範囲を変えたことを除けば普段とあまり変わることがない生活である。
その間に一向に記憶の戻らない様子(を装った)の半兵衛に楠木と相談をして戸籍の取得へと本格的に動き出し始めた。ちなみに名前は半兵衛だとあまりに時代錯誤かつ有名であるので、竹中重治と書類上はなっている。年齢は成人したころになっているので書類上ではなまえの方が年上だ。
その際楠木にあの男について相談もしてある。……特に犯行を犯した訳でもないので今すぐにどうにかできるわけではないが。実績づくりは保険のようなものだ。


そうして一ヶ月が過ぎ去った。
あの頃の恐怖は薄れ、警戒は引き続きしているもののなんの音沙汰もないそれにもう自分の元へ来ないのではないかと思っていた頃。
その日は休日でいつも通りに食材や必需品の買い出しを行なって、車へと戻れば見覚えのない男たちがなまえの自家用車に群がっていた。5、6人だろうか。それに気づいた2人は歩みを止めていると、なまえの姿を認めた男が一人飛び出してきた。

「やっとみつけた」

「ひっ……!」

アイツだ。なまえは震え上がり顔を青ざめさせた。諦めずになまえのことを探し続けていたらしい。
他の男たちも目的と人物が来たことがわかったのかずらずらとやってくる。
半兵衛はなまえを庇うように背に隠し、観察する。……大したことなさそうだな。それが半兵衛の感想だった。しかしそんな大したことないやつらのせいでなまえが怯えている。雑魚の集まりの癖に、と内心毒を吐く。
そんな庇う半兵衛に男は鼻で笑った。完全に見た目で侮っている。それもそれで好都合だと思う。目一杯警戒されるとやり辛い。侮られることよりも早く終わらせてなまえの怯えを取り除いてあげたかった。

「あ? またお前かクソガキ。どけよ、なまえに話しがあるんだ。お呼びじゃねーんだよ」

「そんな大人数で? 脅迫にしか見えないけど?」

「大人しく言うこと聞けばなんもしねーよ」

案に自分の言うことを聞かなければ何かするといっているようにしか聞こえない言葉に小さく溜息を吐く。
今なお後ろで震え続けるなまえの手を握れば震えは落ち着いていき冷え切った指にゆっくりと体温が戻っていく。取り戻した体温が頼りにしてくれているんだと伝えてくれているようで、場違いにもうれしくなってしまったが、今は目の前の男たちを処理しなければならない。

「なぁ、ヨリ戻そうぜ? 俺たち上手くやってただろ? ずっとお前のこと忘れられなかったんだよ」

ヘラヘラ笑いながら言う男の言葉を誰が信じるものか。後ろの男たちもゲラゲラと下品な笑い声をあげた。

「お前も俺が好きだっただろ? なあ、やり直そうぜ」

半兵衛はぎゅうと少し力を込めて手を握る。なんでも好きなこと言い返してもいいと、どうにかできるから大丈夫だと。そう思いを込めたそれになまえからも弱々しいながらも握り返された。

「絶対に嫌!!!!」

すう、と大きく吸った空気は確かな響きを乗せて吐き出された。少しも震えのないそれは力強く、全てを持って男を拒絶する。
そのハッキリとした言葉に男は顔を真っ赤にして、語気を荒げ手を振り上げた。

「クッソこのアマ! 大人しく言うことを聞け!!」

「はーい、そこまで。俺がなまえに指一本触れさせるわけないでしょ」

反転。気付いたら男は空を見上げていた。一瞬何が起こったのか理解できずにいたが、投げ飛ばされたのだと理解した瞬間に背中に激痛が走った。まともに受け身をとれなかったのだから当然と言えば当然だ。情けない悲鳴を上げて痛みを逃がすために左右に転がる。
それを見た男たちが逆上して一気に半兵衛へと襲いかかるも、それも一瞬にして地へと投げ飛ばされる。コンクリートの上にあっという間に転がされた男たちは、この小柄な男にやられたなんて理解が出来なかった。しかし襲ってくる痛みは確かで、強かに打ち付けられた体に悲鳴をあげて情けなく転がることしかできなかった。
その鮮やかな手腕になまえも目を奪われていた。体格差を物ともせず涼しい顔で投げ飛ばすその姿に見惚れてしまう。紅潮した頬に気付かないまま半兵衛の背中を見つめていた。

「ねぇ、まだやる? 君たちに1mmも勝ち目なんてないとおもうけど?」

殺意を込めて見下した半兵衛の蔑むような視線に、本能で勝てないことを悟った男たちは情けない声をあげて逃げ出していく。一番強く打ち付けられたあの男だけを残して他は走り去っていった。見捨てられたのである。

「おい! まて!! 山分けっつったろ!!」

「あーらら。可哀想に。見捨てられちゃったね」

「く、クッソ……!! 覚えてやがれ!!!」

「さよーならー。二度と会うことはないけどね」

テンプレートな小悪党のような台詞を残して男も走り去っていった。まだ体が痛むのか、その走る姿は情けなくて哀愁を誘う。まぁワザと強めに投げたんだけど、と内心鬱憤を晴らした半兵衛は満足していた。
奥まった駐車場であったので人影はなく騒ぎにはなっていない。半兵衛はあるものの角度を確認すると満足げに頷き、なまえへと振り返った。

「さ、もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」

怖かっただろうにしっかりと言い返していたなまえを半兵衛は優しく褒める。
よしよしと頭を撫でれば硬直していたなまえは緊張が途切れたのかあっという間に瞳に涙を溜めると、感極まったのか半兵衛にぎゅうぎゅうとしがみついて泣き始めた。それが安心からくるものだと理解しているので半兵衛も背中に手を回してゆっくりと撫でた。
しばらくそうしていれば落ち着いたなまえは恥ずかしそうに体を離そうとするけれど、半兵衛はもう少しご褒美が欲しいと言わんばかりにそのまま抱きすくめる。それに気づいたなまえは頬を真っ赤にして慌て出した。恐怖なんかすっかり抜け落ちて頭が半兵衛でいっぱいであろうその様子をみて満足したのか、もう一度強めに抱きしめてからようやく離した。

「さて、なまえ。楠木さんに連絡できる?」

「う、うん」

「そうしたらあそこの防犯カメラ調べてもらおうね。証拠がたっぷりあるはずだよ」

にやりと笑ったその姿はどことなく悪どくて、全ては半兵衛の掌の上だったのだとなまえはそこで理解した。
半兵衛の言葉通り、防犯カメラには一部始終がしっかりと記録されていた。ポジションもアングルも完璧な角度で一方的に襲われる様に半兵衛に庇われるなまえ。顔もしっかりと記録されており、間違いなく逮捕できるとのことで半兵衛の言葉通りなまえの前に二度と現れることはないだろう。
正当防衛として相手を投げ飛ばしていた半兵衛の方も相手は打撲程度で済んでいることから過剰防衛には当てはまらず、こちらも問題なしとのことでホッとする。
こうして元カレ騒動は終幕するのだった。

後日わかったことであるが、やはり奴らはなまえを脅してお金を毟り取り、山分けする予定だったらしい。危ないグループとの関わりや違法薬物、余罪がわんさかと出てきており重ねて追求が行われている。天涯孤独であるなまえ自身をも売り飛ばす予定だったと聞いた時にはゾッとしたものの、半兵衛のおかげで何事もなく終わったことに感謝をした。
今回の件で楠木も半兵衛に対する警戒がなくなったようで、なまえを託すように任せると言葉をかけていた。映像で見た腕っ節の強さ、その後になまえが信頼しているように身を寄せるその姿を見てしまえば楠木は認めざるを得なかった。なまえが人に甘えられないのはよく知っているからこそ、だ。楠木の言葉に力強く頷いた竹中重治と名乗るようになった男に初めて出会った時の面影はなく、まるで別人のように感じた。前の弱々しい様よりはよっぽど好感が持てるし、なまえをしっかりと守りきったあの姿を信じることとした。

こうしてようやく二人に平穏が訪れた。


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