chained 1 |
鎖の夢を見る。 脈打つ鎖。背負っていく他にないものだから、負けないくらいに強くなれと言われた。 振り払うように、耳を塞ぐように、おれは暴力に没頭する。 朝方の雨が骨まで染み入る。 濡れた灰と焦げた木片の匂い。あちこちで黒い煙が立ち上っている。水面を打つ無数の雨粒のせいで、スペード海賊団のクルーが笑いあっている声さえ聞こえなかった。 ルフィと離れてから、世界は次第におれを置き去りにして回りはじめた。ずっと一人だったガキの頃にまた戻ったような心地がする。自分を縛りつけていた枷を振り切るために海に出たはずなのに、足掻けば足掻くほどに冷たい鎖がきつく絡み付いてきた。広い、果てしない海に出たとしても、世間はあの村と変わらなかった。それどころか世界を知れば知るほど、前に進めば進むほど、その男の存在の重さは増していった。押しつぶされないよう足を踏み出すのが精一杯の有様だ。彼の痕跡の残らない場所なんて世界のどこにもなかった。そんなことは肝に銘じていたはずだったのに、微かな希望を抱いていた自分の考えの幼稚さと甘さに呆れた。 これが彼が拓いた時代だとしたら、すべて壊してしまいたかった。 賞金首になったのは都合が良かった。はじめはそう思っていた。金額が上がれば上がるほど、相手の方からぶちのめされに寄ってきてくれる。どれくらい戦ったのかもう覚えていない。毎日が血と炎と燻る煙ばかりで、赤と黒の味気ない映像しか記憶にない。 これがおれの焦がれた海の本当の姿だろうか? 相手を叩きのめして、自分の力を誇示するために海に出たのだったろうか? 疑問が視界を阻むたびに、弟の眩しさがよみがえった。彼に今会ったら、おれは胸を張っていられるだろうか。 目の前の灰色の景色の中には、無惨な瓦礫が浮かんでいた。勇敢に海を越えていくために作られたものの残骸が、為す術もなく雨に打たれ、波に揺られている。この船に乗っていた奴の野望とか、仲間とか、家族とか、未来とか、そんなものを考えてやる義理はおれにはない。 しかし今おれの手にはそいつの血がべっとりとついていて、口の中は硝煙の匂いと不快な鉄の味がする。血と海の味は一緒だ。海に沈んでいった男の最後の顔は、おれはさっさと忘れた方がいい。 目眩がする。 なぜだろう? こんなもの望んではいない。 疲れきっていた。 破壊と戦いを繰り返すだけの毎日で、自分が間違っていることだけは頭のどこかでわかっていた。耳の奥で警報が鳴り続けている。しかし振り上げた手を途中で下ろすことはできない。他に前に進むやり方も知らないのだ。 本当はきっとこの先自分がどうなるかなんて知りたくない。 どんな風に未来を生きるかなんて考えたくない。 ただ雨の降らない空を見たいだけ。 今は朝の冷たい雨に打たれ、ただつっ立っているしかない。雨が骨まで冷やしていく。 ルフィは海賊王になると夢を語っていた。 おれはきっと何も望んでなんかいない。 何からも自由に、何にも縛られずに、ただそうやって生きてみたいだけ。 「エース」 激しい雨に顔をしかめながらおれは振り向いた。目を開けているのも困難な土砂降りだの中、戦利品を抱えた仲間が波間を渡ってくる。 「近くの島でパーっとやろうぜ」 叫び声におれは笑顔を作った。しかしおれの出で立ちを見て、彼は眉をひそめた。 「手当てした方がいいぜ。ロギアのくせになんでそんなに傷がつくんだよ?」 言われて、おれは肩をすくめた。 「知らねぇ」 「自分のことだろ?」 呆れられたので笑ってみせた。戦ってる最中は、ひたすら相手を潰すのが目的なのだから、防御なんて考えていない。 船に帰って、濡れた服のまま狭いベッドに寝転んだ。一人になりたかった。 船が動き出す心地よい感覚を最後に、おれは眠ったようだった。 鎖の夢を見る。 赤く、黒い鎖の夢。 赤と黒が絡み付いて目隠しする。 逃げるすべがないとわかって抗う道を選んだ。 でも本当は、……。 next |