midnight, your hands open 1








 気味の悪いピエロが彼の背中を通り過ぎた。余興のつもりだろうが、ピエロを置くなんて最悪の趣味をした店だと思うし、そんな場所でくつろぐ人間の気が知れない。

 自分の汗からアルコールの匂いすらしそうだった。吐き気をこらえて今夜何杯目かもわからないウィスキーをあおった。ますます立っていられなくなることはわかっていたが、そうしなければ今この瞬間汚いフロアに転がりそうだった。アルコールが上あごに張り付き、エースは足元に唾を吐き捨てた。

 店の奥に視線を投げた。赤い髪が顔を上げ、一瞬目を見開いた。ようやく彼に気付いたのだ。
 薄暗い明りの下では、彼の瞳は碧い海の上とは違った色できらめいた。昼間は透き通った優しい緑が、今夜は娼婦のまとうどぎつい宝石にも負けない豪華なエメラルドだと思う。
 エースは自分に舌打ちした。こんなときでさえ彼が美しいと思うなんて、自分はあのピエロ以上に笑えない。

 いつものように、彼の存在に先に気付いたのはエースだった。
 思わぬ偶然に喜ぶ前に、彼の腕にもたれかかる女に気付いたのもその時だった。

 楽しく飲むはずだったのだ。こんな思いをするなら一人のほうがよかった。酒場は快楽のためにあるはずだったのだ。いつもならピエロさえ笑えたはずなのに、今はそれが彼をあざ笑う邪悪な冗談に見える。

 シャンクスが立ち上がった。エースは冷たく視線をそらした。

 この店を焼きつくしてやる。

 眩暈を治すためにアルコールを口に含んだ。もう身体が拒絶し始めて、飲み込む前に吐きそうだった。背中に熱い手が触れた。シャンクスだと思って睨みつけると、知らない男だった。

「一人か?」

 視界がぼやけて男の顔が見えなかった。しかし口説かれていることはわかった。かすむ視界に苛立って両目を荒っぽくこすった。自分が男に誘われるなんて馬鹿らしくて大声で笑いそうになったが、そうする前に割って入った男に押しのけられた。

「退け。こいつはおれのだ」

 赤い髪が目の前にあった。
 目の前が真っ赤になった。
 それは彼の髪だったのか、頭に血が上っただけだったかはわからない。

「うるせえよ!」

 手元のウィスキーをぶちまけていた。その場が騒然となった。びしょ濡れになったシャンクスが驚いた顔で振り返った。
 怒りで震えだしながら、エースはグラスを床にたたきつけた。

「おれはあんたのもんじゃねえ! 勝手に決めんな!」
「エース」

 シャンクスの手が伸びる前に、掴まれそうになった腕を炎に変えた。野次馬から女の悲鳴が上がった。
 エースは駈け出した。






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