『…今日からお世話になります…スティンです。…よ、よろしく…』
荷物を運び終わり、しばらくして甲板に集められたクルーを前にスティンは細々と挨拶の言葉を述べる。
『えーっと…あの……』
「テメェら、女が来たからって浮かれんじゃねェぞ」
「「「お、オッス!!」」」
ローの言葉にギクシャクしながらも頷いたクルーたち。そして、スティンを歓迎する言葉が飛び交ってきた。
「スティン!よろしくな!」
「これから楽しくなるぜっ!」
「野郎どもー!島を出るぞォオ!」
「出航だーッ!」
「今日は宴だァアッ!」
「ひゃっほーい!!」
突如賑やかになったハートの海賊団。
スティンは一瞬呆気にとられたが、すぐに笑顔を見せる。
『あははっ』
「碇を上げろー!」
「位置につけー!」
出航準備に忙しなく動くクルーたち。
スティンは何か手伝うことがないかとキョロキョロ辺りを見回す。
「何を探してるんだ?」
『あ…ペンギンさん…私に何か手伝えることはありますか?』
「そうだな………ただそうやって俺たちを見ててくれ」
『え?』
「それだけでアイツらはいつも以上に働く」
『それだけ?』
「ああ…それだけ」
『ほんとに?』
「ほんとに」
にっこり笑ってそう言ったペンギンにスティンは本当に何もしなくて良いのかと不安だったが、ペンギンの笑顔があまりに爽やかすぎた為、大人しく頷いた。
『…暇だなぁ…』
「本でも読むか」
『あ…ローさん…何があるんですか?』
「医学書なら大方揃ってるが」
『…読めません』
ふう…とため息をつくスティン。
ローはそんなスティンの隣に立ち、忙しなく働くクルーを見る。
「…お前、海兵だったんだな」
『!』
ローに聞かれ、いずれは知ることとわかってはいたが改めて聞かれると少し気まずい。海軍からしても、海賊からしても互いに相入れぬ存在ではあるから。
『…船を出して今更言うのもアレですけど…昔、海軍にいました。……やっぱり、そういう奴はダメですか?』
「…関係ねェな。海兵から海賊になったやつだっているし、王下七武海の奴らも軍の狗に成り下がった海賊だ。
…お前が未だに海兵でも俺はお前をこの船のクルーにしてた」
『ローさん…』
「…そんなつまんねェ心配するだけ無駄だ。俺はお前だから仲間にした」
『……ありがとうございます』
「…ただ、昔の仲間だからといって戦えねェだの何だのぬかしやがったら…そん時ゃタダで済まねェがな」
『ふふ…その覚悟はできてます』
にっこり笑って言ったスティンにローは意思の強い女だな、と思った。
「…まあ、お前が心配することといえば海賊よりも海軍の当たりの方が強いと思うぞ。寝返っただの正義がどうだの…ウルセェ奴らだからな。懸賞金もつく……覚悟しておけ」
『大丈夫です。元々、海軍にいた時から私、変わってたんで』
「くくっ…そうか。今からお前の軍にいた時の話でも聞くか?」
ローに言われ、スティンは首をブンブン横に振る。
『いいです!話すことないし!ってゆーかつまんないし!』
「つまらねェかどうかは俺が決める」
『……また機会がある時に…』
「くくく…仕方ねェな」
ローはスティンの頭をポンポンと撫で、クルッと身を翻した。
「…腹減らねェか、スティン」
『あ、減りました。私朝から何も食べてないし…』
「よし…飯食いにいくか」
『でも…クルーの皆はまだ仕事…』
「あいつらはあいつらで仕事が終わってから食うさ。やることのねェ俺たちは好きな時に食えばいい…」
『………』
「…なんだ?」
突然黙りこくってしまったスティンを見て、ローが少し首を傾げながら聞く。
『…軍と全然違う…』
「くくっ…当たり前だろ」
『…軍にいる時は下等兵たちは決められた時間にしか食事は取れなかったし自由なんて殆どなかった…』
「海賊ってヤツは、自由だ。好きな時に寝て好きな時に起きる。好きな時に飯も食えばいい…もちろん、クルー共は仕事をしてからだがな。
どうしても食いてェなら勝手にすればいいさ」
それだけ行ってスタスタ歩いて行くロー。
スティンはその後を急いでついていった。
「船長!コーヒーですか?」
「ああ…後コイツにも何か作ってやれ」
「お!噂の美人クルーですか!」
『え?』
「油売ってねェでさっさと作れ」
「へーい」
船の中央部にある広い一室に食堂がある。キッチンから顔を覗かせたクルーに命令したローは食堂のテーブルとは少し離れたソファーに座った。
木の椅子と違い、フワフワで座り心地の良さそうなそのソファーはロー専用に置かれたものだと説明せずとも物語っている。
「…そんなとこ突っ立ってねェで座れ」
『あ、はい…』
座れ、と言われてもどこに座っていいかわからない。
スティンは入口近くの木の椅子にちょこんと腰掛けると、新聞を見ていたローが眉間に皺をよせて不機嫌そうにスティンに声をかけた。
「…なぜそこに座る」
『え?だって…どこに座ればいいか…』
「コッチ来い」
何がなんだかわからないが、とりあえず指示通りローの元へ歩み寄る。
すると、二人掛けのソファーの半分に座っているローがスティンの腕を引っ張り、自分の横へと座らせた。
『え?あの、えっと…』
「…なんだ」
『せ、狭くないですか…?』
「くくっ…緊張してんのか?」
『べ、別にっ!』
顔を赤く染めるスティンを見て、ローは楽しそうにのどを鳴らして笑う。キッチンから、先ほどローと話していた男が料理とコーヒーを持って現れた。
「はいよ、お待ちどう!」
『わ…!美味しそう…!!』
「特性カルボナーラだよ。船長にはコーヒーです、っと」
「ああ」
『食べていいんですか?』
「もちろん」
添えられたフォークを手にとり、スティンはカルボナーラを一口。その絶品さにスティンは幸せそうに笑う。
『美味しーいっ!』
「はは、そりゃよかった。好きな時に好きなもん作るからいつでも言ってくれ」
『はいっ!』
「……」
キラキラ目をかがやかせてコックを見るスティンに、ローは眉間に皺を寄せたままコーヒーを一口飲んだ。
「おい、リン…」
「なんスか?」
「コーヒーが不味い。淹れ直せ」
「そんなわけないでしょ。船長の好きな豆でいつもと同じように淹れたんですから」
「俺の命令が聞けねェのか?」
ピリピリした雰囲気だが、スティンは夢中でカルボナーラを食べているためそんなこと気付きもしない。リンと呼ばれたコックは不思議そうに首を傾げ、必要以上に苛々しているように見えるローに、ピンときた。
「はっはーん…」
「…なんだ」
「船長、スティンちゃんが俺の料理褒めたから苛々してんでしょ?」
「!」
「図星だー!」
「テメェ…バラすぞ!!」
「コーヒーは淹れ直しませんよ!美味いんスから!」
ローにこれ以上とばっちりを受けるのも嫌なので、リンは言い逃げをしてキッチンに戻る。
そんなリンの後ろ姿を見て、ローは盛大な舌打ちをした。
『ん…そう言えば、ローさんは食べないんですか?』
「ああ…」
『え…でもさっきお腹が空いてるって…』
「……」
妙に勘のいいスティンにローは押し黙って新聞紙を再び広げる。
スティンが口を開いたと同時に食堂の扉が勢い良く開いた。
「あー!腹減ったァ…」
『あ、シャチさん』
「スティンじゃん!ってあれ?船長!珍しいー!こんな時間に船長がいるの……てか、船長さっき飯食ったとこでしょ」
『え?』
「チッ…!」
仕事を終えたのかゾロゾロ食堂に入ってきたクルーたち。ローとスティンがいる光景に、スティンの目の前にはひとだかりが。
そして、シャチの言葉にスティンは驚く。
『でも、さっきお腹が減ったって…』
「スティン、きっと船長は食堂の場所がわからないスティンに場所を教えたかったんだ」
「ペンギン!テメェまで余計なことを…!」
『あ…』
「しかも船長専用のソファーで飯食えるなんて…ほんと羨ましいなー!俺らが勝手に座ったら船長怒るんだぜ?」
『え…』
「どいつもこいつも…俺にバラされてェみてェだな…」
「「「ヒッ!」」」
ギロリと睨むローに散って行ったクルーたち。
ローを呆然と見つめるスティンを見たローはプイッと顔をそらした。
「スティン、船長は普段偉そうな口調ではあるが実は優しいんだ。…特にお前にはな。不器用な人だが、気長に相手してやってくれ」
『…はい!』
「ペンギン!!テメェ本気でバラすぞ!!」
「ははっ!」
相変わらずいつも爽やかなペンギンはローの脅しにも屈した様子もなく手をヒラヒラ振ってクルーたち同様席について食事を始める。
苛立ち満載のローにスティンはクスッと小さく笑い、ローの服をチョン、と引っ張った。
『ローさん』
「……」
『…ありがとう』
「うるせェよ」
バサッと大胆に新聞紙を広げるロー。
スティンはこれも照れ隠しなのかな?と思いつつニコニコとパスタを食べる。
『ご飯食べ終わったら船内、探検してもいいですか?』
「好きにしろ」
『ありがとうございます』
それからしばらくして食事を終えたスティン。
ローもやることがあると自室に戻ったので、スティンは一人船内を彷徨うことに。
『んー…どこから行こうかな…』
「あれ、スティン何してるの?」
『あ…ベポさん。探検です!』
「ベポ、さん……ベポでいいよ!そっか、スティンは船のこと何も知らないもんね。オレが案内してあげる!」
『え、いいんですか!?』
「うん!後、敬語もいらないよ」
なんだかフレンドリーな感じで接してくれるベポにスティンは嬉しくなり、笑って頷いた。
「ここがシャワー室と大浴場。コッチはミーティングとかに使う部屋でここは観測室…後、手術室に薬品室。それとこの部屋が船長室兼キャプテンの部屋!あっち側に行ったら割り当てられた皆の部屋があるよ」
『へぇ…そういえば、この船って形が少し変だよね…』
「この船は潜水艦だからね」
『潜水艦?じゃあ、海に潜ったりもできるの?』
「そうだよ。そういう時は当たり前だけど部屋から出れないからね」
『そうなんだー……あ、私の部屋ってどうなるの?』
「ああ……それはキャプテンに聞いてみないとわからないね」
『そっか…ありがとう、ベポ』
「…ポ…」
ベポはスティンに笑顔でお礼を言われて恥ずかしそうに顔を赤く染める。
『船長室ってノックして大丈夫なの?』
「うん。スティンならキャプテンのお気に入りだしいつでも大丈夫だと思うよ」
『………』
「…どうかした?」
『ねぇ、ベポ…』
「ん?」
『皆私のことローさんのお気に入りっていうけど…なんで?』
「…なんで、って言われても…」
『そりゃ、ローさんにも気に入ったから勧誘した的なことは言われたけどさ…それにしたって私への優遇っていうか…なんか凄くない?』
「……」
ベポは何と言っていいかわからずんー…と困り果てていた。
腕を組んで首を傾げるベポと同じようにつられてスティンも首を傾げる。そんな首を傾げ合う二人の奇妙な光景を見て食事を終えて一息ついていたペンギンが声をかけた。
「何してるんだ?」
「あ、ペンギン…」
『ローさんのことについてっていうか…私のことについてって言うか…』
「何の話だ?」
今度はペンギンも首を傾げる。
スティンはペンギンに先ほどベポと話していたことを説明した。
「ああ…そのことか」
『何か知ってるんですか?』
「知ってると言えば知ってるが…直接本人から聞いたわけじゃない」
『…ペンギンさんの見解ではどういうことになるんですかね?』
「そうだな……俺が言うのも野暮な話だからな」
『?』
「船長に直接聞いてみたらどうだ?」
「『………』」
ペンギンにそう言われてスティンは船長室の前でただ突っ立っている。
ノックをするかするまいか…聞け、と言われても何と聞けば良いのかわからない。うーん…と悩んでいると、突然扉が開いた。
「……何してる」
『…あー…えっと…その…』
「……」
どうしようかとオロオロしているスティンを見てローは全く状況を飲み込めていないがとにかくスティンを部屋にいれることに。
「…入るか?」
『あ…はい…』
初めて船長室の中へ入ったスティン。
大きなベッドと、立派な机。壁いっぱいの本棚につまった書物。ベッドの前の小さめのテーブルのそばには一人掛け用のソファーが二つ向かい合って並んでいる。
「好きなところに座れ」
『はい…』
「………」
遠慮気味にソファーに座ると、ローもその後を続いてスティンと向かい合わせにソファーに座り、足を組んだ。
「…で、なんだ」
『え?』
「俺に話があったから扉の前にいたんだろう?」
ローに言われ、あ…そうだったと言わんばかりの顔をするスティンにますます意味がわからないロー。
スティンは一度座り直し、緊張した面持ちで口を開く。
『…クルーの人たちが、私のことをローさんのお気に入りって言いますけど…なんでですか?』
「言ってる通りだからじゃねェのか?」
『いや…そうなんでしょうけど…なんていうかその……なんで気に入られてるのかわからなくて…』
「………」
『なんか私だけ特別扱いみたいで…新入りなのに皆さんに申し訳ないというか…』
ごにょごにょ話すスティン。
ローはソファーにひじをついて顔をもたれさせた。
「…仕事をしてェのか?」
『え?』
「何か役に立つことをしたい、と?」
『まあ…そんな感じです…』
「わかった…考えておく。それで、他に要望は?」
『え?』
「今聞いといてやる」
『えーっと……私、どこで寝ればいいんでしょう?』
スティンが首を傾げながら尋ねるとローは、ああ…考えてなかったな。と呟く。
「ここで寝ればいい」
『は!?』
「船長室は比較的他の場所より安全だし、今、空き部屋はねェ…お前がこの部屋を自室にするなら空き部屋を作ろうともしなくていいしな…」
『いやいやいや…!ここは船長室ですよ!?私はただのクルーだし…!』
「その船長であるおれがいいと言ってるんだ。何の文句がある?」
『いや、文句じゃなくて!』
「おれといるのが嫌だと?」
攻め入るようにローに言われてしまい、スティンはうっ、と言葉を詰まらせる。別にロー自身が嫌、というわけではない。
先ほども言ったように新入りのクルーの身分で船長室で寝泊まりするとはどういうことか。周りのクルーの面目も立たない。何より男と女。今日だけ、ならまだしも毎晩となればさすがのスティンも気が引ける。
『……その、だから…男と女でもあるし…』
「なるほど…」
わかってくれたか!と期待するスティンだったがその思いは無念にも砕け散った。
「…おれに抱かれたい、と」
『違う!アンタバカか!』
「くくくっ…!」
『…あっ…からかった!?』
「…飽きねェ奴だな、お前は。……とにかく、お前の部屋はここだ。文句は言わせねェ…わかったな」
『………』
「返事は」
『……アイアイ』
なんとなく、はいと言うのが嫌だった為、ベポの真似をして返事をするスティン。ローはスティンの頭をクシャッと撫で、立ち上がる。
「刀は近くに置いておけ。何かあった時は自分の身は自分で守れ」
『…はい!』
「まあ……お前は俺が守ってやるがな」
『え?』
聞き返してみるものの返事はなく、スティンは首を傾げた。
「…スティン」
『はい?』
「この船は俺の船だが、お前の船でもある。…これからはお前の守る場所も、帰る場所もここだ。…よく覚えておけよ」
『…!はい、キャプテン!!』