なまえ早く来ねェかなぁ…
おれは次の講義の教室でなまえを待っていた。
エースと3人で昼飯食ってる途中なまえのスマホに電話がかかってきた。ゼミの先生に呼び出されたとかで先に行っててと言われたのが10分前。
後15分もすれば休憩が終わり、講義が始まる。
エースは別の講義取ってるから絶賛ぼっち中のおれ。暇だ。寝よ。
ダラリと机に項垂れる。
少し前まで割と静かだった教室はちらほらと集まり始めた学生の声で賑やかになり始めた。
「お前全然デートしてねーんだろ」
「だってあいつ、ノリ悪ィんだもん」
「まだヤッてねェの?」
「ヤらしてくんねー」
…なんつー下世話な話を教室でしてるんだ。
やけにクリアに聞こえるその声は恐らくおれの席の2つか3つぐらい後ろだろう。結構後ろの方に座ったからあまり人がいないせいでよく響く。
若いなァ、とおっさんみたいなことを思いながら瞼を閉じた。
「付き合ってくれって言ったのお前だろ?」
「そうそう、お試しで〜って言ったっつってたじゃん」
「だってさ、あいつ見た目は結構いいじゃん。スタイルもいいし、抱いてみてーなーって」
……なまえも確か試しに付き合ってって言われたって言ってたな…何だ何だ、最近お試し恋愛流行ってんのか?
「けどさー、あいついざ付き合ってみたらいろいろ違ったんだよな」
「何が?」
「セックスどころかキス一つもさせてくんねェしタバコの臭いが嫌いだからやめろって。香水もつけてこないでって言われたんだぜ」
「うわ、何それ面倒臭ェ」
ん……?
男たちの会話におれは閉じていた瞼をパチリと開く。
「こっちから付き合ってって言った手前タバコは減らすっつったんだけどよ、なんか根暗みてェで面倒臭ェんだよな」
「そういえばあの子って双子なんだよな」
「ああ、そうそう。サボだろ」
…おれの名前……やっぱり、こいつ、なまえの彼氏…?
「名前よく知ってんなぁ」
「嫌でも覚える。
こないだも飯食って軽く酔わせてラブホ連れ込もうと思ったんだけどさ、酒すすめたらサボが待ってるから飲まないし飯食ったら帰るって言い出したんだぜ」
「うへェ、なんだよブラコン?」
ブラコン……確かにブラコンだな。
この歳で一緒に寝る双子もいないだろう。ていうかなまえ、彼氏の前でもおれの話するんだ。そういう話聞いたことないからなんか新鮮だな。そんで酒飲まなくて正解だ。
…あんまり口出ししたくねェけど家帰ったらなまえに別れたらって言うか…なんか、なまえのこと大事にしてくれなさそうだし。
そうしよう。
この場になまえがいなくてよかった。
スマホの画面を見て時間を確認する。
後10分、なまえ間に合うかな…
「ほんとあんなつまんねェ女だと思わなかった。ブラコンとかの域超えてるぜ、アレ。気持ち悪ィよ」
………は……、今なんつった。
…気持ち悪い……?誰が。なまえがか…?
あいつのどこが気持ち悪いんだ。
感情をあまり面に出さないタイプだけど友達思いだし優しいし気配り上手だ。真面目な性格で負けず嫌いで一途なあいつはおれの自慢の妹だ。
笑ったら超可愛いし甘いものとか大好きなどこにでもいる普通の女の子。そんなあいつが気持ち悪いわけないだろ。
「まーせっかく付き合ったんだし一発ヤッてから別れるかー」
「うっわ、お前酷ェな」
「チャラいわ、まじで」
ゲラゲラ笑う男たちの声。
おれはスマホを机に置いたまま席を立ち、なまえの彼氏の元へ早足で向かう。
「…ん、なんだ?」
「座るのか?」
「……じゃ……ねェ……」
「あ?」
おれを見上げる3人組。
おれは広がっていた右手を拳に変えて強く握りしめる。
「なまえのこと…!知ったような口きいてんじゃねェ!!!」
「ぐほっ!」
「うわっ!?なんだよこいついきなり!!」
「こ、こいつ…!"サボ"じゃねェか!」
なまえの彼氏であろう男の顔面に思い切り拳をブツけてやった。なまえの付き合いに口出しするつもりはない。
ないけど、なまえを大事にできねェ男を黙って見過ごせる奴ならおれはなまえの血を分けた双子じゃない。
「いっ、て…!フザケんなよ…っ!」
「おれの大事な妹に二度と近付くな…!!」
衝動で椅子から落ちた男はおれの胸ぐらに掴みかかろうと立ち上がる。この騒ぎに周囲の学生から悲鳴らしきものが聞こえてきた。
『サボ!』
「…っ、なまえ……」
『何、してるの…』
バタバタと駆け寄ってきたなまえは胸ぐらを掴んだ男と掴まれているおれを見て目を見開いて固まる。男はなまえが現れたことで手を離した。
「なまえちゃん!何なんだよこいつ!いきなり殴りかかってきたんだぜ!」
『…え…、サボ…殴ったの……?』
「………」
さっきの話をなまえに言いたくない。
だって傷つくかもしれねェじゃん。
…別に知らなくてもいいことをわざわざ言わなくたっていいだろ。
「おい、何とか言えよ!」
「おれらも見てたぜ!急にこいつが…!」
『サボ、行こう』
彼氏の連れの言葉を遮ってなまえは殴った方のおれの手を取るとおれのスマホと鞄を掴んで歩き出した。
「え、ちょ…!なまえちゃん!?」
「なまえ…?」
『ねぇ、私やっぱりこれ以上付き合えないや。一緒にいても楽しくないしタバコも香水も嫌だし』
何より、そう言葉を区切ったなまえは
『いつも優しいサボを手が出るぐらいまで怒らせる人なんて好きになれないから』
直後、チャイムの音が鳴った。
先生が来るのが遅い講義でよかった。
変に騒がれるかもしれねェ……もう、既に生徒達の注目の的になってしまっているが。
なまえの言葉に固まる三人組に踵を返しなまえはおれの手を引いてツカツカと教室から出て行く。
生徒の目が、おれたちを追っていてかなり恥ずかしかった。
「なまえ」
『んー?』
「……何も聞かねェの?」
『うん』
なまえは少し赤くなっているおれの手にさっきトイレで濡らしてきたハンカチを押し当ててじっとそれを見つめている。
構内の3階にあるテラスにはおれたち以外に誰も人はいなかった。
「…なんで?」
『だって、聞いてほしい話ならサボから話してくれるでしょ』
「…まあ…」
『話さないってことは言いたくないことか言わなくていいって思ってるってことでしょ』
だから、無理やり話さなくていいよと笑ったなまえ。
……ほら、なまえは全然気持ち悪くもないしつまらねェ女でもない。優しい、可愛い女の子だ。
「…なまえ、」
『なに?』
「おれ、あいつ嫌い」
『あははっ、だろうね!サボが人殴るなんて初めてでびっくりしちゃった』
「…停学になったらどうしよう」
『その時は私も一緒に学校休んであげる』
なまえはよしよしと言いながらおれの頭を優しく撫でてくれる。んー…おれも大概なまえ好きだなぁ。
教室で殴ってよく停学食らわなかったな
ラッキーだ
なまえもお前もたまに過激なことするよな
そうか?
お前ら噂たってんの知ってる?
噂?なんの?
お前となまえ、ガチでできてるって
ふーん。
…興味なさそうだな
その方がなまえに
変な虫寄らなさそうだからそれでいーや
(こいつら将来大丈夫かな)
初めましてひまわり様。
企画参加ありがとうございました!
お兄ちゃんseriesの双子を気に入って頂けて嬉しい限りです!夢主に彼氏ができてその彼氏がクズでサボが怒る、というお話でした。気に入って頂ければ幸いです!
沙夜