「…なまえ」

『ん?なに?』

「……ユースタス屋と何の話をしてたんだ?」

『んーっと…大学の頃の思い出話とかキッドくんのお仕事の話とか…後はローとミウのはな…』





背を向けたままリビングへ向かっていたなまえを背中から抱き締めたローに言葉が途切れる。首に回された腕にそっと触れ、どうしたの…?と小さな声で尋ねた。





「……どうして今日、一緒に出掛けなかったんだ?」

『え……』

「ユースタス屋が来るのを知ってたからか…?」

『ち、違うよ!ローたちが出掛けて…入れ違いで来たんだよ?キッドくんと全然連絡取ってなかったし…!』

「……ユースタス屋は…本当に単純に立ち寄っただけか?」

『……っ…』

「…仕事で近くに来ただけの理由か?」

『…それ、は……』

「なまえ……おれに隠し事をするな。……ユースタス屋と、何を話してた」





唇を少し噛み締め、ローの腕に触れていた手に力を込める。強くなった腕を掴む手と、微かに震えているなまえの体にローはほんの少し目を見開いた。





『ロー…私のこと……まだ好きでいてくれてる…?』

「は…?」

『今までと変わらず……私のこと好きって言える…?』

「当たり前だろ」

『じゃあ……今日、何の日か覚えてる……?』

「……ユースタス屋にも同じことを言われたが…今日は………、…!」





しつこいと言いたげにイライラとした様子で声を上げたローだが、もう一度今日という日付けを思い出す。そして一つ、誰の誕生日でもない記念日が頭に浮かんだ。





「なまえ……今日、何日だ……?」

『…10日……』

「10、日?…うそだろ……?10日は……」

『…私たちの……結婚記念日…だよ…』

「!!」

『…キッドくんは…今日…お祝いする為にわざわざ来てくれたの…!ケーキを…持って……!』





微かに震えていた体は彼女が漏らす嗚咽と共に揺れ、ポタポタとローの腕に涙の雫を落とす。





「……………悪い……まじで……」

『…や…やっぱり……忘れてたんだ…』

「…ハァー………、おれは随分と幸せボケしてたらしい…」

『…?』





深く吐いた息は、本当に心の底から後悔の念が押し寄せて来たから出たもの。ローという一人の人間を理解する彼女だからこそわかったことだが、それでもやはり2人の結婚記念日という大事な日を忘れてしまっていたという事実に悲しくないはずがない。
それを弁明するかのように肩に額をつけてなまえを抱く腕に力をいれた。





「なまえがいて…おれがいて……おれたちの血を引いたミウがいて……どうしようもなく幸せで……」

『………』

「…いや、言い訳にしかならねェな……今日、遊園地に行こうと思ったのは昨日の夜ミウに言われたからじゃねェんだ……ずっと考えてたことだ。
…最近仕事が忙しくてなまえと……家族3人で何処にも出掛けてねェなって………週末、休みを取ることしか頭になかった…」





すまない……、耳に届いたローの低い声。
なまえは頬を伝った涙を手の甲や指先を使って拭い取る。互いの顔が見えるよう体を反転させ、今度は正面からローの体を抱き締め返した。





『…ロー、私ね……少し2人に嫉妬してた』

「嫉妬…?」

『ローは…仕事で忙しくて…帰ってきた日はミウばっかりで……ゆっくり2人で話す時間も……なくなっちゃったから…』

「………」

『…母親失格なのはわかってる……でも、やっぱり……唯一私が愛してる男の人が…誰かに独占されちゃうのは……寂しい…』





失望させちゃったらごめんね…不安気に漏らしたその言葉になまえの頭を自身の胸元に寄せる。





「…ミウが…幼い頃のなまえだと…」

『え?』

「お前の親父が言ってただろ?小さい頃のなまえにそっくりだって」

『あ……、うん…』

「…おれはお前の全部を知らねェ……だから、幼い頃のお前の"時間"をミウと重ね合わせてたとこがあるんだ……
なまえもミウと同じように笑って…おれたちを呼ぶように慣れない言葉を発して…その小さな手で親の手を繋いでいたんだろうな…って」

『…ロー……』

「…ミウとなまえのどちらかを選べなんて質問はしてくれるな。…だが…おれもお前と同じように愛する女はなまえだけだ」

『……っ…』





コクコクと何度も頭を揺らして頷くなまえ。
久し振りに抱き締めたその体に温もりと込み上げる愛しさを感じながらキッドの先ほどの言葉を思い出した。





「…確かに……肝心なモノを見失いかけてたな…」

『え?』

「いや、なんでもねェ……」

『…ロー、あのね……キッドくんが買って来てくれたケーキにチョコプレートが乗ってたの……甘いものあんまり好きじゃないのわかってるけど…一緒に半分こしない……?』

「……ああ。なまえ、今日が終わる前に思い出せて良かった…」















「おれにお前の未来をくれてありがとう。…愛してる」





耳元で囁かれた甘い声、言葉。
不安になることもあるが、それ以上の愛を与えてくれるローになまえは幸せそうに笑顔を浮かべる。















(これ、何て書いてあるの?)(くくく…!ユースタス屋には似合わねェ言葉だな。大方、店員が気を利かせたんだろうが)(え?ねぇ、何て書いてるの?)



(よォ、ユースタス屋…お前今何処にいる?)(あ?駅のホームだが…)(まだ電車には乗ってねェのか)(おう、まぁ、けどもうすぐ…)(よし、なら今すぐタクシーに乗ってウチまで引き返せ。仕方ねェから今日泊めてやる)
(は!?いやいや待て!明日おれ仕事だし電車も後2分で…!)(おれも仕事だ。酒とツマミの心配はするな。お前が買ってきたワインを開ける)(あ!!お前…)(じゃーな)





"ご結婚の日に、温かな気持ちをこめて"