なまえと喧嘩したあの日から、早3日が経った。なまえからの連絡は無し。おれも…連絡していない。
付き合い始めてからこんなに連絡を取らなかったことは一度もない。





「サボくん…なまえと連絡取ってないの…?」

「…………とってない」





あれから、なまえは一度も学校には来ていない。
一番仲の良いミッチーにもあの後、調子が悪いからしばらく休むかも。心配しないで。とだけメッセージが来たらしい。
それ以降連絡が取れず、家に行っても誰も出ないそうだ。





「…心配じゃないの……?」

「………別に」

「…嘘。だってずっと不安そうな顔してるよ」

「………してねェ」

「サボくん…、なまえきっと傷付いてる。サボくんに怒られたことも、サボくんを傷付けたことも…だから…」

「っウルセェな!!放っとけよ!!」

「っ!」

「おい、サボ!みちるに八つ当たりすんのは違うだろッ!!」

「……っ、……わりい…」





今のは完全に八つ当たりだ。だけど、どうしようもなくイライラしてつい、当たってしまった。
最後に見たなまえは泣いていた。心配じゃないわけがない。本当は今すぐ会って話がしたい。だけど、おれのちっぽけなプライドがそれを邪魔していて……
後ろにも前にも進めず立ち止まってしまっているような感覚に苛立ちが募った。

このまま学校にいても今みたいに八つ当たりし兼ねない。ミッチーに頭を下げてもう一度謝ったおれは鞄を持って大学を出た。





「あー、サボくん?」

「…誰……、!」





大学を出てすぐの電柱にもたれ掛かっていた男がおれに声をかけてきた。見知らぬ男に警戒気味に返事をして気付いた。

こいつ……確か…あの日、なまえといた…





「あー良かった合ってた!いやーおれ、女の子を迎えに正門で待ってたことはあるけど男待つのは初めてだわ」

「…………なんか用か」

「気持ちはわかるけどそう怖い顔すんなって。ちょっと話せるか?そんなに時間取らせねェからさ」

「…お前と話すことはねェよ」

「まあまあ、そう言わず」





ヘラヘラした顔と軽い口調の話し方に落ち着き始めていたイライラが再び戻ってきた。
こういうタイプは苦手なのに、今、おれとなまえがこんなことになっている要因の一つである男が目の前にいるなんて……





「……わかんねェのか。おれ、今初対面のお前のことブン殴れるぐらいには腹立ってんだよ」

「いや、気持ちは凄ェわかるんだけど。2回も顔面は勘弁して欲しいからまずは落ち着いてくれると助かる」





頼む!と両手を合わせて頭を下げた男にこれ以上押し問答を繰り返してこいつといる時間を引き延ばすのもどうかと思い、舌打ちしたい気持ちを抑えて口を開いた。





「…5分だ。5分で済ませろ」

「おお…5分…まあいいや。単刀直入に言うとおれ、なまえの元カレです」





ああ…やっぱりか。なんだ最近元カレとの遭遇率高いなおい。





「こないだなまえと会ってたのはおれが随分と前になまえに預けてた荷物を返して貰ってただけなんだ」

「荷物…?」

「そう。預けてたっていってもおれが勝手に忘れてただけだったんだけどさ。偶然会ってちょっと話してたらそういえば、ってなまえが思い出して。捨てるのも違うから返しておきたいって言われたんだ」





あの紙袋はコイツのモノを返すためになまえが用意したものだったのか。
そりゃあ、なまえのことは信用しているしエースが浮気だなんだと言ったのも冗談だってわかってる。
それでも、こうしてイラついてしまうのは…おれに…余裕がない証拠…





「んで、おれが今日ここにいるのはおれのツレもここに通っててさ。
なまえが彼氏に思い切り怒鳴られてんの見ておれに連絡寄越してきたわけ。おれ、なまえと久々に会うって話を友達にしてたからさ。
そいつ、察し良くておれのせいで喧嘩したっぽいって教えてくれてよ。
なまえが学校に来てねェってのも聞いてこりゃマズイな、と思って今日は勝手にキミのこと待ってたんだ」

「………で、なんだよ」

「え?」

「それ話しておれがはいそうですか、なまえと仲直りしてくるわ…ってなると思ったのか」

「んー…ならない?」

「……これはおれとなまえの問題だ。横入りしてくんな」

「まあ、そうなんだけどさぁ…」





首を傾げてとぼけたような話し方をする男にまだ話し足りないのかという意味を込めて軽く睨みつける。
さっきから馴れ馴れしくなまえの名を呼んでいることも昔のなまえを知っているということもおれと同じようにこいつもなまえとキスをしたり手を繋いだ過去があるということも、未だなまえに好意を寄せている風なのも、全部、全部…ムカつく。





「…ま、おれぶっちゃけなまえのことまだ好きでさ」

「ッ…」

「フラれたんだけど、ちょっとは変わったつもりだしヨリ戻せねェかな、なーんて…期待して行ったんだけど」

「………」

「ちょっと顔寄せて言い寄ったらビンタされちゃって。それが痛いのなんの…手形残ったんじゃね?っていうぐらい思い切りやられてさ!」





さっき"2回も"って言った一度目はなまえだったのか…なまえでも手を出すこともあるんだな…
勢いで手が出たであろうことは容易に想像がつく。
どうせならグーパンでも良かったぞなまえ。なんて思いつつざまあみろ、と心の中で目の前の男に舌を出す。





「…んで、"私にはもう大事な人がいるから"って」

「!」

「"彼しか考えられない。だから、彼に嫌な思いもさせたくないし今日限りもう会わないから"って…思い切りフラれたんだよ」





なまえ……





「あんな優しそうに笑うなまえ初めて見て…ああ、コリャ負けたわって思ったんだけどさ。
次の日おれのせいで喧嘩したかもなんて聞かされちゃ気が気じゃねェよ」

「………」

「…おれ、自己中でルーズだからなまえに怒られてばっかで
すぐ愛想つかされてフラれたんだけど……この間見せたあいつの笑顔が今まで見た中で最高に可愛くてさ。
ああ…こいつめちゃくちゃ愛されて愛してんだな、って思った。
……だからよ、おれが言うのもおかしい話だけど……なまえのこと泣かせないでくれ」





そんなこと……お前に言われなくてもわかってる。
おれはなまえを困らせたいわけでも怒らせたいわけでも、ましてやあんな風に涙を流させたいわけでもない。
おれは、ただ…おれの隣でなまえに笑っていて欲しいだけなんだ…





「おっと…5分余裕で過ぎてた…!悪いな。今回のことは本当悪かったよ。なまえのこと、宜しく頼むわ」

「……オイ」





自分の腕時計で時間を確認した男はもう一度両手を合わせて軽く頭を下げた。
勝手に現れて勝手に帰ろうとする男を呼び止め、もう会うことはないだろうが、どうしても気にくわないことを告げる。





「なまえって呼び捨てにすんな」

「…!ははっ…悪い!じゃあな」





駅に向かって歩いていく男の後ろ姿を呆然と見つめるおれの中にある感情は本当に情けない程に、単純なものだった。

会いたい……どうしようもなく、なまえに会いたい。