one balmy day |
白いカーテンが、柔らかい海の風に揺れていた。乾いた風が吹き込み、朝の優しい日差しが船室のフロアに斜めの光の筋をつくっている。 ベッドに仰向けになって、シャンクスはエースのとりとめのない話に耳を傾けていた。夢を見たのかもしれない。朝の気配で、お互いが目を覚ましていることはわかっていた。 おはようと言う前に、エースは寝起きの擦れた声で子供の頃の話を始めた。 「……でさ、あいつ負けそうになると伸びるんだよ。3歳の年の差って今だとたいしたことねえけど、ガキのころってでかいだろ。だから負けそうになるとおれに巻き付いてくるんだ。噛むし、ゴムだから殴ってもきかねぇし、剥がすのに苦労したぜ」 触れ合った体温の高い体が、くすくす笑うたびに揺れている。エースの本当に幸せそうな声は、くすんだ船室の天井に静かに響いた。 シャンクスは眠たそうな目で、隣で笑っている青年を見た。思わず微笑する。 「……お前、ルフィの話をしてるときは、本当に無邪気な顔をするな」 エースが驚いたように目を丸くした。その無防備な様子に、また笑みがこぼれる。 「……。そうか?」 「ああ。ただのガキみたいな顔をする」 エースはうつむいてちょっと頭をかき、はにかむように笑った。 「……まあな」 シャンクスは笑い声を上げた。 「バカ、そんなに嬉しそうにするな」 彼にとってルフィは何より特別で、大切な存在なのだとシャンクスは知っている。 本当に可愛い兄弟だ。 彼はベッドから起き上がり、ローブをはおって窓を大きく開けた。カーテンが高く舞い上がり、夏の早朝の冷たく心地よい海風が吹き込んできた。 ちょっと微笑し、気持ち良さそうに伸びをする。しかしベッドの上を見て顔をしかめた。 「ひどいな」 シーツが赤く染まっている。ベッドの上に気だるく手足を伸ばしていたエースがぼんやりと辺りを見回し、決まり悪そうな顔になった。 「……悪ィ。ごめんなさい」 「エース、シャワー浴びてこい。良く見たら洒落にならないな。うちの船医が診てやる」 エースは顔をしかめ、枕を抱きしめて顔を埋めた。 「なんともねェよ……」 「参った、そんなに大した傷だとは思わなかったんだ。暗くて見えなかったからな。お前、大丈夫か? 道理でおれまで血まみれな訳だ。ほら、起きろ」 「シャンクス、本当に平気だって。ヤだぜおれ……」 「何だ」 エースは口をつぐんだ。ひどい傷と、それに紛れて情事の跡の鬱血が残る自分の体を眺め、上目遣いにシャンクスを伺う。 「バカ野郎、今更そんなみみっちい跡なんか誰も気づかねぇよ」 「でもいらねェって。お騒がせせずに帰るから」 「何言ってんだこの侵入者が。お騒がせってお前、そろそろうちの見張り番が知らせに……」 シャンクスが言い終わる前に、激しいノックと共に扉が弾かれるように開いた。 「お頭!! 夜番の奴らが倒れ……あ、え? エース?」 部屋の中の二人を見てクルーは固まり、ベッドの上の全裸のエースも硬直した。シャンクスが一人で笑いをこらえている。 「犯人が自分から捕まりにきたんだ。悪いが、船医を呼んできてくれ。あと新しいシーツも頼む」 顔を赤くしたクルーがあたふたと出ていき、エースがシーツを被って枕の上に突っ伏した。シャンクスが楽しそうな笑い声を上げる。 「一気に開けたら、ノックの意味ねェだろ……!」 柔らかい癖毛を、シャンクスがからかうように叩いた。 「なあ、気にするな。今更みんな知ってるんだぜ?」 エースが顔を上げた。眠気が吹き飛んだ様子で、驚きに目を見開いている。 「古株はな。当たり前だろう。あれだけ派手にやってたら」 「……それ本当か?」 「ああ」 「副船長も?」 「ああ」 「ヤソップも?」 「ああそうだ」 「マジかよ……やっちまった……」 「おめでとさん。ほら、観念したらさっさと風呂に入ってこい。襲うぞ」 うなだれたままエースが立ち上がり、シーツを引きずりながらのろのろとシャワールームに入って行った。 ノックをしても返事がなかったので、エースはそっと扉を開けた。 「もしもーし、お取り込み中失礼します」 「あっ、エース! お前ちょっと来い!」 「えっ? 何?」 シャワーを浴びてさっぱりして、傷の手当てもしてもらい、船内の挨拶回りからちょうど気分良く帰ったところだった。しかし船長室の扉をあけたとたんシャンクスに腕を掴まれ、難しい顔をして立っている船医と副船長の前に引っ張り出された。 突然のただならぬ空気に、自分の無断侵入が何か騒動を引き起こしてしまったのかと、エースは瞬時に緊張した。 「これはおれがやったんじゃねェよな!?」 しかし、丁寧に巻かれたエースの包帯を指差しながら、深刻な顔で叫んだのはシャンクスの方だった。エースが押し入ったことが取り沙汰されている訳では無さそうだ。 事態が飲み込めず、彼は首を傾げる。 「え……?」 「だから、おれはこんなことしないだろ!」 「はい…?」 助けを求めるように傍らに立つ男たちを見回すと、気の毒そうに船医がそっと目を逸らした。 「……エース、正直に言っていいんだぞ」 「……え? ……何、マジ?」 きょとんとなったまま、エースはどこか不安げに佇む彼らを見回し、もう一度しかめっ面のシャンクスを見た。思わず何度か瞬きをする。 まさかこの人たち、あんたがおれにプレイでこんなことしたと思ってんのか? にわかには信じがたい勘違いだが、しかしシャンクスは、しごく真面目な顔でエースの答えを待っている。エースは全身の力が抜けていくのを感じた。 「……なあ、あんた普段、一体どういう……、……」 呆れるあまり二の句が告げない。その瞬間、副船長と船医があからさまにほっとした顔をした。シャンクスが俄然元気になる。彼が犬だったら、しっぽを全開に振っていただろう。 「ほらな! 言ったろ? おれじゃねェよ! こんな趣味ねぇ!」 近いもんはあるよ……と内心思いつつ、エースは肩を落として片手を額に当てる。どっと疲れた気分だった。その背中を、ベックマンが大きな手で優しく叩いた。 「……悪かったな」 「あ、イエ、……お気遣いすんません」 ぺこりと頭を下げたエースの肩を、シャンクスが強引に掴んだ。 「おい、この件はもういいだろ?」 エースをぐいぐい引っ張ったまま、彼は扉を蹴ってバルコニーに出た。 「おいみんな、エースが来たぞ! 宴だ!!」 シャンクスの隣で、当惑しつつもどうにかニコニコしながら、エースは腕組みをしたベックマンが小さなため息をつくのを見た。 エースが自分を見つめていることに気付いたのか、ベックマンと目が合った。お互い、何となく苦笑する。二人とも、こういう男に惹かれてしまったのだから仕方がない。 エースは腹の中で呟き、いつもの人懐っこい笑顔を作ってみせた。 |