and it feels like home





 こんな自分でも誰かのために何かできるということを、教えてくれたのは彼だった。

 誰かのためにすべてを投げ出すことができると、教えてくれたのは彼だった。
 何気ない一瞬、ふとした拍子に笑うことを、教えてくれたのは彼だった。

 ルフィがケガをして帰ってくると、まるで自分が血を流したかのように痛んだ。好物のものを自分一人で食べるよりも、彼が喜ぶ顔の方が数倍嬉しかった。
 無茶ばかりするやんちゃな弟に、自分がいてやれることが幸せだった。

 絶望の底を一人で行くような毎日を想像する。ルフィの存在がなかったときの自分を思うと身の毛がよだつ。彼は道を照らしてくれた。陽のあたる毎日を過ごす方法を教えてくれた。

 すべてを冷笑しそうになる夜、どこにも逃げ場所がない夜、冷たいベッドの中に疲れきった体で丸くなる。迷走する思考が行き場を失ったころ、無意識の祈りのように、彼のことを思い出す。やがて閉じた瞳から涙があふれ、闇に負けそうな弱さを、凍り付きそうな不安を、あっけないほど軽々と洗い流してくれる。
 心の中の彼の存在ひとつで、暗い闇を明るく包んでくれる。

 弟に会いたいと思った。
 この海を越えて会いに行きたかった。少しもじっとしていないあの細い体を、思いきり抱きしめたかった。





 なだらかなリズムで、船は大きくゆったりと揺れている。今朝は波が高いようだ。カーテンの隙間、窓の向こうには白い霧が立ち込めている。外は冷えているのだろう。

 頭を抱えこまれていた。おぼつかない手が、甘やかすように髪を緩く掴んでいる。愛しい者を抱きしめるやり方で、慣れた様子の腕が当然のように彼を包みこんでいる。

 シャンクスは顔を上げた。
 まだ幼さの残る端正な顔が、無防備に寝息をたてている。

「……エース」

 起こすつもりもないまま呼んでみる。優しく包みこむような彼の腕が心地よくて、シャンクスはふと自分が子供に返ったかのような気分になった。17も年下の相手に不覚なことだ。
 それに、エースとは確かにベッドを共にする仲だったが、それはこんなに穏やかな形ではなかった。こんなに近くに、無条件の愛情を感じる間柄ではない。

 静かな寝息をたてたまま、エースが彼の髪に頬をすり寄せた。彼の滑らかな肌が温かかった。

「まいったな……」

 なんとなく気恥ずかしくて呟くと、エースが身動ぎをした。夢心地でシャンクスを柔らかく引き寄せる。おとなしく抱かれてやったシャンクスの耳に、幸せそうな、舌足らずな声が聞こえた。

「ルフィ……」

 瞬間、シャンクスは彼の腕をはねのけた。

「……ん……?」

 エースが眩しそうに顔をしかめる。ぎこちなく瞼をこすり、まだよく開かない目をシャンクスに向けた。

「あ……? 何……?」

 前触れもなしに、シャンクスが遠慮なく彼の頭をはたいた。寝起きのエースが情けない声を上げて頭をおさえる。

「な……なんだ? 意味がわかんねえ……おれ寝相悪かったか?」
「それ以上だ」

 シャンクスが苦笑する。

「……?」
「寝言で他の男の名前を呼ぶな。おれじゃなかったら蹴りだしてたぞ」

 エースの顔がみるみる赤くなった。

「ば……バカ言え! おれが男の名なんて呼ぶかよ!」
「呼んでたぜ。ルフィってな」

 シャンクスが追い払うような手振りをした。一瞬理解ができなかったらしいエースが、意味を悟って呆気にとられた顔になる。

「ああ……そりゃ、呼ぶさ。あいつは弟じゃねえか」
「あーあ、面白くねえ」
「なんだよ、信じらんねえ。ルフィのやつに嫉妬してるのか? あんただって全然おれ一人じゃねえのによ」

 あいつは弟だ、と呟いて、エースは逆ギレのように不機嫌になった。その素直な反応にシャンクスが思わず笑った。

「お前、可愛いなあ」
「気持ちの悪いこと言うな」
「お前はおれのものだ。わかったか?」

 エースが彼に不信そうな視線を向けた。

「……じゃ、あんたは?」
「おれはもちろんおれのもんだよ」

 エースがむっとした顔になる。

「あんたなんかより、ルフィの方がずっと可愛い」
「可愛いって言われて喜ぶ男がどこにいる」
「……あんたおれに言ったよな?」
「ああ、お前は可愛いよ」
「……ふざけやがって……いつもいつも……」

 シャンクスがエースの腕をつかみベッドに押し倒した。特に暴れる様子のない相手に、何度も深くキスをする。

「……なあ、さっきのもう一度やってみろ」
「あ……?」
「気持ちよかった」
「やっぱりおれは何かしたのか……?」

 シャンクスは顔を上げた。エースが心底当惑しきった顔で、彼のことを見つめている。彼の両腕はいつのまにか、当然のようにシャンクスの肩に回されている。
 シャンクスは苦笑し、もう一度柔らかくキスをして、彼の無防備な首筋に舌を這わせた。エースが鼻にかかった甘えた声をもらす。

「……今回はこれで許してやる」

 訳がわからないまま、それでも快感に負けて、エースは彼を強く抱き寄せた。












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