『う…怖い……』
「おれが前滑るから大丈夫だって」
『え…どういうこと…!?私サボの後なんて追えないよっ…!?』
「いや、まずは木の葉滑りの練習な。おれが後ろ向きで滑ってなまえを支えるから、なまえはおれの手握って木の葉滑りでまずはバランスの取り方から練習しよう」
木の葉滑り…?と首を傾げるなまえに少し離れたところでおれたちみたいなカップルがいた先を指差す。
違うのは立場が逆ってことで、彼女に教えてもらっているらしい彼氏が誘導されながら右へ左へ体を傾けていた。あんな感じ。と伝えればなまえはプルプルと足を震わせ体に力を入れているらしかった。
『た、立てない…』
「勢いよく立ち上がったらおれが受け止めるよ」
『え、やだ、もしそれで私がサボのこと押し倒しちゃったらサボ怪我しちゃう…!』
「あのね、なまえ、おれ一応男なんですけどなまえ1人ぐらい余裕で支えられるっつーの」
『で、でも…』
「それに、もし倒れても雪柔らかいし大丈夫だって」
でも、と続けようとするなまえの名を呼ぶ。
「なまえ」
『うん…?』
「おれのこと信じて。」
『…っ』
わかった。
覚悟を決めたらしいなまえの板を片手で押さえてもう片方の手でなまえの手を思いっきり引っ張ってやった。
『立てた…!』
「いい感じ!一瞬だけ手放すからバランス取ってみるか?」
『え、えっと…後ろに体重をかけるんだよね…?』
「そ。倒れそうになったらおれが支えるから安心して」
『……わかった』
お、今度は素直。さっきのでちょっとはおれのこと信用してくれたのかな。もしそうなら嬉しい…
『あ、こ、こう…!?たて、てるよね…!』
「上手い上手いっ!よし、じゃあゆっくり降り始めよう」
1人で立てて嬉しいらしい彼女は笑って頷いた。なまえの手を引きながらゆっくり滑り出せば、
『う、サボ…!』
「んー?」
『絶対離さないでね…!絶対だよ!?』
「おー、絶対ェ離さない」
ほんとはちょっと意地悪したいところだけど人もいるし初心者のなまえに万が一トラウマレベルのことが起きたら可哀想だし、ここは我慢我慢。それに、めちゃくちゃおれのこと頼ってくれてるこのタイミングで信用をなくしたくない。
「次、左に体重かけて……そうそう。次は右な。……なまえ上手いな」
『ほんとう…?でも…サボが…っ、こうして、引っ張ってくれるから…!』
「それでもだって。バランス感覚いいんだな」
中盤辺りにきて、他の客に邪魔にならない場所で一旦休憩。なまえは周りのボード客を見てあんな風に滑れるのかな…と呟いていた。
「おーいっ!なまえー!サボー!」
『あ…ルフィくんっ、え…2回目!?』
「おう!なまえおっせェなー」
『う…ごめんね…』
「ルフィ余計なこと言うなっ!なまえは初めてだっつったろ!」
「そうだった!悪ィなまえ!」
『ううん…!頑張って上達するねっ』
「おう!一緒に滑ろうな!」
ルフィの言葉にすまなさそうに謝るなまえを庇う。ルフィお前帰ったら覚えてろ。
早くも2周目らしいルフィはツレのサンジに声をかけられて颯爽と下っていく。その様子をぼーっと見つめるなまえの横顔に声をかけた。
「なまえ、ルフィはああ言ってるけど気にしなくていいからな。なまえはなまえのペースでやろう」
『…うん、サボありがとう…』
休憩を終わらせて再び滑り出して漸く元のスタート地点へ戻ってきた。降りれたな、と笑って話しかければなまえはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべていて…
『サボ、本当はちゃんと滑りたかったでしょ…?ずっと私に付き合わせて…本当にごめんね…』
「ばーか」
『わっ…』
「おれは、なまえと滑りたいんだよ。速く滑るなんてボードやってりゃ誰でもできるようになるけど…なまえにこうやって教えんのはおれの特権だろ」
『…サボ…』
「それに、おれはなまえに教えたいからやってんだぞ。悪いなんて思わなくていい」
『…うん……』
どこか腑に落ちなさそうななまえの頬をグローブ越しに包んで顔を上げさせる。
「なあ、なまえ」
『む…』
「なまえは楽しくないか?おれとボードするの」
『そんなことない…!その…ちょっとまだ…怖いけど……サボにこうして教えてもらって…嬉しいしっ、初めてのボード、楽しいよっ…!』
「おれもだっ」
『え…』
「おれもなまえに教えんのもこうして一緒にボードしてんのも嬉しいし楽しい!」
せっかく旅行に来てんだから楽しもうぜ。そう笑って言えば、やっといつものなまえの笑顔に戻った。
『ん……サボ…』
「どした?」
『ありがとう……大好き…』
神様、おれ生きててよかったです。
なまえと出会わせてくれてありがとうっ!
そんな気持ちと共におれたちはもう一度リフトへ向かった。
「なまえ、疲れたら言えよ?無理しなくていいからな」
『大丈夫っ!滑れて楽しくなってきたっ』
「おお、頼もしいな。けど、ほんと無理は禁物な。慣れ始めて油断した頃が1番怪我しやすいし」
『わかった!』
あれから数時間程練習して昼飯を食ったおれたちは再びリフトへと向かう。ウェアの中に忍ばせていたスマホを取り出してグループラインを見れば各々バラバラの時間帯に連絡が入っていた。
あー…コリャ完全に別行動だな。
「なまえー」
『あ、みっちゃん!』
「凄い上達したねぇ…普通に滑れそう」
『さっき真っ直ぐにして思い切りコケちゃったよ…』
「転んで上手くなるんだよ。サボくん教えるの上手そうだし大丈夫だよ」
中間地点で再び休憩に入ったおれたちの元へやってきたミッチー。ザッ!と板で雪をかくこの音がおれは好きだ。うまいなー、と思いながら女の子同士の会話に耳を傾ける。
『エースくんは?』
「あぁ、それがねぇ…ジャンプ台行ったっきり帰ってこないの」
『ええっ!?け、怪我とか…』
「ああ、大丈夫だよ、さっき飛んでるところ見たし」
「あいつ放っといたらジャンプ台しか行かなくなるんだ」
『サボもできるの?』
「ん?まあな」
『私、みっちゃんといるからサボ行ってきていいよ!』
「え、けど…」
まだ気を遣ってるのか…と思ったおれだったがその考えはどうやら杞憂だったらしい。
『それに…その…サボがジャンプしてるところ、見てみたいし…』
「!」
か、わ…いい…!!
何もうおれ今日死ぬかも。
もうこの発言も何回目かわからない。
おれ何回死んでんだよ。
「じゃ、じゃあちょっとだけ……ミッチー、なまえのことよろしく」
「うん、任せて〜」
なまえの一言で身軽に動くおれは何とも単純な奴だな。
ミッチーと3人一緒にジャンプ台へ向かったおれたち。その後、ジャンプ台付近で座り込んで他のスノーボーダーの技を盗み見るエースと合流し、なまえにかっこいいところを見せるべく飛びまくった。
続。