数日が経ち、ゆっくりとスティンの精神も落ち着き始めていた。穏やかな航海が続く中で、ハートの海賊団は一つの大きな島へと辿り着いていた。
「ねぇ、スティン!シャボンディ諸島には遊園地があるの!?」
『そうだよ。"シャボンディパーク"っていってすっごく大きくて楽しいらしいよ!』
「行ったことないの?」
『その時は仕事が忙しくて行けなかったんだよね…』
「キャプテンに頼んで連れてってもらえないかな…」
お願いしてみようか、ベポにそう告げたスティンだがローからはそんな彼女たちの願いは却下された。
「…遊園地なんか行かせねぇぞ」
『え!?ロー…なんで?』
「当たり前だ。お前がここに訪れた当時は海軍の人間だったかもしれねェが今は海賊だ。それに、お前も知ってるだろうがシャボンディ諸島は治安の良し悪しが激しい。人攫いも頻繁に起きてるしな」
『ああ……、そっか……』
「人攫い?」
『そうなの。ヒューマンオークションっていうのが開催されててね。1〜29番GRは無法地帯で人攫いが多発してるの。ちなみに60番GRには海軍の駐屯所があるし』
「なーんかゴチャゴチャした感じなんだな」
『すっごく広いからね』
島の中心部へ入る前にシャボンディについて話すスティンたち。新世界へ入る為の船のコーティングを島に入った二日前にすぐさま進めた彼らはこれから21番GRへ向かう。
フワフワと浮かぶシャボン玉をツンツンとつつきながらスティンはローの隣をのんびり歩いていた。
『シャボンディ諸島も久しぶりだなぁ……』
「スティン……ルーキーを把握してるか?」
『え?んー…ある程度は。どうして?』
「この島に億越えルーキーが集結してるんだ」
ローの唐突な質問にスティンが首を傾げると、彼女の後ろを歩いていたペンギンがローが尋ねた意図を話す。
『そうなの?ローも億越えルーキーに入るよね?…顔を見れば大体わかると思う…多分だけど』
「フフ……、面白ェもんがみれそうだ…」
『え?』
突然、ローがそんな声を漏らした為、スティンはローが見据える先に視線を移した。そこではローがいうように一発即発の雰囲気を醸し出す二人の姿。
「"怪僧"が暴れてる!!」
「急いでここを離れないと!」
「………」
『…ロー、ご機嫌みたいだね』
「フフ……!」
見事にぶつかり合い始めたのは"怪僧"のウルージと"殺戮武人"のキラー。ウルージは手にしていた鉄の塊をキラーに振り回す。キラーはそれを避け、勢いをつけてウルージに向かった。キラーはウルージが振りかぶった鉄を高く飛び上がることで避けるとそのまま落下位置にいるウルージに腕に装備された刃を向ける。
「オラァ!」
『!!』
キラーを待ち構えていたウルージだったが、彼らの間に入り、それぞれの攻撃を防いだのは"赤旗"のX(ディエス)ドレーク。
スティンは噂では聞いていたドレークの姿を初めて見て、多少なりとも驚いた。自分と同じ海軍将校で海賊になった男が彼らの仲裁に入ったことが興味深いものだったからだ。
「暴れたきゃ……"新世界"へ!!」
「なるほど……落ちた将校ドレークか…命を拾いなさったな…マスクの人…」
ドレークの言葉を最後にウルージとキラーは大人しく真逆の方向へ歩いて行く。スティンは木箱に座るローの肩に甘えるかのようにもたれかかった。
「今いいとこだったのに……ドレーク屋、お前……何人殺した?」
スティンたちがいる方向へ歩いてきたドレークに声をかけた機嫌の良さそうなロー。スティンはドレークに軽く会釈だけし、無表情でドレークを見つめる。
「…………」
ドレークは何も答えることなく仲間を連れて歩き去って行った。それでも尚、上機嫌のローにスティンはローの首元で両手を繋ぐ。
『ロー、私の前ではあんまり残忍じゃないけど……ああいうの見て楽しいならやっぱり噂通り極悪非道だね』
「フフ…!お前も興味ねェか?"怪僧"と"殺戮武人"の勝負の行く末……おれとしてはどちらが死んでも面白ェ…」
『………私は正直どうでもいい』
「フフ……!」
やけに楽しそうなローを見て、スティンはやっぱり彼は海賊なんだなあ、と当たり前のことを改めて思った。
『それで……今からどうするの?』
「時間は……まだあるな。4時から1番GRでオークションが開かれる」
『ヒューマン・オークション?行くの?』
「コーティングが終わるまで時間がかかる……時間を潰すには最適だ」
木箱から腰を上げ、立ち上がったローに続きクルーたちもシャボンディ諸島内を歩く。それから遅めの昼食をとったハートの海賊団はスティンとロー、クルーの内シャチとペンギン、ベポを残し、共に来ていた他のクルーはローが指定した時間に船に戻るよう伝え、散った。
ローたちは少し早めにオークション会場へと足を踏み入れ、後方列へ腰を下ろす。
『さすがにすごい人だね……』
「ここの警備についたことは?」
『一度だけ。天竜人の二重護衛も兼ねて』
「オークション内にいたのか?」
『ううん、外の警備だったよ』
シャチの隣でローは長い足を組み、明らかに一人分ではない幅を取って広々と座った。ローの後ろにペンギンとベポが座ると、スティンはローの手に引かれるままにローの腕の中へ収められる。
『4時まで後20分……ロー何か買うの?』
「そうだな……イイ女がいれば買ってもいい」
『……………』
「フフ…!冗談だ」
『一瞬殺意芽生えたよ』
そう言った彼女の言葉は嘘ではないだろう。腰に差している鬼志の柄に手をかけていたのだから。ローは楽しそうにのどを鳴らし、少々ふて腐れるスティンの髪を優しく撫でると、彼女の頬にキスをした。
『……そんなことで私の機嫌が良くなると思ったら大間違いだからね…』
「くくく…!そうか?なら……今夜は精一杯お前を可愛がってやるよ」
『……!!』
「「…………」」
耳元で低い声でそんな言葉を囁かれたスティンはみるみるうちに顔を赤に染め上げ、ローから顔を離す。
そしてそんな彼らのやり取りを見ていたペンギン、シャチは居心地の悪さに顔を引きつらせていた。