i tatoo your name across my heart 1






 この島の人々は陽気で親切で情熱的なことで有名だ。海賊にも簡単に心を開く。
 そもそもはサウスブルー出身の移民が作った町だと聞いて、たしかに自分にも似たようなところがあるとエースは思った。しかしエースのそういった性質は普段は強い警戒心と同居している。

 家々はカラフルなペンキで無秩序に塗りたてられ、昼間は醜悪な町なみだった。しかし今は宵闇のランプと蝋燭の明かりに照らされて、劇的なほどノスタルジックに変わっている。同じ路地だとは思えないくらい感傷的だった。

 この色とりどりの家は、寄港した海賊から船を塗るのに余ったペンキをもらい、住民たちが勝手気ままに塗った結果らしい。
 自分でも同じことをしそうな気がして、エースは口元をゆるめた。

 路地の片隅で少年がギターをかき鳴らしていた。古いギターだ。弦の上で、眼にもとまらない速さで小さな手が動き、哀愁に満ちた複雑な音楽を軽やかに奏でている。もし住む場所が違ったら、プロとしても通用するくらいの腕前だった。しかしこの少年は誰に習ったわけでもないだろう。楽譜も読めないに違いない。
 この街では、これくらいの音楽家は一つの通りに一人はいた。

 通りではそれぞれが好きなことをしている。少年のギターにあわせてステップを踏む男女、それに拍手を送る通行人、肉をかじりながら談笑する人々、簡単なテーブルでカードゲームに興じる男たち。

 無秩序で騒々しいが、争いの気配は全くない。
 もし海賊になっていなかったら、自分はこんな町で平凡に暮らしたかもしれないという幻想が沸き起こった。しかしそれはあり得ないことだ。どんなことがあっても、自分は海に出ずにはいられなかっただろう。それだけは何よりも確かだった。

 懐かしさを感じていた。不思議なことに、初めて訪れた時からそうだった。エースは何度かこの島に立ち寄っていたので、行きつけの店があった。小さいがうまい料理を出す店で、女主人が気がきいていた。

 この島に来るとなぜかいつも一人になりたくなったので、クルーとは別行動をしていた。仲間と分かち合う信頼感もいいが、船長をしているよりは単独行動のほうが自分には性にあっている気がした。

 海に出てからしばらくがたち、いろいろとあったがエースは今では小さい海賊団を率いている。ときどき一人きりになりたくなる癖があった。海に出たのもそのせいかもしれない。

 半地下になっているバーの戸をあけると、聞きなれた音楽が彼を迎えた。薄暗い奥の方に小さなスペースがあって、踊り子が官能的なこの島のダンスを踊っている。
 客のほとんどが男だったが、主人が女性だからか、フロアは清潔で居心地が良かった。

 カウンターの向こうになじみの女主人を見つけて、エースが男たちをかき分けようとしたが、その足が不意に止まった。

 店の奥に、見慣れた赤い髪を見付けた。
 エースの心臓がはねた。シャンクスは一人ではなかった。踊り子の衣装を着た愛らしい娘が一緒だった。薄暗いランプの明かりに、彼の赤い髪が輝いている。

 周囲に溶け込んでいるのに、彼はとても目立った。彼はいつもそうだ。娘はシャンクスの方に体を寄せ、彼の脚に手を置いていた。魅入られたように彼の瞳をじっと見つめて、シャンクスが口を開くたび一言一言に微笑んでいる。

 エースは凍りついたように動けなくなった。兎のように体がすくんだ。

 シャンクスと自分は互いに縛りあう関係ではないと割り切っているし、エース自身女の子と楽しむときもある。でもシャンクスが娘に笑いかけ、彼女の首に優しく手を触れているのを見ると泣きたくなった。
 娘がうっとりと顔を仰向けにして、シャンクスが慣れた様子でかがみ込んだ。

 エースはそれ以上見ていられずに、踵を返して出口に向かった。苦しくて息ができなかった。押しのけられた男が抗議の声をあげたがエースは無視した。
 それでも、シャンクスの気を引こうと懸命になっている娘に反感はなかった。
 自分の姿を見ているようだったからかもしれない。






 地上に上がって夜風に吹かれたとたん、悲しみと得体のしれない憤りがわきあがってきた。

 エースにはシャンクスの行動に怒る理由もなければ、そんな権利もない。理性ではわかっている。
 それなのに自分はなぜこんなに傷つくのだろう? 

 女々しい自分に腹が立った。シャンクスに惚れているのは自覚していたが、これほどだとは思っていなかった。彼と二度と会わなければ楽になれるかと思ったが、そう考えただけで足元の地面が崩れていく心地がした。

 エースは焦った。どんどん悪い方向に進む思考をどうにか止めたかった。もう一度地下に取って返して、人ごみの面前で彼をテーブルに押し倒してキスをしたらきっとおさまりそうだった。
 シャンクスのことだから笑い飛ばしておしまいにするだろう。
 でも自分はそんなことはしないとエースにはわかっていた。

 片手を額にあててうつむき、煉瓦の壁に背を預けて心を落ち着かせた。春島の夏のことで夜風が心地よい。しかしいくら頑張ってみても、先ほど見た光景が頭から離れてくれなかった。

「おい、火拳のエースじゃねえか」

 エースが顔をあげた。いつの間にか海賊らしい男たちの集団が自分をとりまき、さらに野次馬たちが怯えた顔つきでそれを取り囲んでいる。エースは眉をひそめた。

「おまえを打ち取れば名が上がるな。火拳てのを見せてくれよ」

 エースはこういう事態にはなれていた。それに、今は苛立っているので丁度よかった。嘲るように鼻を鳴らした。

「見せてもいいが、高くつくぜ」






 外で騒ぎがあったらしく、異変を察してフロアがざわつき始めた。男が駆け込んできて叫んだ。

「おい、喧嘩だぞ! 火拳のエースが外にいる! 本物だ!!」

 それまでのんびりと酒を飲んでいたシャンクスがあたりを見回した。

「エースが?」

 呟くと、彼に体を預けていた娘が顔をあげた。

「知ってるの?」
「知ってるどころじゃないな」

 シャンクスがさりげなく彼女の体を押しやると、娘が悲しげに唇を噛んだ。シャンクスはかがみこんで彼女の頬にキスをした。

 彼女が本気で自分を好いていることがわかった。今夜初めて会ったばかりだったが、シャンクスが一緒に来いと言ったら何もかも捨てて付いてくるだろう。

 こういうことは時々あったが、今だにどう振る舞うのが一番いいのかわからなかった。
 はじめからつれなく断るべきなのだろうか? でも女性が勇気を出して寄ってきているというのに、男の側が振るというのは気の毒な気がした。しかし今のように多少なり情が移ってしまえば、こんな顔をされると心が痛む。
 シャンクスは苦笑した。

「おい、そんな顔するな」
「行っちゃうの?」

 シャンクスは彼女にもう一度キスをした。

「……また来てね」

 シャンクスは微笑んだ。ダンサーの彼女が時には客相手に稼いでいることは察していたが、金を置いていくようなことはしなかった。それは彼女に失礼だった。代わりに彼女の手をとって指の甲に軽くキスをし、店を後にした。





 
 地上に上がると、すでに厚い人垣ができていた。通りの中央で炎が立ち上り、夜空を明るく照らしているのが見える。肩越しにのぞくと、熱気が頬を焼いた。

 燃え上がる炎の中にエースが悠々と立っているのが見えた。それを取り巻くように、無数の火の粉が浮かび上がっている。恐ろしい光景のはずなのに、夢のように美しかった。

 エースが腕を組み、眉をひそめて挑発的な笑みを浮かべた。それだけで、まるで命じられたかのように無数の火の粉が相手の男に襲いかかった。
 炎は恐ろしく危険なものだ。でもそうと知りながら人はそれに魅せられ、惹きつけられてしまう。
 戦っている二人を円形に取り囲む人々は、相手の海賊たちすら、茫然と闇夜に映える炎に見とれていた。

 挑戦者を焼きつくした炎が消え、男が地面に這いつくばった。我に返った仲間の海賊たちが一拍置いて駆け寄る。興味を失ったらしいエースが炎を弱め、今気づいたようにあたりを見回した。
 そして、一瞬びくりと体をこわばらせた。群衆の中のシャンクスと目があったのだ。

 エースの様子が一転した。炎をおさめ、ひどくうろたえた様子で一歩後ずさった。

 いつものように声をかけようとして、シャンクスは眉をひそめた。

「おい、エース?」
「赤髪だ!!」

 そのとき、海賊の一人が叫んだ。とたんに人々が悲鳴を上げた。逃げ出す者もいれば、名高い赤髪を一目見ようと押し寄せる者もいた。数秒後にはシャンクスとエースを取り囲んで新しく人垣ができていた。

 シャンクスは苦笑いをした。油断するとこうなるのだ。しかしエースを見ると、いつもこういう事態を面白がる男が、子供のように困惑した顔をしてその場に突っ立っている。

 海軍だ! というどなり声とともに人垣が崩れた。シャンクスが一瞬そちらに目をやり、不思議に思いながら相変らすぼうっとしているエースに声をかけた。

「海軍をまいたらおれの船に来い」

 エースが泣きそうな顔をした。シャンクスは訳がわからなかった。

「いいな?」

 エースがぎこちなく頷いた。そしてそのまま火力を上げると、炎上網で海軍を隔離した。人々の悲鳴に紛れるように、シャンクスは裏路地に走り込んだ。





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