群青の闇が辺りを覆っている。味噌汁の匂いにつられて目を覚ました桂に他二人の目覚まし係をお願いして、綾音はいそいそと朝食の準備に取り掛かる。とはいっても、質素な食事のためあまりすることはないのだけれど。梅干と玄米、味噌汁に小さな川魚の焼いたもの。それらを黙々と食す彼ら(緊張というよりか、眠気が大分勝っているようだった。特に銀時と高杉はまだ半分以上夢の中らしい)を横目に、昼食用の握り飯をそっと荷物に入れた。腹が減っては戦は出来ぬ、と言ったのは誰だっただろう。


「それじゃあ、世話になったな」
「うん、気を付けて」


山々の稜線が白銀に輝き出す頃、三人は出立した。もっと北、あの山々を越えた先に戦場はあるらしい。こちらまで戦火が及ぶことはないと言っていた。彼らが言うのであればきっとそうなのだろう。天人の本拠地が、そちらの方にあるのだそうだ。天人。私の、まだ見たことのないもの。
まだ眠いのか、桂以外の二人は一言も言葉をくちにしなかった。銀時に至っては視線さえ寄越さない。朝日にとけていく三人をぼうっと見つめる。不思議なことに、涙の気配すらない。白さに耐えきれず目がちかちかしてきたところで、家に戻った。陽が昇りきるくらいまでひとねむりしようと、ごろりと畳に横になる。彼らの座っていた場所は、既に冷え切ってしまっていた。すこし惜しいと思い、何が惜しいのかうまく思考も回らないまま、綾音はとろとろと眠りにおちていった。











目を覚ますと、古い掛け時計は既に正午を回っていた。玄米と漬物の簡単な昼食を済ませ、すこし片付けようと思い立つ。彼らの使っていた布団が、まだそのままになっていた気がする。襖を開けると、布団が三つ仲良く並んでいてすこし笑う。きちんと畳まれていたのは桂の教育の賜物だろう。


(・・・あれ、)


やわらかく、微かな墨の匂いが鼻腔を刺激した。確かにこの部屋は普段書きものをするときに使っているけれど、ここ最近は墨どころか紙さえ出していない。気のせいだろうか、と頸をかしげる。


(・・・まあ、いいか)


考えるのをやめて、布団を持ち上げる。女一人で持つにはすこし重過ぎる。うんうん唸りながら押入れに押し込んで、ほうと息をついた。あと二つも残っている。
ひやりとつめたい布団を、気合いで押し込む。最後のひとつをねじ込んで押入れの襖を閉めたとき、はらり、白が舞った。


(あれ、紙・・・)


自分の書き損じだろうか。
何気なく裏を返すと、見慣れた、お世辞にも綺麗とは言えない文字。寒さからか、すこしふるえていた。


「ありがとな    さようなら」


この言葉が家に泊めたことに対してなのか、それとも二人で過ごした日々に対する彼なりの終止符なのか、今はもう知る術はない。
きたない嗚咽とぼろぼろと零れおちる生温い雫が、冷えた部屋にちいさく波紋をおとしていく。くちのなかでさよならを告げると、記憶の中の彼はあの夏の日のようにやわらかくわらって、きえた。












そして。
その冬から一年とすこし経ったよく晴れた日。
お上の声明により、戦争は唐突にその終わりを告げた。
数多の攘夷志士が処刑され、日本は、地球は、急速な近代化の波に呑まれていく。



どうか貴方はわらっていてね


儚い願いと知ってなお、

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