like it rough |
錆びた鉄の味がするのは、昨日の戦いで負った傷か、それともその後の行為の間に噛んだのか、彼は覚えがなかった。 血と戦いとセックスという3つの単語だけで単純に、自分の日常は説明がつくとエースは思う。彼を取り巻く人間が、敵か味方かという2つの言葉で、あるいは自分より強いか弱いかという2つのカテゴリーで綺麗に整理できるように。 味方じゃなかったら、戦うだけだった。戦ってみて、自分の方が強いと確かめて安心する。 すべてを焼き尽くし、最後に立っているのが自分だと確認した瞬間だけ、駆り立てる焦燥から解放される。 碧く深い海の上で、巨大な海賊船が無慈悲に、驚くほど呆気なく燃え上がり、斜めに傾きながら沈んでいくのを眺めるのは、いつでも胸に迫るものがある。 水面を焼く炎。何か熱く悲しみに似たものがせりあがってくる。 自分には力がある。誰にも止めることができないほどの力だ。自分が沈めた船の最後の船頭が波に飲み込まれる瞬間だけ、それが実感できる。 しかし、何のために? 何もかも焼き払った後で、ぽっかりと浮かび上がるこの問いに、彼は目をつぶる。つきまとうこの命題から逃れたいために、中毒者のように彼は新しい戦いを求める。 その答えは、彼を実の父親に導くと予感しているからだ。逃れられない呪縛だった。 誰よりも自由にと、彼は誓った。何にも縛られることなくと、言い切って見せた。 しかしそれは、すがるような願いに似ていた。 それを手に入れるために、ずっと足掻き続けているのだ。 「……お前、七武海の誘いを蹴ったんだって?」 サイドボードに寄りかかり、ボトルから口を離したシャンクスが、気だるい様子で呟いた。 広いベッドにうつぶせに寝そべり、意匠を凝らしたナイフを弄んでいたエースは、上の空で返事をした。 手元のナイフを眺め、きっとシャンクスの戦利品の1つだろうと考えている。 「若いのに大したもんだなぁ」 「別に。興味ねぇ」 ナイフから視線を上げ、腕を伸ばしてシャンクスの胸元を指先でなぞった。くっきりと歯形がつき、微かに血が滲んでいる。 「これ、おれがやった?」 「覚えてないのか?」 「全然。このせいか。なんか口の中に血の味がするなぁと思って……」 「ああ、違う。それはたぶんおれが殴ったからだろう」 「殴った?」 「サカッたガキにはかなわねぇな。噛まれるとは思わなかった」 「覚えてねェ……」 「便利だねぇ」 シャンクスから手を離し、エースはどさりと仰向けになった。 「……ああ、でも1つ覚えてるぜ」 「何だ」 「あんたに殺されそうになった」 「今生きてて良かったな」 エースは喉の奥で笑った。 敵の海賊船を全滅させた後、傷の手当てもせずに自分の船を抜け出して、一人シャンクスの船に向かった。着いた頃には真夜中になっていた。警備も手薄だったので、見回りにあたっていたクルーを素早く襲い、炎になってシャンクスの部屋に忍び込んだのだ。 「目を開けたら血まみれの男が襲ってくるっていうのは、あまりいい気分じゃないな」 シャンクスが眠っているベッドにおどりあがった瞬間、目を覚ましたシャンクスの覇気にあてられて全身が凍り付いた。気がついたときには、胸元にナイフが突き付けられていた。 『ん……? エースか?』 シャンクスの呟きに我に返った。返事もせずに、彼を抑えつけて強引にキスをした。そうしなければ泣き出していたかもしれなかった。 その後のことは本当に記憶がない。手荒く乱暴にして、同じようにやり返されたことだけは確かだった。 シャンクスはいつも彼よりうわ手だったが、エースは彼だけは不思議と反感なく受け入れられた。それどころか、自分より強いからこそシャンクスに惹かれ、それが心地よかった。 彼こそがルフィの命を救ってくれた、ルフィが憧れて止まない男だったから。 血と硝煙の後は、女を抱く気にはならない。暴力的になっている自分をリセットできないからだ。きっと傷つけてしまう。 彼の母は自分の命と引き換えに彼を産んでくれたのだから、女性は大切に守るべきものだという信条が彼にはあった。 シャンクスのところに来るのはそんなときだった。血を求めて暴走しているとき。 戦いの延長のような行為で、結局最後は制御を失って我を忘れ、シャンクスにすがりつき、気を失うようにして眠りに落ちる。 きっと、最後は自分を屈服させてくれるからここに来るのかもしれなかった。不完全燃焼だった火種を、オーバーヒートするほどに、最後まで焼き尽くしてくれる。 病みつきになりそうだった。 ゆっくりと体を起こし、眠たそうな顔でベッドの背に凭れているシャンクスに、舌が触れそうな距離で低く囁いた。 「……なあ、もう一回しようぜ」 シャンクスは横柄にエースを見下ろし、面白そうに口元を上げた。 「誘ってみろよ」 エースがむっと眉を寄せ、挑発的に笑顔を作った。 「……意地が悪ィな」 猫のようにシャンクスの下唇を舐め、甘く歯をたててキスをした。だらしなくされるままになっている相手の首筋に、キスを降らせていく。 そのうちにこらえきれなくなって彼の体に触れた。シャンクスが感じていようがいまいが、そんなことは二の次だった。 エース自身がどうしようもなくこの男が欲しいのだ。 彼の頬にそっと手をあて、耳元で余裕なく囁いた。 「……このまま襲っていいか?」 とたんに、喉元に衝撃が走った。無造作に自分の首を掴んだ男に抵抗を始めたときには、すでにベッドに組み敷かれていた。 「そりゃおれの役だ」 相手は片腕だから、シャンクスの全体重がエースの胸にのしかかっていた。咳き込むことすらできず、エースは息も絶え絶えに、首を締める彼の腕に爪を立てた。 「痛ぇよ」 「離……せ、クソ……」 素知らぬふりで、シャンクスは身体を屈めて彼にしつこくキスをした。 しかし彼が顔を上げたとき、苦しそうな様子のままエースが笑った。シャンクスが舌打ちして口元の血を舐めた。 「危ない奴だな」 「あんたが好き……」 シャンクスが身体をずらし、エースの首から手を離した。微かに問いかけるように、苦し気にあえぎながらエースが彼を見上げたが、すぐにびくりと身体を揺らした。 彼の傷口の上に、シャンクスが手を置いたのだ。 「あ……!」 「エース、もう止せ」 エースが機嫌の悪い、怪訝そうな視線を向ける。 「こんな傷を負ってまで闇雲に敵を潰して、おれのとこに来て気絶するまでヤって、いつまで続けるつもりだ?」 「それが海賊だろうがよ……」 エースの船がワンマンで保っていることに、シャンクスはずいぶん前から気づいていた。船長のエースの戦闘力は桁外れだが、その他のクルーに目立った者はいない。戦いの場において、自然とエースにかかる負担が大きくなる。ほとんど彼一人で戦っていると言っても過言ではなかった。 しかしそれでもこの青年は、怯むどころかますますがむしゃらに敵を求め、血で血を洗う戦闘の日々に望んで身を置いている。言って素直に聞くような性格ではない。 しかしエースは端から見ていて、あまりに危うかった。 「お前はまだ若い。何をそんなに急ぐ必要がある」 「何の……ことかわからねぇ……」 「……」 シャンクスは眉をひそめ、険しい表情で彼を見下ろした。エースが何か言おうとしたが、口を閉じ、ぎゅっと眉を寄せた。その表情があまりに幼く、泣きそうなほど無防備だったので、シャンクスは小さなため息をつき、なだめるようにキスをしてやった。 エースが甘く喉を鳴らし、しがみつくように彼の肩に腕を回した。組み敷いた身体が焼けるように熱い。 戦いの中で生きてきて、シャンクスはいろいろな死を見てきた。彼自身、常に死と紙一重で渡りあってきたのだ。しかし今自分の手の中にあるこの身体が、無惨に引き裂かれるところは見たくなかった。 エースは強い。しかしなぜか、どこか絶望的に脆く、儚い気配がある。 しかしそれでも、自分で学ぶまで彼は立ち止まらないのだろう。 エースが微かな声を上げ、シャンクスはそれ以上考えるのを止めた。 |