i tatoo your name across my heart 2 |
この部屋に一人で入るのは初めてだったとエースは思った。 古い船だが、ニスを丁寧に塗られた木材は黒く光っている。散らかっているのに雑多な感じがしない。 家具はすべて年代物だった。長い冒険の間、シャンクスが1つずつ集めたのだろう。まるで懐かしい我が家に帰ったかのような気分にさせる部屋だったが、主のいない今夜はただひたすら空虚だった。 エースは白いシーツに寝転んだ。冷たく気持ちいい。なぜ来てしまったのかと考えた。会わないほうが良かったはずなのに。 シャンクスの言うことを聞かないといけない義理はない。 答えはシンプルだった。彼が来いと言ったから。 エースは息をつめて手の甲を両目の上にあてた。自分は救いようがない。 扉が勢いよく開き、シャンクスが入ってきた。月上がりが差し込む。ベッドの上のエースに気付き、笑顔になった。 「早かったな」 「どうも」 シャンクスがマントを脱ぎ、椅子の上に投げた。 「あの技は何て言うんだ? 見惚れたよ。本当に綺麗だな」 「これか?」 エースが何気なく蛍火を1つ飛ばして見せた。 「ああ、それだ。へえ、面白いな。自由に操れるのか」 「この部屋も燃やしてやろうか」 「馬鹿、寄せ」 エースは答えず、眠たそうに目の前を飛ぶ火の粉を眺めていた。シャンクスが部屋に入ってきてから、彼は一度も目を合わせようとしなかった。 「……ま、あんたを引っ張り出すことはできたってわけだ」 「……エース? どうした」 「何が」 「今日は少し変じゃないか?」 「……後味悪くてよ」 エースが両手の拳を目の上にあてた。シャンクスがベッドの縁に腰かけた。 「おれはジジイの言い付けを守るガキじゃなかった。でも喧嘩の仕方について、ジジイが言ってたことは今でも覚えてる。相手が自分より弱いとわかったら、その時点で殴るのを止めろってな。本当は、おれはあの男より自分の方が強いって最初からわかってた」 「あの男が挑んできて、お前は受けた。後味悪いこともないだろう」 シャンクスが彼の髪を撫でようとしたのを、片手を少し動かして邪険に遮った。 「普段ならあそこまではやらなかった」 「虫の居所が悪いみたいだな」 両目を覆ったままエースがため息をつき、自嘲的に鼻を鳴らした。 「……あのダンサーに嫉妬したんだ」 「……?」 シャンクスが眉を寄せた。本当にわかっていない様子だった。エースが舌打ちした。 「あんたと一緒にいた美人だよ」 「ああ! なんだお前、あそこにいたのか。なんで声をかけなかったんだ」 苛立ったようにエースがため息をついた。嫉妬したと白状しているのに、『なぜ声をかけなかった?』はない。 「そんなことできねぇだろ」 「……」 「みっともねえ。邪魔しちゃ悪ィし」 「おれは邪魔だと思わない」 エースがため息をつき、起き上って話は終わりだというように片手を振った。 「もう行くよ」 「だめだ」 エースが無視して起き上がり、シャンクスが彼の腕を掴んでベッドに寝転ばせた。抵抗を抑え込み、首元をベッドに押し付けて動けなくした。 たくましいが決して太くはない腕なのに、簡単に抵抗を封じられてしまう。黒髪をシーツに散らしたままエースが初めて彼と目を合わせた。 「……ずりィよ」 「何が」 「おれ逆らえねぇもん」 ただでさえシャンクスの傍に留まりたい気持ちを叱咤して出ていこうとしているのに、こんな風に押さえつけられると負けてしまう。 シャンクスが屈みこんで頬にキスをした。エースが顔をそむけ、からかうように力なく笑った。 「……機嫌とってくれるのか?」 シャンクスは答えずに彼の首筋に唇を寄せた。エースが息をつめる。両目の上に手の甲をあて、されるままになっていた。 「あんたが好きだ」 シャンクスが一瞬手を止めた。 「だから苦しい」 押し殺した声でエースが言った。嗚咽をこらえて喉がふるえた。シャンクスが下敷きにした若い体が緊張に強ばっている。 シャンクスが誰と何をしようと勝手だ。実際エースが彼の目の前で誰かとキスしようと、シャンクスは気にも留めないだろう。そう考えると泣きたくなった。 くだらない嫉妬心から、世界で一番自由な男の前でこんな風に駄々をこねている自分は、とても幼稚でみじめで身勝手だった。 彼をなじったところで、シャンクスを困らせるだけだった。そんなことがしたいわけじゃない。 やっぱり今夜はこの船に来ないほうがよかったのだ。 瞳を両手で覆ったまま、エースが大きく息をついた。そうしないと息ができないくらいに苦しかった。 「……ごめん」 もう一度深呼吸をして、自嘲的にちょっと笑った。 「ごめん、おれマジで変だ。変なことばっか言ってる。もう本当に帰るよ」 「だめだ」 「シャンクス……」 「行くなよ。言ったろ。お前はおれのものだ」 エースがむっとした顔で彼をにらみつけた。シャンクスはそれを無視してエースの額の髪を払い、彼の瞳を覗き込んだ。口元にキスをして、耳に唇を寄せた。 「こんなこと言わせるのはお前だけだ」 エースの体が震えた。うろたえたように視線をそらした。胸から伝わってくる心音がひどく速く打っていて、シャンクスは壊れやしないかと心配になった。首筋にキスをして、ぎこちなくこわばった体をからかうようにゆすった。エースがそれを振り払った。 「エース」 エースが彼の背にぎこちなく腕をまわした。お許しが出たらしい。シャンクスは微笑して彼の頬に手を当てた。 「キスしていいか」 「嫌だ」 「おい」 「おれは怒ってんだよ。機嫌とれ」 エースが目をそらしたまま邪険に言った。シャンクスが笑い声を上げ、彼を押さえつけて無理やりキスをした。 |