white scenery (sink in love)






 粉雪が舞っていた。
 気をきかせた誰かが天から散らしているのかと錯覚するような、繊細な景色だった。

 エースは雪が好きだった。シャンクスに初めて会ったときのことを思い出すのだ。肌を切る寒さに帽子を目深にかぶり、クラシックな船頭の威風堂々とした船を目指す。
 いつまでも上を向いていたくなるほど幻想的な白い雪の日だったが、今はそうも言っていられない。

 ストライカーが群青の海を切り裂いて行った。

 コートをなびかせ、ダークレッドのオーク材の手摺りに飛び乗ると、見慣れた丸い体が振り向いた。

「おお、エースじゃねぇか」
「ご無沙汰してます」

 帽子を押さえながら、雀斑の散った顔を人懐こく緩める。もし普通に育っていたら、親戚の叔父さんに会ったときの気分はきっとこんな感じだろうと想像し、少し胸が温かくなった。敵船ではあったが、だからこの船は好きだ。

 バレンタインデーの今日、ルゥの手には焼いた肉ではなくチョコレートがあった。船中に響くような声で、彼はシャンクスを呼んだ。

 寒空の下、くすんだ色彩の風景に彼の赤い髪がやけに鮮やかに見えた。エースの胸が高鳴る。

「エースか。こんな日に来るなんざ、お前もいい加減暇だねぇ」

 いつもの憎まれ口ににやにやしながら、エースは彼の目の前に身軽に飛び降りた。ついでにマントに付いた雪を払う。
 新米らしいクルーがいっせいに身構えたが、シャンクスもエースも全く気にしなかった。

「あんたに言われたくねえ。何かよこせ」
「あ? 何言ってる。お前がおれにくれるんだろう」

 そんなことを言いつつ、シャンクスは二人きりになれるよう自室に向かい、エースも勝手知ったる他人の船で悠々と後について行った。

「生憎おれはもらうのが専門だ」
「奇遇だな。おれもだ。チョコレートが欲しいなら勝手に持ってけ」
「?」

 シャンクスがドアを開けたが、エースは一瞬そこが彼の部屋だとわからなかった。

「……シャンクス、これ、全部あんたがもらったのか」
「うらやましいか?」

 シャンクスが子供のように笑った。けっこう本気で喜んでいるらしい。
 床といい、机の上といい、プレゼントの包みが山のように積み上げられている。不意にエースは、近くの冬島が高級チョコレートの名産地だったことを思い出した。
 副船長の根回しだとしたら、やっぱりあの人はシャンクスを甘やかしすぎだと思う。
 エースは用心深く足を踏み出した。途端にソファーの上の一山が崩れる。慌てて飛び退くと、背後に立っていたシャンクスの胸にぶつかった。
 エースは憮然とした気分になった。

 マントを脱いで乱暴にその辺に投げる。またプレゼントが地殻変動を起こした。

「どうせ野郎にもらったんだろ」
「良い部下を持ったよなあ。お前も船ではもらってるんだろ? むさ苦しい野郎どもが、寄ってたかってぞっとしねぇがな。かわいいもんさ」
「そりゃそうなんだがよ……」
「女がくれたのもあるけどな」

 シャンクスが明るい声で言いながら、器用にチョコレートの合間を縫ってベッドにたどり着いた。見届けたエースは一跳びで彼の隣にジャンプし、シャンクスをベッドに無造作に押し倒した。シャンクスが文句を言ったが、エースは胡坐をかいて一番近くにあったチョコレートの包みに手を伸ばした。

「……畜生、全部食ってやる」
「……お前、不思議な嫉妬の仕方をするね」

 エースが自棄のようにチョコレートの包みを破り始めた。シャンクスが起き上がり、彼の腰に右腕を回した。上着の中に手を突っ込むと、下は素肌だった。冷たい手のひらにエースが嫌そうに身体をよじったが、シャンクスは柔らかい髪を鼻先で分けて彼のうなじにキスをした。

「やっぱり体温高いな」
「いつもそれ言うな」
「いつも驚くんだ」
「あんたの身体、体温ねえもんな」
「ゾンビみてえに言うな。おれは普通だ」
「そうか? やっぱりメラメラの実食ったからかな……」

 滑らかな肌を強く吸うとエースが首を竦めた。柔らかい黒髪に擦り寄る。

「抱いて寝ると温かくていい」
「カイロかおれは。ヒゲくすぐってぇ」

 身体が強ばっているのを無視して、シャンクスは首筋に歯を立ててみたりと遊んでいる。エースも本気で抵抗する気はなかった。
 こういう雰囲気のとき下手に嫌がると、シャンクスが拗ねるので我慢する。セックスは乱暴もいいところなのに、妙な男だとエースは思う。

 でも内心悪い気はしない。それどころか、彼にこんな風に可愛がるように触られるとかなり嬉しい。
 シャンクスに好きにさせながら、気まぐれな刺激に時々息を詰める。その間にも包みを破る音が続き、ベッドの上には開いたチョコレートの山ができた。

「……シャンクス!」

 やがてエースが叫び、シャンクスが顔を上げた。

「どれもこれも、全部リキュール入りじゃねぇか! しかもめちゃくちゃ強ぇ。ウィスキーだのスコッチだの……こんなのチョコレートって言わねえよ!」
「おれの趣味に合わせたんだろ。無理して食うな。お子様は鼻血出るぞ」

 エースが舌打ちしてチョコレートをわしづかみにした。

「うるせえ黙ってろ」

 全部食う! と再び宣言し、アルコール度数40度以上のチョコレートを口いっぱいに頬張った。シャンクスはちょっと笑い、面白ぇなあ、と囁いて彼の耳の後ろに舌を這わせた。



 白く曇った窓の外では、灰色の空の下冬島が遠くに浮かんで見える。小さく立ち並ぶ赤茶色の屋根の上に、粉砂糖のように雪が降り掛かり、上品なシュガークラフトのようだった。
 部屋の外でクルー達が楽しげな声を上げている。

 色とりどりのラッピングペーパーが、ベッドから床の上に崩れ落ちていた。
 枕に埋もれる滑らかな黒髪を、シャンクスがそっとすいた。濡れたような黒い瞳が細まる。ほのかに目元が赤くなっていた。

「気が済んだか」
「……」

 酔っているせいか、普段は鋭い輪郭が今日は少し幼く見えた。時々消え失せそうなほど儚い印象がちらついてはっとする。無性に抱きしめたくなって困った。微かに汗ばんだこめかみにキスをする。若い汗の匂いが好きだった。

「エース、出せよ」
「……」

 ぐったりと枕に身体を伸ばしている様子は、物憂げな黒猫を思わせた。シャンクスは彼の身体に遠慮なく体重を預け、押し潰すように横になった。柔らかいクセ毛と耳元をくすぐる。

「ほら。持ってるんだろ」
「……」

 前髪の影で、宝石のような黒い瞳が何かを測るようにじっと彼を見つめた。シャンクスが彼の唇についたチョコレートを舐めた。

「なんだ、くれないのか?」

 エースが視線を臥せ、拗ねたような顔で身動ぎをした。シャンクスが少し身体を上げると、おずおずとポケットから包みを取り出した。どこにでも売っている、一口サイズの愛らしいチョコレートだ。この男特有の、周りまで明るくなるような顔でシャンクスが笑った。
 視線で合図するとエースは黙って包みを剥き、彼の口に運んだ。

 エースは惨めそうに眉をぎゅっと寄せてうつむいている。投げ捨てられた小さなチョコレートの紙が、色とりどりのリボンとラッピングペーパーの中でことさら安っぽく見えた。シャンクスが微笑み、泣きそうになっているエースの口元に軽くキスをした。

「これが一番美味い」

 エースが真っ赤になった。目を見張ってシャンクスの整った顔を見つめる。口を開いたが言葉が出てこない様子だった。
 しかしシャンクスが微笑すると、エースも怒った表情を保つのは不可能になった。

 シャンクスを引き寄せてキスをする。舌を滑り込ませて、思う存分熱いチョコレートを味わった。










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