(渋沢先輩、どこかなぁ)
渋沢先輩が私を探してたって聞いて先輩のクラスまで来たのに、そこに先輩の姿はなかった。笠井くんが嘘をついたとは思えない。忙しい人だから、きっと用事でもあったんだろうな。
「あ、三上先輩」
「よぉ」
相変わらずのニヤニヤ笑い。正直いうとこの人は苦手だ。
「渋沢とは会ったか?」
「それが、教室には居なくて…」
「へぇ」
惜しい事したなアイツ、と言う三上先輩は、何故かとても楽しそうだった。
*
自分の教室に戻ると、驚く事に渋沢先輩がいた。ドア付近の壁に背を預けて立っている彼は、自分がどれ程注目を浴びているのか気付いていないのだろうか。
「やあ名前」
「渋沢先輩、ここにいたんですか…」
「君に用事があって」
にこ、と口角を上げるその微笑みが眩しい(同時に周りの視線が鋭さを増した)
「今日はホワイトデーだろう?」
そう言って、小さな包みを差し出す。
「これ…貰っていいんですか?」
「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」
「…ありがとう、ございます」
渋沢先輩が、私のために。自意識過剰かもしれないけど、思わず頬が緩んでしまう。
「誤解のないように言っておくけど、」
それまで私達の間にあった距離が縮まったと思うと、私の鼓膜に彼の低い声が響いた。
「お返ししたのは、君だけだから」
私がその言葉の意味を理解するまで、数十秒。
(これって…)
(ああ、豆大福だけど)
(いや、そういう意味ではなくてですね)
(久しぶりに作ったんだが、味の保証はするぞ?)
(…手作り!?)