立春を迎えたとはいっても、外はまだまだ肌寒い。名前が寒空の下を歩く事十数分。中庭の隅の屋根がある小さなスペースに、探し求めていた人物を見つけた。
「ジロー」
声を掛けても目を開ける気配のない彼は、耳を澄まさなければ聞こえない程の微かな寝息をたてている。ずっとこの場所で寝ていたのだろうか。
「ジロー、起きて」
再度声を掛け体を揺すってみても、身動き一つしない。(いつか事件に巻き込まれそうで心配だ。尤も、巻き込まれた事にさえ気付かなそうだが)
一際強い風が吹いて、思わず目線を空へ向けると、疎らに流れる雲の中で、どこか羊を思わせる形のものを見つけた。
…自由な雲は、まるで目の前の彼だ。
「ジロー…、っ」
視線を戻してぎょっとした。
ジローの閉じられた目から静かに伝う、一筋の涙。
驚いてしまって声が出ない。
私の両手は無意識に彼の手を握っていた。
ジローの目がぱちっと開く。
…もう涙は流れていない。
「名前…?」
「うん、」
「ほんもの…?」
「うん、本物だよ」
「……っ」
「ジロー、」
「、よかった…」
その声はどこか不安気で。
縋りついてくる手を、そっと握り返した。
(きみがいないせかいをみた)
(このてのぬくもりは、)
(ゆめではないのでしょうか)